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正常な世界にて  作者: やまさん(発達障害者)
27/52

【第27章】

 坂本君の家があるセンターガーデンまでの道中は、不気味なぐらいスムーズだった。坂本ママは、信号無視を含め、車を思い切り飛ばしていたけど、ヒヤリハット事例も起きずに済んだのだ。

「0時10分前だから、ギリギリセーフだよ」

「尾行は無いわよね?」

「ノープロブレム! 覆面パトカーらしき車もついてきてないよ」

なるほど、私の両親を殺したような連中に気をつけなきゃいけないもんね。それと一応、警察の取り締まりにもね!


 センターガーデン内を走る道路に入りかけたとき、たくさんの荷物を屋根に乗せたミニバンとすれ違った。この車と同じく、猛スピードだったから、突然のすれ違いにビックリしちゃったぐらいだ。

「今の車、同じフロアの中井さんじゃない? ほら、先日マンジュウをくれたさ」

「そうみたいね。こんな時間に外食かしらね?」

いや、こんな状況にそれは無いだろう……。屋根にたくさんの荷物を固定していたぐらいなんだから。


 坂本君が住む、このセンターガーデンには何度か来たことがある。美味しい中華料理店とか、オシャレなカフェやら、高値なスーパーがあってね。高級店とまではいかないけど、そこそこのお値段を要求してくる店ばかりなので、私一人で行ったことは一度も無いけど……。

「ちょうど良かった。あそこに伊藤がいる」

「それなら話を通しやすくて助かるわ。任せるわね?」

マンションの駐車場の出入口に、ライト付きヘルメットを被り、メガネをかけた若い男性がいた。彼は今、その駐車場から出ようとしている車の運転手と口論中だ。その車の屋根にも、たくさんの荷物が積まれている。

「なあ、森村? 今いいか?」

助手席の坂本君が振り向いて言った。今は大丈夫だ。

「形式的なものなんだけど、森村はボクの婚約者ということにしてくれない?」

「ええ?」

私は17歳の高校3年生だ。「法的」という言葉が仮死状態になってる世の中とはいえ、「婚約」に大人的な重さを感じる。

「……もちろん、形式的なものじゃない婚約でもオーケーなんだけどさ。ここのコミュニティに、森村を堂々と入れてもらうためには、ボクの婚約者という形を取ったほうが良さそうだから……」

坂本君は、恥ずかしそうな表情を浮かべながら話している。いつもの無邪気な彼らしくない。

「うん、喜んでオーケーだよ!」

私はハッキリとそう言った。とはいえ、私も恥ずかしさを隠せなかった……。



______________________________



 駐車場の出入口で行われていた口論は、それからすぐに終わった。終了した途端、荷物を乗せたセダンは、猛加速をかけて走り去る。その車とすれ違う歳、後部座席の幼児と一瞬目が合う。不安を隠せない目だった。

 車は再び進み、伊藤の前で止まる。出入口に立つ彼は、走り去っていくセダンを見届けていた。


「……ああ、どうも。ご無事だったんですね」

坂本ママと坂本君に気がつくと、伊藤はまずそう言った。しかし、運転席の窓が割れている事や、坂本ママの負傷がわかると、少し慌てた様子を見せる。

「だ、大丈夫ですか!?」

「窓はしばらくこのままガマンしなくちゃだけど、ケガはもう大丈夫よ。運良く、病院で診てもらえたからね」

お酒を治療費および消毒薬代わりに使ってだけどね。ただそれでも、出血はちゃんと止められている。

「へぇ、それは幸運でしたね。名古屋を始め、都会はどこも大変な大騒動になっている中で、応急措置を受けられるなんて」

「ええ、まったくだわ」

坂本ママはそう言うと、私や坂本君のほうを見る。

「私は車を置いたり、家を掃除したりするから、少しだけこの辺で時間潰ししといてくれる?」

どうやら、私に見せるのが恥ずかしいぐらい、家の中が散らかっているらしい……。



 私と坂本君は、車が駐車場へ向かうのを見送った。ケガの具合はひとまず治まっていたようだから、車庫入れも大丈夫だろう。

「坂本、この子が例の彼女さん?」

「うん、そうですよ。森村比奈ね」

伊藤が坂本君に尋ね、彼はそう答えた。

 それは正解。ただ今は、それプラス婚約者という立場だ。ここはうまく話を合わせなくちゃいけない。

「今はただの彼女じゃなくて、ボクの婚約者なんですよ」

坂本君がそう付け加えたので、私は相づちを打つ。

「ええっ! まだ高校生なのに、もう人生の墓場入りか……。坂本、欲しい物があったら、今のうちに買っときなよ? 小遣い制になったら、アイス1本ろくに買えなくなるからさ?」

