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正常な世界にて  作者: やまさん(発達障害者)
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【第12章】

 具合を悪くした私が、坂本君に介抱されたという出来事がきっかけで、学校での人間関係が一変してしまった……。


 男子たちは、「美少女なわけでもないのに、坂本はなぜ森村を大事にしているんだ?」という訝しげな表情で私を見てくるのだ。そして、同じ女子たちは、「羨ましさ少々妬みほとんど」で、わざわざ接してきてくれる……。

 私は今や、クラスメートから、グサグサかつドロドロとした視線を向けられているというわけだ……。どういう事情かを伝えれば、少しはマシになるかもしれないけど、それには坂本君の許しもいる。私だけでなく、坂本君も発達障害者だということを明かしてしまうわけなのだからね。どうやら、周囲からの奇異な視線には、早く慣れるしかないようだ。


 ……だけど、おとなしく慣れを待つわけにはいかない問題もある。高山さんのことだ。どうやら、私と坂本君がカップルとして付き合うことが、ひどく気に入らないらしい……。

 今日も朝から何度か睨みつけられている。私と坂本君がお喋りをしていると、彼女は自分の机をガンガンと蹴る。不穏な音が響くので、私と坂本君は自然と黙りこむ。とはいえ、喋り声がうるさかったからかもしれないけどね。


 察しのいい何人かのクラスメートが、すっかり急変した彼女の態度に気づいた。彼らの安っぽい推測によると、私が坂本君を彼女から奪い取ったからだという……。なんともよくある原因だね。

 でも、今までの態度から考えると、高山さんは坂本君のことを、恋人にしたいとまでは思っていなかったはずだ。どちらかといえば、「女たらし」とか「口の悪いヤツ」として、からかいの対象にしていた。好きだけど、わざとそんな態度を取っているのかなと、あるときふと思い、坂本君が好きなのかとストレートに尋ねたことがある。しかし、

「男友達兼財布としては好きだよ。それにナンパされるのがウザイから、男がいっしょにいたほうが動きやすいでしょ?」

という回答が返ってきた……。彼女らしく、ちゃっかりしていたよ。

 すると彼女は、友達兼財布を私に奪われたと思い、ああいう冷酷な態度を取っているのだろうか……。そうすると、私と坂本君があのバイトを辞めたときの件も、こういうことが原因だというわけだね。

 もちろん私は別に、彼女をのけ者扱いなんてしていない。だけど、一連の惨劇のことを考えると、うまく割り切れず、自然と避けてしまいがちなところはある……。



______________________________



 とはいえ、このまま高山さんを避け続けてしまえば、絶交という状態になるのは間違いない。それは嫌だ。

 失敗続きの悲惨な高校生活を送るところだった私を、彼女は救いとってくれた。命の恩人とまでいかないけど、大切な友達だ。物騒な要素が彼女に含まれていたとしても、以前のような仲を保ちたい。彼女が悪い事するのを、危険を覚悟で止めてみてもいい。


 そこで私は、坂本君に少し我慢してもらう形で、高山さんに積極的に接してみることにした。坂本君と高山さんに対して、できるだけバランスよく接するというわけだ。そういえば、最初の頃はこんな感じの関係だったね。

 なぜか懐かしく感じてしまう私……。あの頃は、まだ穏やかな日常だった。だけど、グシャグシャと変貌する世界や、連発する尋常じゃない出来事のせいで、この頃は少しも穏やかな気分ではいられない……。

 せめて、私たち三人がいっしょのときだけでも、あの頃にいられたら……。うまくバランスを取れれば、うまくいくだろうね。


 ところが、これはとても難しいことだった……。第三者の見方によっては、余計悪化したように見えるかもしれない。

 坂本君と高山さんの趣向には、大きな違いがあるから、3人いっしょに談笑できる話題は少ない。それに私は、話上手ではない。だから、すぐに気まずい展開に陥ってしまうのだ。

 それでも私は努力を続けようとした。けど、ちっともうまくいかない。私の精神力は、日々削がれていく。それは家族に察知され、毎朝のように口喧嘩となってしまう。そのせいで、さらに精神的ダメージを負っていく私……。また吐くことになりそうだね。


