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正常な世界にて  作者: やまさん(発達障害者)
25/52

【第25章】

『関東地方から届いた未確認の情報ですが、東京都で核爆発が起きたとの事です。東京都の方向で、大きなキノコ雲が上がっているとの目撃情報が、何件か入っておりまして、現在確認を進めています。詳しい情報が入り次第、お伝えします』


 車のラジオから流れるアナウンサーの声は、不気味に淡々とした口調だった。

 核爆発? キノコ雲? デマじゃないとすると、正午に流れたリセット宣言ぐらい衝撃的なニュースだ。しかし、心に受けた衝撃は、聞いた時の一瞬だけで、自分の考え事にすぐ戻る。


『次のニュースです。海外の消息筋によりますと、太平洋上でアメリカ軍と中国軍が戦闘状態に入ったとの事です。ただ、両国から、宣戦布告を含む一切の発表はされておりません。こちらも現在確認を進めています』


 これまた衝撃的なニュースだ。このニュースが事実だとすれば、東京で核爆発が起きたニュースも事実に違いない。

 だけど私には、その2つの重大ニュースについて、しっかり考える余裕は無かった。私は今、ついさっき事故死した、いや、死なせてしまった斧男の件を考えている。

 あの斧男は、私たちを完全に敵だと決めていた。それだから、初対面のときはチェーンソーで、さっきは消防斧で襲いかかってきたのだ。斧男が殺意むき出しで、私たちを襲った理由は、自宅へ大量の手紙が送りつけられた事が原因だ……。

 送りつけられた斧男は、自宅に直接やって来た私と坂本君を、送り主だと判断した。その判断は確かに間違ってないけど、私たちは指示された仕事をやっただけで、真相については何も知らなかった。全然怪しいと思わなかったわけじゃないけど、真相がわかればすぐに、その仕事を辞めていたはずだ。

 だから、刑罰を受けたり、罪悪感を抱く義務は無い。しかし、気分は全然スッキリしない。正当防衛かつ事故とはいえ、元々悪くない人間を死なせてしまったわけだ……。

 あの斧男はきっと、自分を苦しめた相手とか、真相を何一つ知らずに死んだに違いない。その一方で、すべてじゃないけど、私たちは真相を知っている側の人間だ。それだけでも、このモヤモヤな罪悪感の原因だね……。


「どれだけ薬をもらってきたの?」

運転中の坂本ママが、突然尋ねた。彼女の右腕の一部分には、包帯が巻かれている。ケガは軽く済んでいたらしく、運転しても大丈夫だそうだ。

「……半年分ぐらい。母さんが飲んでる薬もあるよ」

坂本君が答えた。ぶっきらぼうな口調なので、彼も何か重苦しい事を考えていたみたいだ。間違いなく、斧男の件だろうね。



______________________________



 私と坂本君は、精神科エリアの薬品保管室で集めた薬を、静かに持ち運んできた。人を死なせてしまった直後だから、笑顔で無邪気に興奮しながらできることじゃない……。

 集めた薬の量は、服のポケットや両手に抱えられる分だ。私は2種類の薬を飲んでいるから、半年分ぐらいの量はなんとか持てる。だけど、坂本君はママが飲む分もあり、持ち運び辛そうにしていた。それがよっぽど不快だったようで、車のトランクへ詰めこむ時は乱暴にやっていた。私の薬は後部座席だからいいけど、あんな乱暴な置き方なので、移動中にトランク内でグチャグチャに散らばってしまうだろうね……。


「あそこでも火事が起きてるけど、この辺はまだ平和なほうだね」

坂本君が指差したほうに、燃え盛る高層マンションがあった。立ち上がる炎が、夜空で赤く映えている。

 栄と比べるとはるかに少ないけど、住宅地が多いこの辺りでも、チラホラと火事を見かける。たいていは消防車が1台も活動しておらず、住民や野次馬が火事を見守っていた。また、一酸化炭素中毒にやられたと思われる人が、路上に寝転がっている。