伊藤は、川の急流な速さでそう言った。私が婚約者だと信じてくれたようだけど、トゲのある話し方だね……。

 男性視点だけじゃなくて、女性視点から見ても、結婚は人生の墓場だ。もう高校生なんだから、結婚に幻想なんて抱いてない。



______________________________



「ハハハッ! 伊藤さんのご両親みたいに、それぞれが自立できてるみたいな夫婦を目指しますよ!」

冗談かガチなのかわからないから、これが坂本君の価値観なのかはわからない。とはいえ、この大変厳しい状況だと、専業主婦として生き抜くのは、リセット直前よりも困難な道だろうね。今日一日に社会で起きたことを考えれば、それは間違いない……。


「私の両親みたいに? 自分がやりたいことばかりじゃなくて、家族の面倒もちゃんと見るようにしなよ? 私みたいになってしまうから」

「はい、そこは気をつけますよ」

伊藤さんのアドバイスを、快く受け入れた坂本君。彼にしては珍しい反応だね。いつもの彼なら、嫌みを1つか2つ飛ばしてもおかしくないのに。

「もしかして、ご両親は今も仕事中なんですか?」

「ああ、そうだよ。父は浜岡原発で、母は船のちきゅうにまだ残ってる。ついさっきも話したんだけど、有志が何人も残ってくれたらしい」

「え? 電話が使えるんですか?」

思わず尋ねた私。スマホは圏外になったままだし、繋がっていた時はパンクしてて使えずじまいだ。

「いや、私が使った電話は、スマホじゃなくて衛星電話だよ。地震とかこういう状況でも、なんとか使えるからね」

なるほど、人工衛星を経由する電話回線か。さすがに今はまだ、宇宙空間で暴動やリセットは起きないもんね。

「家族に電話したいなら貸すよ? 長電話は困るけどね」

「……いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

私は断った。両親はもう死んでいるし、祖父母や親戚に電話できたとしても、助けに向かう余裕は無いからね……。今は無事を祈ることにした。


 マンションの中から、重そうな段ボール箱を抱えた数人の男性が出てきた。歩く度に、段ボール箱の中からガチャガチャと鳴る音が、小さく聞こえてくる。

「伊藤さん、向こうで組み立てちゃっても、もうOKですか?」

そのうちの一人が、伊藤さんに尋ねた。こんな夜中に、汗を流しながら大変だね。でも、宅配業者には見えない。

「ああいいよ、お疲れ様。設計図通りにやれば、楽に組み立てられるはずだからね」

伊藤さんがそう返すと、彼らは通りの道路へ歩いていく。やっぱり宅配業者じゃないらしい。ここの住民で、周囲の安全対策で忙しいようだ。こんな深夜まで大変だね……。



______________________________



「ボクらも手伝いましょうか?」

坂本君が伊藤さんに申し出た。彼がまだ元気なのは良しとするけど、すっかり疲れている私は正直困るね……。

 時刻はもう午前0時を迎える頃だ。ホントに大変で刺激的な一日だったよ……。今は少しでも早く休みたいのが本音だ。

「……いや、今夜は休んでいいよ。彼女さん、酷く疲れてるみたいだからね」

伊藤さんがそう言ってくれた。もしかすると、私の表情に自然と浮かぶ疲労感に気づいたのかもしれないね。どうやら、悪い人じゃなさそうだ。

「ありがとうございます!」

「明日やってもらう事とすれば、調達に出かけてくれるとありがたい。ついさっきの一家もそうだけど、何軒かが逃げちゃって、人手不足なんだ」

「物次第だけど、調達ならできますよ。……しかし、名古屋市外へ脱出するのも一苦労じゃないですか?」