「……森村さん。ボクに気を遣わなくていいよ?」

ある日の放課後の教室にて、坂本君が私に声をかけてくれた。高山さんはトイレだ。さすがの彼も、友達関係維持のために、私が努力していることに気づいてくれたらしい。

「でも、坂本君が寂しくなっちゃう……」

「大丈夫だって!」

そこへ、高山さんがトイレから戻ってきた。

「どうしたの? 何が大丈夫なの?」

聞こえてしまったようだ。坂本君の声は普段から大きめだからね。

「ボクは大丈夫だから、森村は高山と仲良く話していてくれってことだよ」

わざとかもしれないけど、その言い方はまずい。高山さんは、表情を瞬間冷却させる……。



______________________________



「……えっと? どういうこと?」

とぼける高山さん。私が友達関係を維持できるように努力していることなど、彼女にはお見通しのはずなのに……。

「森村は、ボクらの仲がうまくいくように頑張っているんだよ!?」

いきなりキレた坂本君……。彼の怒り顔を見たのは初めてだけど、それほど怖くなくてよかったよ。

 まだ教室に残っていたクラスメートたちが、おもしろげにこちらを見てくる。たぶん半分ぐらいは、私の努力を知っているだろうね。ニヤニヤ笑いを堂々と浮かべているヤツもいる。

「でも最近は、そのせいで元気ないんだって! 焼き餅なんか焼かないで、少しはガマンしてくれよ!」

坂本君は、野次馬のことなど気にせずにまくしたてた。怖くはないけど、芯の強さを感じる。


「私がどれだけ気まずい日々を送っているか、わかってる!? それから、私に頼んでどうするの!? 彼女を守ってあげるのは、彼氏であるあなたの仕事でしょ!?」

ところが、高山さんの声のほうが、圧倒的に上位だった……。もちろん、怖さは十分にある。今まで担任だった先生たちが、穏やかな天使に思えてくるよ……。

「……そ、そんなことは……」

彼女の怖い大声をストレートに受けた坂本君は、情けなくたじろいていた……。とはいえ、そばにいた私は何も言い返せない。

 確かに、カップルの間に割り込んでしまっていると考えると、自分が気まずくなる。もしも、坂本君と高山さんがカップルで、私が外野の人間だとすると、疎外感も酷く感じて、心苦しくなりそうだ。それに、私がしてきた努力のせいで、彼女をさらに苦しめてしまったかも……。ここで余計な反論なんてしちゃいけないね。



 高山さんは、私と坂本君がこれ以上何も言わないのを確信すると、机のカバンを持ち、教室から出ていった。足早かつ怒り顔のままだったため、出入口付近にいたクラスメートが、素早く横にどいた……。

 教室にいたクラスメートたちは、憐れみの表情で、私たちを眺めていた。気まずさと心苦しさに襲われた私は、イスにどかんと腰を下ろす。

「…………」

坂本君も同じ心理に陥ってるようだ。すぐ近くにイスがなかったから、彼は床に腰を下ろす羽目になった。



______________________________



『検査逃れの子供が不良と化す!』

『我が社の発達障害者たちは、こうして成功した!』


 その帰りの地下鉄車内で、目に留まった中吊り広告だ。最近の雑誌は、皆一様に同じく、こういう特集を組んでいる。少し前までは、『発達障害者イコール犯罪者』という偏り方で報じていたはずなのにね……。

 広告に書いてある脳検査とは、生まれたばかりの赤ちゃんへの頭部検査のことだ。脳科学の発展や有能な人材の育成とかをお題目に、このあいだ義務化された。この雑誌は、「それを逃れる連中なんて許せない!」ということを言いたいのだ。とはいえ、どのマスコミも、こんな感情論で報じているのが現状だった。

 また、発達障害者の成功論も最近は人気だ。ぎこちない感じのアスペルガー社長とかが、理路整然と厚かましく持論を述べている。理解できているかは知らないけど、意識高い系のクラスメートが、あの雑誌を昼休みに読んでたな……。

 出生時脳検査により、発達障害者の数はうなぎ登りの様相だった。ある産婦人科クリニックでは、発達障害者の赤ちゃんのほうが、そうじゃない赤ちゃんよりも、格段に多く生まれているらしい。