「ウチが心配……」

思わず独り言を呟いた私。スマホも固定電話もダメになっている以上、自宅マンションに戻るまでは、家や家族の無事は確かめられない。もし火事が起きていたら、こんな世の中では絶望しかない……。カーラジオを聞いた限りだと、避難所も危なそうだしね。

 運転席の割れた窓から流れこんでくる煙の焦げ臭さが、私の焦る気持ちを刺激してきた……。

「急いでるからね」

坂本ママは、私の焦りを和らげようとそう言ってくれた。彼女は、アクセルを踏みこみ、黄色信号の交差点を勢いよく通過する。

 それぐらいのワイルドな運転は、名古屋ではお馴染みなので、私はたいして驚かない。それに、名大病院へ向かう途中の酷い道路状況と比較すると、はるかに平和的だ。スピード違反はともかく、信号や車線は守られている。普段と変わらない程度にだけどね……。

 しかし、この辺りの道路状況も、じきに悪化してしまうだろう。悪人が勝手に検問を始めたり、悲惨な交通事故が起きてしまえば、一気に道路はマヒしてしまう。そうなれば、物流の悪化が起き、略奪が余計に起きやすくなるはずだ……。


 7年前の東日本大震災でも、被災地で略奪が起きていたらしい。金品を狙う悪人は論外として、生きるための食糧などを頂くのは仕方がないことだと、今は思える。

 ほぼ間違いなく、さっき薬を頂いたように、生きるために必要な物をまた頂くことになるに違いない。

 あくまで生きるためだ。そう自分に強く言い聞かせる。自分の行動に自信を持つんだ。



______________________________



「もうすぐだよ。大丈夫、燃えてないみたい」

助手席の坂本君が言った。窓の外を見ると、見慣れた建物がいくつも見え、自宅マンションもしっかり見えた。

 坂本君の言う通り、自宅のあるマンションは煙1本立ってない。廊下の蛍光灯がいつも通りに、無機質な白い光を放っていた。そして、自宅の部屋にも、ちゃんと明かりが点いていた。両親は在宅らしい。

 こんな緊急事態に夜遊びしていた形なので、両親は私をかなり怒るだろうね……。初めてのビンタを喰らってもおかしくない。さて、どう言い訳したものか……。


 信憑性のある言い訳を思いつくよりも前に、車はエントランスの前に止まった。近くには、配達中らしき宅配便のトラックも止まっていた。こんな時にも御苦労様だね。

「私がご両親に説明しようかしら?」

「いや、ボクが行くよ。母さんは車で待ってて」

坂本君が自宅まで送ってくれることになった。余計なことを喋っちゃいそうな心配はあるけど、私一人よりかはうまくごまかせそうだ。



 ここで停電したらマズいなと思いつつ、エレベーターに乘った私たち。いつもの習慣だからね。停電したら階段を使うことになるなと思いつつ、エレベーターがいつも通り上昇していくのを見守る。

「は?」

つい砕けた反応をしてしまった私。

 なにしろ、上昇中に途中の階で、とんでもない光景を見てしまったからだ……。


 ここのエレベーターの扉は、防犯のため、エレベーター側もフロア側も窓がついている。だから、上昇中に途中のフロアの廊下を見通すことができるのだ。普段はときどき、エレベーター待ちの人や掃除中の管理人を見かける。しかし、そのとき見かけたのは、廊下でうつ伏せに倒れた人の姿だった……。上昇中に見た一瞬だけど、床には血が流れていた。倒れた人は、ここ数時間で何度も見かけているけど、自宅にかなり近い分、衝撃的な瞬間だった。

「……夫婦喧嘩かもしれないよ」

坂本君が言った。だけどそれは、気休めの言葉に過ぎず、私の不安バロメーターの急上昇は続く。


 自宅があるフロアの廊下に、倒れた人の姿は無かった。それでも私の不安は和らがない。ドアが開き終わらないうちに、私はエレベーターから飛び出した。電車の駆けこみ乗車の逆バージョンだ。