「わかってる限りの情報だけど、東名も名神も通行止めになってるそうだからね。下道を飛ばせば、三重や岐阜へ抜けることもできると思うけどさ」

確かに、名古屋のあちこちで起きてる暴動を考えれば、田舎へ逃げるのも1つの手だね。

 だけど、田舎がずっと平和な場所だとは、高校生の私でも思えない。『都会は危険で、田舎は平和』というのは、都会人が田舎に対して抱く典型的なイメージに過ぎないはずだ。

「まあ、難しい物を頼むだけだから、あまり気構えずにココに来て。メモを用意しとくよ」

「わかりました。それじゃ、また明日」

伊藤さんは、荷物を運ぶ住民たちの元へ向かう。

 私と坂本君は、坂本ママが恥ずかしくない程度に掃除を済ませられるよう、マンションの敷地内を散歩することにした。


 マンションの敷地を囲むフェンスには、真新しい鉄条網が編み込まれている。まるで、色違いで目立つ筋がワンポイントの、毛糸のマフラーみたいだ。そう考えると、鉄条網に生える小さなトゲが、静電気で波立っているようにも見える。

「ここの守りは、これからもっと強化されるはずだよ。だから安心して」

「うん、わかった」

私の声には、疲れや眠気が、自分でも驚くぐらい含まれていた。連続した危機の末、ようやく安心できたからだろう。安心できた拍子に、それらが噴火のように湧き出てきた感じだ。

 それに今は、もう午前0時過ぎだ。普段なら、もう夢の世界だ。

「もうそろそろ、掃除終わってるんじゃない?」

「そうだね。じゃあ行こう」

厚かましい話だけど、坂本家で少しでも早く眠りたかった。横になって眠れるなら、ソファやカーペットの上でも全然構わない。

 フェンスの向こう側から、銃声が連続して何回も聞こえてきたけど、眠気が吹き飛ぶどころか、少しも驚きを感じなかった……。



______________________________



 散歩はそれからすぐに終わった。坂本君が、私の酷い疲れや眠気に気がついてくれたようだ。彼は私の手を引いてくれる。おまけに、停電していないおかげで、階段を使わずに済んだ。疲れ切った身には、人の手や電力がとてもありがたいものだと強く感じる。



「ああ、良かった! ギリギリセーフね!」

坂本家の玄関に入ると、坂本ママが嬉しそうな声を上げた。家の掃除がちょうど終わったところらしい。つい何時間か前に、負傷と治療を経た人とは思えない、元気の良さだね……。

「寝る場所はボクの部屋? それともリビングのソファ?」

「坂本君の部屋……」

坂本ママほどじゃないけど、彼もまだ元気そうだった。私を気遣う声には、余裕すら感じ取れる。

「悪いけど、このまま寝かせてね?」

「うん。ベッドを使いなよ」

私は、靴を適当に脱ぎ捨てると、彼の部屋へ向かう。玄関から最寄りの一室だ。ドアノブを回すと、今までよりも重く感じる。すっかり疲れ切っているらしい。

 部屋に入った私は、部屋の真ん中に置かれたベッドに倒れ込んだ。坂本君から見ると、ケガや空腹に耐えきれずに倒れたように見えたかもしれないね。

 だけど、そんなのどうでもいい。心地良い跳ね具合でフカフカなマットレスだ。私のよりも高級品かも。

「6月だけど、掛け布団はまだいるんじゃない?」

坂本君のそのアドバイスを聞き終えたところで、私はストンと眠りについた。




 ――夢の世界にいたところで、私はガバッと飛び起きた。眠った時と同じく、自分の意志でじゃない。現実の世界から無理やり呼び出されたのだ。詳細は覚えないけど、過ごしやすい世界観の夢だったことだけは覚えてる。