 ただ、産みの親たちは、自分の赤ちゃんが発達障害者だったことに一安心しているらしい。良くも悪くも多数派だからね……。

 それは世界的な流れらしく、多くの国々で、発達障害者の割合が急増していた。あるアフリカの国なんて、発達障害じゃない赤ちゃんが大虐殺されたぐらいだ……。

 また、それに釣られる形で、精神障害者や知的障害者の地位も上昇していた。なにせ普通の人たちは、発達障害者とそれらの区別なんてできていないからね……。


 ……こんな潮流に対して、私は複雑な思いを抱かずにはいられない。確かに、発達障害者である私からすれば、この潮流は心地良いものだ。しかし、乱暴かつ狂乱な匂いが鼻につく。見た目は綺麗だけど、毒素で満ちているという感じだね。


 だけど、この潮流は勢いを衰えさせない……。多数派は衝動的だ。


 障害者万歳の世間に迎合したかったらしく、警察や防衛関係の役人さんたちは、発達障害者などを積極的に採用していく。ADHDの私からすれば、彼らに銃を持たせてほしくないよ……。

 とはいえ、当事者である私でさえも、こんな本音を言ってはいけない社会になりつつあった……。恐ろしい息苦しさを感じるんだよ。でも、発達障害者じゃない人々は、もっと息苦しいだろうね……。どんな少数派でも、それは少数派でしかない。



______________________________



 地下鉄を降り、駅から自宅マンションへ歩いている私。綺麗な夕焼けが、住宅街を歩く私に濃い影をつけてくれる。この夕焼け具合だと、明日は快晴だろうね。だけど、あまり暑くならないでほしい。


 ……道路の向こうから、大人と子供の二人組が走ってくる。母親と幼い息子さんらしい。二人のただならぬ表情から、面倒事に陥っていることはわかった……。

「今度は何?」

そう呟かずにはいられなかった。どうせまた私は、惨劇の目撃者となってしまうんだろう。

「た、助けて!!」

藁にもすがるよ的な感じで、母親が私に助けを求めてきた。手を引かれていた息子は、走り疲れと泣き疲れでクタクタな様子だ。

「な、何があったんですか?」

さすがに無視して通り過ぎるわけにはいかないから、とりあえず話を伺う私。お人好しだね。

「お、同じ、幼稚園の、人に、追われて、追われているの!」

息切れを起こしながらだけど、なんとか聞き取れた。

 きっと、子供同士のトラブルが原因だろうね。私も子供だし、子供同士の喧嘩なんてよくあることだ。だけど、この親子の様子から、よくあることでは片付かない緊急事態だとわかる……。


   キキィー!!


 すぐ前方にある十字路の右角から、白いミニバンが現れて急停止した……。ホンダの『オデッセイ』だ。何度かどこかにぶつけたらしく、バンパーはひび割れだらけだった。

「逃げるなーーー!! 逃げるな―――!!」

車から、金属を引っ掻くような高い大声が聞こえてくる。運転席には、この母親と同い年ぐらいの女性が座っていた。そして、後部座席からは、彼女の娘らしき女の子が顔をのぞかせていた。口裂け女のような不気味な笑顔を浮かべている……。

 あの二人も母親とその子供だろう。しかし、二人とも狂っているご様子だ。ここから一見しただけで、それは明白だった……。

「ひぃぃぃ!!」

どうやら、ここにいる親子は、あのキチガイ母娘から必死に逃げているようだ……。何があったのかは知らないけど、このままだと確実に、この親子は轢殺されてしまう。

 とはいえ、私は超人じゃないし、ほぼ無関係の人間だ。巻き添えで死ぬのは正直嫌だった。

「話し合ってください!!」

車側の母親に呼びかける。できることをやるしかない。

「うるさいうるさい!! うるさいうるさい!!」

頭を激しく横に振る女性。交渉段階はとっくに乗り越えていたらしい……。



______________________________



 こちらへ一直線に走り出す車……。この親子から急いで離れなければ、私も轢かれてしまう。見捨てることになるけど、そこまでの自己犠牲精神は持っていないんだよ。

「きゃ~~~!!」

ところが、恐怖に駆られた母親の左手に、服を掴まれてしまった……。彼女は右手で、息子を抱き寄せている。車のエンジンが叫ぶ唸り声が、恐怖心を盛大に焚きつける。

「は、放してよ!!」

私は酷く焦り、乱暴に親子を突き放してしまった……。その拍子に、母親と息子はその場に倒れこんでしまう。可哀想な二人を尻目に、私は道路脇へ素早く回避した。もしかすると、ハリウッド映画のようなカッコイイ避け方に見えたかもね。


