1st wind -breeze.7-
それは金曜日の放課後だった。僕は部活のあるナツを学校に残して、和泉と二人で海に向かった。十一月に入ったばかりの砂浜は、その表情が幾分寂しくなった気はしたもののいつもと変わりなく、僕らは砂に触れるように腰を下ろすと、波打ち際で犬と戯れる少女をぼんやりと眺めた。
「なあ、最近ナツの様子おかしくないか?」
「そう言えば、ちょっと不安定な感じがするけど」
「それ、俺のせいなんだ」
視界の片隅で、こちらに向けられている和泉の視線を感じたが、それでも僕はまだ、正面にある少女の足と打ち寄せる波との接点を見ていた。
「この間俺、ナツに言ったんだ。お前の兄さんが、教育実習に来ていた海野先生と親しそうに歩いてたって。ほら、先週一緒に街に行っただろ? あの時に見かけたんだ」
「そうか、それで急に店を飛び出したのか」
「そしたらアイツ、急に怒り出してさ。それからずっとあんな感じなんだ」
「なるほどね」
それで全てを得心したらしく、さらにゆっくりと二度頷いた和泉は、飛沫を上げてはしゃぎまわる少女に歩み寄る、母親らしき女性に目を向けていた。僕がこれ以上、何かを言う必要さえないような気がした。
「俺、何か悪いこと言ったのかな? 正直全然わからないんだ。俺一人っ子だし、兄妹ってそんなものなのかなって思ったりもしたけど、どうも納得いかないんだよ。和泉ならわかるだろ? 弟のいるお前なら」
「兄さんと弟じゃまた違うしな」
「そうか、そうだよな」
「でもナツの場合、本当の家族って兄さんだけだろ? だから、兄妹の繋がりが人一倍強いんじゃないかな」
和泉の指摘は、確かに的を射ているように思えた。ナツが引っ越してきたのは小学三年生の時だったが、両親を交通事故で亡くした直後、僕の家の隣に住んでいた叔父さんの家に引き取られたのだ。その意味で、ナツにとって本当の家族は浩樹だけであり、その動向が気になるのはむしろ当然だろう。でも僕は、何か割り切れないものを感じていた。それだけでは、到底推し量ることのできない何かがあるような気がしたからだ。
その夜、僕の家に一本の電話がかかってきた。
「高村くん、近いうちに会えないかな? 話したいことがあるの」
真波からの突然の誘いが何を意味するのか、彼女の話したいことが一体何なのか、僕には全く予想できなかった。だから僕は、ただその疑問を抱えながら、日曜日の夕方に岬の公園に行くしかなかった。