「今の何!?」

私が言った。まだ眠いのに起こされちゃった時みたいな、怒り気味の口調でだ。

「爆発が起きたみたいだね。でも、すぐ近くじゃないから大丈夫だよ」

ベッドの横で坂本君が言った。彼は毛布にくるまる形で、ベッドのすぐそばで寝ていたようだ。ベッドを独占して悪いね。

「そう……」

私はそう返した。二度寝を誘う強い睡魔が襲ってくる。

「池下駅のほうで爆発があったみたいよ。火が勢いよく上がってる」

坂本ママが、部屋のドアを開けて言った。セクシーなネグリジュを着ていてビックリだけど、強烈な眠気には勝てなかった。その直後、再び夢の世界へ赴いたからね。



______________________________



 翌朝起きたのは、朝の9時だった。6月7日水曜日、今日は平日だ。普段ならもう、高校で1時間目の授業を受けているはず。

 だけど私が今いるのは、坂本君の部屋だ。起床直後に部屋を見回すと、リセットで変わってしまった日常を、改めて思い知らされる。国は消え、家族は殺された。すっかり変わり果てたこの世界で、生き抜かなくちゃいけないのだ。


 部屋の主はもう起きていて、ベッド横にいない。彼が寝床にしていた毛布は、鼻をかんだ後のティッシュみたいにクシャクシャだ。

「坂本君?」

ドアに向かって呟いた。トイレかな? いや、もう起きてどこかへ出かけたんだろう。私が寝過ごしちゃっただけだ。うん、これは恥ずかしいね……。

 これから待ち受ける日常が、リセット以前のそれと、難易度が全然違うことぐらいは、もう理解できている。昨日の午後以降に起きた一連の騒動に、これからもうまく対処しなくしゃいけない。 それなのに、今朝からもう寝坊してしまったわけだ……。自分を責める気持ちが、嫌でも湧いてくる。


 心の中で寝坊した自分を責めていたとき、ドアが静かに開いた。

「おはよう! 森村もようやく起きたんだね!」

両手にお盆を持った坂本君が、そこに立っていた。そのお盆には、オレンジジュースとパンが2人分乗っている。自分と私の朝食を運んできてくれたらしい。

「朝飯を食べたら、さっそく仕事に行こう」

「うん、ありがと。……学校はいいのかな?」

リセットがあったとはいえ、一応まだ高校生の身分だ。昨日は突然の臨時休校だったけど、今日はそうじゃないかもしれない。

「……いやいや、もう学校に行く必要は無いよ。部活へ行くことも、大学受験の勉強をすることも、今は不要さ」

リセットが起きたから、たぶんその通りなんだろうね。それに、昨夜の出来事を考えれば、地下鉄やバスの交通網はマヒしてるはずだし、通学は危険だ。まあ、クソ真面目な人は学校や会社へ向かったのかもしれない……。

「確かに、今日も臨時休校だろうね。けど、仕事って何?」

まさか、以前のバイトみたいに、封筒関係の仕事をやらされるんだろうか?

「物資の調達だと思うよ。まだ安全な場所を任されるはずだし、ボクはついてるから安心して」

坂本君はそう言うと、オレンジジュースのグラスとアンパンを、私に手渡した。グラスの冷たさから、停電はしていないらしい。電話やネットが死んでいる中、電気が届いているのはありがたいね。

「それに、ボクら個人の仕事もあるからね」

彼はズボンのポケットから、何度も折られたメモを取り出した。小池刑事との取引で得られた情報がそこに書かれているらしい。

 もったいぶらずに、どんな取引でどんな情報なのかを早く教えてほしい! こんな世の中に変わり果てても、私の好奇心は健在そのものだった。



______________________________



「おはよう! 昨夜の爆発で叩き起こされなかった?」

マンションの出入口付近で、伊藤さんが挨拶してきた。目が充血しているところを見ると、徹夜で何か作業していたようだね。しかし、まだ寝起き気分の私よりも元気な感じだ。

「ボクも森村も起こされちゃいましたよ。……もしかして、伊藤さん関係の爆発でしたか?」

「いやいや、違う違う。どうやら、池下駅の近くで大きな爆発が起きたらしい。火はもう消えているみたいだけど、外出で油断しちゃダメだよ? 簡単に作れちゃう肥料爆弾が使われてるみたいだからさ」

「ええっ? 肥料爆弾? まさか、伊藤さんが売った物じゃないですよね?」

「違う違う! 私が作ったのは、警察がすべて回収したはずだよ。……警察から盗まれた物じゃないとは言い切れないけどさ」

肥料爆弾? 農作業で使う肥料を使った爆弾? この伊藤さんは何者なのかはよく知らないけど、そんな爆弾を作れちゃうぐらいだから、世間的に善良な一般人じゃないということかな?