 ……突っ走ってきた車は、私のすぐ横を通り過ぎていく。ミニバンで大きい車だから、背中に気流を感じた。

 それから何秒後かに、多種多様な音たちが、惨劇のマーチを軽く奏でてくれた……。金属が激しく軋む音、ガラスが割れる音、そして、風で転がるゴミ袋のような音が複数回……。そして、何事も無いかの如く、静かになった。


 あの親子は、車に跳ね飛ばされ、ものの見事に死に絶えていた……。母親は、全身の関節をユニークに折り曲げまくり、道路にゴロンと寝転がっている。たぶんうつ伏せの体勢だろうね……。そして、息子のほうは、道路端の側溝に頭から沈み込み、ピクピクと痙攣していた。乾いた泥だらけの側溝を、鮮血がドクドクと流れていく……。

 それから、キチガイ母娘の車は、勢い余ってしまい、電柱に正面衝突して止まっていた。ひしゃげたボンネットから、白い煙がモクモクと上がっている。

 喧嘩両成敗というべきか、キチガイ母娘も即死していた……。二人ともシートベルトをしていなかったらしく、フロントガラスを突き破った。そして、母娘仲良く、頑丈な電柱で頭部をグシャグシャに潰している。あの死に様を見たら、絶対にシートベルトを使おうと決めることだろう……。


 またまた、惨劇の目撃者となってしまった私は、震えつつも落ち着きを取り戻しつつある指でスマホを触り、110番か119番かに電話した。そして、目の前のどうしようもない光景を、相手に思うままに伝えてみせた……。

 通報だけで精一杯の私に、無惨な彼らを、介抱することなど無理だ。なにしろ、電話を切ってからすぐに、私はゲロで道路を汚したからね……。



______________________________



 しばらくして、救急車とパトカーがやってきた。野次馬もやってきたので、辺りは騒々しくなった。もはや私は、こういう状況に慣れっこだ……。

「君はここで何をしていたの?」

私は警官から聞き取りをされていた。めんどくさいけど、目撃者だからね。しかし、この警官は話下手だね。もう少しちゃんとした質問台詞があると思う。

「……えっと、家に帰っていたところなんです。この近くのマンションに住んでいるんです」

「一人で?」

「いえ、家族とです」

高校の制服を着ているんだから、普通わかるだろうに……。

「じゃあ、身分証を見せて?」

警官はそう言うと、右手を差し出す。

 その横柄さに腹が立ち、私は生徒証ではなく精神障害者手帳を財布から取り出し、堂々と見せつけてやった。


 するとその警官は、態度を急に軟化させた……。

「これは失礼しました! 聞き取りはこれでもう十分です!」

言葉遣いもすっかり急変している。とはいえ、これで解放されたわけだ。

「実は私も3級なんですよ。アスペルガーと統合失調症でね」

帰りがけの私に、その警官はそう言った。なるほど、障害者雇用の警官なんだね……。

「そ、そうなんですか」

腰のピストルに目がいってしまう私。誤解されて撃たれるのは嫌だ……。

「あそこにいる三人もそうですよ」

警官は、死んだ親子を調べている警官たちを指差した。

 彼らは、ゴミ袋を漁るカラスのように、二人の死体を乱暴に扱っている……。ついさっきまで調べていたキチガイ母娘のときは、丁寧に扱っていたはずなのにだ。


 私はこのとき、この世界がとんでもない変貌を遂げつつあることを確信した。それと同時に、嬉しさや罪悪感などが複雑に混濁しきった心理状態に陥る……。

 もはや当然のように、吐き気がこみ上げてきた。私はそれに苦しみつつ、家路に戻る。できることをやるしかないのだ……。


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