______________________________



 自宅のドアは、工具か何かでこじ開けられていた……。ドアの表面には、凹みや足跡がいくつもできている。私の不安バロメーターは限界に達し、ポケットから取り出した家の鍵を落としてしまったほどだ。カチャンという落ちた音が、不気味に大きく聞こえた。

 私は鍵を拾うことも忘れ、ドアを大急ぎで開け、自宅内に飛びこむ。勢いよくドアを開けたせいで、すぐ後ろの坂本君にぶつかりかけてしまった。しかし今は、平謝りする余裕すらない。


 自宅に入り、廊下の先にあるリビングに視線を集中させる。リビングの明かりはついていたものの、人気が全然感じ取れない……。電灯をつけたまま外出してしまったような雰囲気なのだ。

 私は靴を乱暴に脱ぎ捨てると、玄関からリビングまでの廊下を、体育の100メートル走のように全力疾走した。下の階の住民から、足音がうるさいと苦情が入るかもしれないけど、今はそれどころじゃない。


 ……リビングの床を片足が踏みこんだ瞬間、私は思わず失神しかける。最悪な現実が、私の心を、脳を、全身を劇的に打ちのめしたのだ。その過酷な現実は、高山さんが真相をカミングアウトしてきた時のものよりも、さらに酷いものだった……。


 両親は、リビングのテーブルで死んでいた。私は警察でも医者でもないけど、そのすっかり変わり果てた姿を見れば、誰でも死亡の判断を下せると思う。

 父は、テーブルに頭をうつ伏せに乗せる形で死んでいた。鈍器でひたすら殴られ続けた事がわかるぐらい、父の頭部は小さくなっている……。品種改良で大きく育ったトマトが、熟れ過ぎた後に潰されたような感じだ。テーブル上に広がる血溜まりは、父の潰れた頭部から流れ出たものだ。

 母のほうは、イスから崩れ落ちた形で、テーブルの下で死んでいた。母は首を何度も切られたらしく、テーブルやイスの下に血の海を広げている。

 普段何気なく食事をしたり、テレビを観ていたリビングが、今や凄惨な殺人現場と化していた……。私が嫌でも受け取らされたものは、両親の無惨な死に様と、酷い殺人現場だけじゃない。

 乱暴にブッ壊された日常、少しは期待していた未来、懐かしさが生まれつつあった過去。それら3つの大切なものが、粉々にされてしまった。ジグソーパズルのように組み立て直せないほど、ホントに粉々とだ……。元通りに再生できない以上、その粉はただ風化されていく。


「どうして? どうして? どうして?」

私は疑問の言葉をリピートする。いつの間にか、私の体を支えてくれている坂本君への疑問じゃない。殺した犯人に対してでもない、目の前で繰り広げられる現実そのものい対してだ。一度も会ったことが無い神様に対してと言ってもいい。



______________________________



「お前たち、ここの住人か!?」

これは神様の返事なんかじゃなかった。会ったことは無いけど、神様はこんな言葉遣いはしないはずだ。

 開けたままの玄関ドアの前に、見かけない中年夫婦が突っ立っていた。今はそっとしておいてほしいのに……。

「ボクは違いますよ? ……入ってくんな!」

坂本君が叫んだ……。慣れない動作ながらも、彼はピストルを素早く構える。悲しさで一杯な私だけど、そんな急展開にアドレナリンが自然に沸いてきた。私もとっさに身構える。

 その夫婦は、勝手に玄関へ上がりこんできていた……。助けを呼ぶ仕草や呼びかけをした覚えは無い。

 なにしろ、坂本君が叫んだ原因は、その行動だけじゃないからだ。それは私にもすぐ理解できた。


 彼らの姿は、こんな落ちこんだ状況に置かれた私たちへ、警戒心をフルに抱かせてくれた……。


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