「伊藤さんは悪い人じゃないよ。バリバリの理系でアスペルガー持ちだったせいか、悪意なく、肥料爆弾とかを作っちゃってさ。杓子定規な警察に逮捕されちゃったことがあるんだよ」

私が訝し気な表情を浮かべていることに気づいたのらしく、坂本君が解説してくれた。

「弁解することは何も無いよ。警察にも言ったけど、ちゃんと理解してくれなくてさ……。今ならもう問題ないけどね」

伊藤が言った。この話は事実らしく、彼が少し怖くなると同時に、頼もしさも少しだけ感じた。

「新しく作り直した物を、さっそく使っているんですね?」

「うん、そうそう。自信作さ!」

自信満々の伊藤。

 リセット以前の社会なら「犯罪者」扱いだけど、今の社会なら「有能な人物」扱いだね。まったく同じ意味じゃないけど、チャップリンの『1人殺せば人殺しで、たくさん殺せば英雄だ』という名言を連想した……。

「肥料爆弾のほうは設置済みだから見せられないけど、あっちも自信作だよ?」

自信満々に、通りのほうを指さす伊藤。


 このセンターガーデンの中央部を貫く道路上に、重機関銃のような物が設置されていた。反動を抑えるためか、アスファルトに小さな穴が開けられ、そこに銃の三脚が突き刺さっている。

「水素で動く重機関銃さ! 水素のアグレッシブな力のおかげで、ものすごい勢いで撃ちまくれるよ! 坂本、もしものときは使ってくれよ?」

「ええ、もちろんですよ! 派手な武器は嫌いじゃないので」

笑顔で了承する坂本。伊藤も笑顔を見せる。



______________________________



 自動車にも使われる水素燃料か。銃の後部に水素タンクが接続されているのが見える。もしかすると、トヨタのミライで使われているタンクを流用しているのかもしれない。

 そういえば、昨日の地下鉄で、水素を使う車イスがあった。流れ弾でタンクからそれが漏れた結果、電車内で爆発が起きた出来事は、記憶に新しい。これは大丈夫なのかな? できることなら、坂本君を危険な目に遭わせたくない……。



「あんな銃まで揃ってるから、ここはだいぶ安全だよ」

坂本君が言った。彼と私は、リュックサックを背負っている。どちらも自分が、普段の外出で使っていた物だ。これから車で外出して、仕事をこなしてくるのだ。それは、このセンターガーデンを「集落」として維持するために必要な事らしい。また、集落の一員としての義務であるそうだ。労働は義務というわけだけど、別に悪い気まではしない。それに暇だしね。


 その任された仕事とは、彼の予想通り、外出して物資を調達してくることだった。とはいえ、私や坂本君は、一応まだ高校生の身だ。調達する物資は、安全なセンターガーデンの周辺で見つけられるような品々だ。品名が書かれたメモを一読して、私は正直ほっとする。コンビニへ行くだけで、確保できる物と量に過ぎない。

「その、すごく強そうな銃だったね。戦争をやるみたいなさ」

銃規制や戦争に厳しい日本で育ったからだと思うけど、人殺しの道具である銃に対して、抵抗感は捨てられなかった。

 確かに、坂本君がピストルを扱ってくれたおかげで、昨夜は窮地を抜け出せた。だけど、銃で窮地に陥ったこともある。金山駅近くで受けた狙撃がそうだ。あの時は、障害者手帳を使う奇策で切り抜けられたけど、今度も成功する可能性は低い。逆に、もっと危険な状況に陥る可能性のほうが高そうだ……。

「戦争? 大袈裟だよ! 正当防衛のためさ!」

笑い飛ばし、正当化する坂本君。しかし、彼は悪くない。昨夜の出来事を考えれば、銃で武装することが当然の権利だと思ってもおかしくない。正直、私自身も本音として、薄々そう思い始めてる……。


 だけど、私と坂本君がこれから行なおうとしていくことは、正当防衛の領域からはみ出していると思われても、またおかしくない行為だった。誰かを傷つけるわけじゃないけど、抵抗感がある。

「ねえ、坂本君? 今ある分だけじゃダメなの?」

「ダメダメ! 伊藤のマシンガンと、ボクのピストルだけじゃ、十分に守り切れないって! あくまで正当防衛の道具として、銃を貰うだけだよ!」

強く反論する彼。強気な口調から、彼が説得に折れそうにないと察した。彼は時々頑固になる。



______________________________



 物資調達のついでに、坂本君は銃をさらに入手するつもりだった。日本は銃規制が厳しい国だったから、アメリカみたいに銃や弾薬を取り扱う店があっちこっちにあるわけじゃない。それに合法的にも違法的にも、銃を簡単には入手できなかった。

 坂本君が小池刑事から銃を入手できたことは奇跡だし、伊藤が重機関銃を作ったことも奇跡だ。その2丁の銃があるだけで、私たちは十分に恵まれている。これ以上の武装が必要なのかな? それにどうやって入手するの?

 次々に浮かぶ疑問を胸に抱きつつ、車のほうへ一緒に歩き続けた。



 物資調達に使う車は、白い軽トラックだった。駐車場の一角に停められていたそれは、マンションに仕事で来ていた造園業者の車だった。荷台部分には、業者名が書かれている。伊藤の話だと、持ち主の造園業者は、庭仕事を放棄して行方不明らしい。

 草木の手入れが中途半端な状態なのは不運だけど、車のキーが差しっ放しなのは幸運とのことだ。ここはありがたく、有効活用させてもらおう。このデカいリュックサックを背負って歩き回るのは、かなりキツそうだからね……。

「ボクが運転するね?」

「うん」

私も坂本君もまだ17歳だ。自動車免許なんて持ってないし、自動車学校の申し込みすらしていない。無免許運転だけど、今は無政府状態だからね……。免許証がゴールドか否かも無関係だ。


 坂本君が運転する車に乗るのは、もちろん今回が始めてだった。だけど、坂本君の運転技術が上手いレベルじゃないことぐらいは、用意に察することができる……。助手席の私が、しっかりガイドしないといけないね。発車直後に、電柱か何かに正面衝突してしまう事態は避けたい。



 そして、軽トラックは、坂本君が急アクセルを踏む形で勢いよく走り出した。これは想定内だけど、シートに背中を押し付けた瞬間、キツイ徒歩のほうが安全でマシじゃないかと感じた……。まあ、駐車場から無事故で出られたから、彼にハンドルを任せることにする。いざという時は、エアバックの活躍に期待しよう……。

 坂本君運転の車は、センターガーデンの通りを疾走していき、伊藤たちが急ごしらえで設けたゲートを通過する。門番の男性たちが、呆れと驚愕が入り混じった表情で、私たちの車を見送ってくれた。彼らはきっと、この車が廃車になると予想してるに違いない……。



______________________________



 坂本君は、車を池下駅のほうへ走らせていた。昨夜の爆発現場を見てみたいのかな? 煙は上がっていないけど、危険な場所である可能性が高い。おまけに、さっきから人の姿がちっとも見えなかった。避難所へ逃げ込めたか、自宅に閉じこもっているか、それとも……。とにかく、街は不気味な一色に染まり切っている。


 昨夜通過した時には無かった車が、道路上に何台も放置されていて危ない。さらに、無数の書類が風で舞い、視界の邪魔になっている。こんな道路状況でスピードを出すのは、本物のバカがすることだ。

「クソッ!」

汚い言葉を思わず吐く坂本君。思うように運転できなくてイライラしているようだね。今は亡き父も、時々こんなイライラした調子だったのを思い出した……。名古屋の男どもは、みんなこうなのか?

「銃の入手方法はどうするの?」

酷い道路状況から気をそらさせるためにも、私は坂本君に尋ねてみた。

「……あの刑事から、警察が銃をどう管理しているのかを聞いたんだよ。話によれば、警察署に銃所持者の一覧表があるってさ。あと、警察署内の銃の保管状況もね」

どうやら、最寄りの千種警察署へ向かっているらしい。しかし、警察の小池刑事からそんな情報を聞き出しちゃうとはね……。彼の勇ましさと無謀さは、ホントに素晴らしいよ。

「たくさん集める気なんだね? そんなに必要?」

私は、つい思わず尋ねた。銃を持つこと自体は否定しないけど、その規模について、疑問を挟まずにはいられなかったのだ。

「…………」

坂本君は、私の問いかけに無言だった。無視されちゃったらしいね……。嫌味に聞こえたのかもしれない。私も口を閉じた。


「……あっ、ちょうどいいかも。ちょっと降りてついてきて?」

ところが数秒後、無言を撤回する形で、坂本君がそう言い出した。彼は車を、交差点の手前で停めた。冷たさを感じる口調だったから、私は恐怖心を感じた……。彼に対してそう感じるのは、これが初めての事だ。まさか、暴力は振るわれないよね? 怖い怖い怖い……。

「殴ったりはしないよ。ちょっと見てもらいだけ」

左耳から坂本君の声が響く。いつの間にか、助手席の窓ガラスの向こう側に立っていた……。

 彼の非暴力宣言を受け入れることに決め、私は車から恐る恐る降りた。そして、無言で歩き出した彼についていく。足取りが重く感じた。でもこれは、疲労や眠気のせいじゃない……。



______________________________



 坂本君の非暴力宣言遵守を祈りつつ、私は彼について歩く。どこへ連れていかれるんだと思い始めたけど、その目的地が目の前の交差点だとわかると、少し拍子抜けした。しかし、坂本君は真面目な表情でそこに立っている。私に見せたいものとは何だろうね?


 私たちの目の前には、交通事故付きの交差点があった。パトカーが市バスの横っ腹に衝突している事故現場だ。市バス車内に、人や死体の姿は見えない。しかし、パトカーの警察官が、凹んだボンネット上で、仰向けで死んでいた。

「……うんやっぱりね。その警官をよく見てごらん?」

坂本君が言った。怒らせたらマズイので、私は快く、その警官の死体を観察してみせた。死体を見るのは、もう慣れっ子だ……。


 死んだ警察官をしばらく観察してみた。坂本君はピストルを抜き、周囲を警戒している。ビルに当たる風が、小さなうなり声を上げていた。

 まず気づいたのは、警察官の状態じゃなくて、パトカーから無線機が盗まれている事だった。余計な事実のほうへ目が行っちゃうのは、悪い癖だね……。

 パトカーの状態を脇へ置き、警察官のほうをしっかり観察する私。短時間集中で、坂本君が指すポイントを見つけなくちゃいけない。とりあえず、この警察官の死因が交通事故じゃなくて、集団リンチを受けたせいだとわかった。凹みや足跡が、ボンネットにいくつもあるからだ。

「その警察官の腰をよく見てごらん?」

せっかちな彼が、ヒントをもう言ってくれた……。結論を早く言いたくて、うずうずしてる感じだ。

「銃が無いね」

腰のホルスター内に、ピストルが収まっていなかった。切断されたワイヤーの先端が、虚しく飛び出ているだけだ。紛失や強奪防止用の丈夫なワイヤーを切断してまで、警察官からピストルを奪い取ったヤツがいるらしい。

「そう、それだよ!」

これが正解だったらしい。一安心だね。

「銃がもうあちこち出回ってる状況なんだよ!?」

そういえば、昨夜の栄でも警察官が何人も死んでいた。彼らの銃も、今や誰かの手に握られているのは間違いない……。

「銃を持った集団に襲われたらどうするの? ボクや伊藤がプロの殺し屋だったとしても、数の恐怖には勝てないよ? ファンタジーじゃないんだから、剣や弓矢で銃に対抗できないんだよ?」

坂本君が次々に言ってきた。大声じゃないけど、強気と本気が強くこめられた口調だ……。


 私は何も言い返せなかった……。頑固な彼には敵わないね。


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