1st wind -breeze.5-
でも、それだけでは居たたまれなくなってしまった僕は、次の日の放課後、大事な話があるからと言って和泉を街に連れ出した。いつもならあっさりと断られるところだったが、余程僕の表情が曇っていたせいか和泉は快く付き合ってくれた。
「それで、大事な話って?」
「ああ、言いにくいんだけどさ……」
僕らは、中心街にあるファーストフード店に、ポテトとコーラとともに身を置いていた。二階にある席の窓からは、やや西に傾きかけた太陽の柔らかい光の下で、道行く人々や車の群れがひとしきり見渡せた。いつもと同じありふれた光景ではあったが、何故だか僕にはそれがセピア色のフィルター越しに見えた。
「女のことだろ?」
「どうしてわかるんだ?」
「友達だからだよ。当たり前だろ」
「そうか……。実はさ、俺前からナツのことが好きだったんだ」
「わかってるよ、そんなこと」
うっすらと予想はしていたが、あまりにあっさりと言われてしまったので、僕の心の靄は見事なまでに吹っ切れた。改めて、和泉はかけがえのない友達だと思い知らされた。
「まったく、和泉には何も隠せないな」
「でも、話はそのことじゃないんだろ?」
「ああ。それがさ、昨日直接訊いてみたんだけど、アイツどうも好きな男がいるみたいなんだ」
「それって一体、どこの誰なんだ?」
和泉の驚き方の不自然さに一瞬たじろいだ僕は、でもその眼差しの鋭さから、コーラで一息つくこともできずに話を先に進めるしかなかった。
「具体的には訊けなかったけど、同じクラスでもバスケ部でもないらしいんだ」
「……そうか」
「どうかしたのか?」
「いや、何でもない。そうか、好きな男がいたのか」
必要以上に落ち込んで見える和泉に、僕は自分の気持ちの行方を相談できなくなってしまい、そのまま視線を窓外へと向けた。そこには太陽の位置が少し変わっただけの、最初に見た時と同じ空間が広がっているはずだったが、僕はその中に決定的に異なるものを見つけて息を呑んだ。
それはまぎれもなく真波だった。彼女は、隣にいる男性と楽しそうに話しながら人の流れに乗って歩いていた。
「あれは……ナツの兄さん」
そう呟くやいなや、僕は席を立って階段を駆け下りると、そのままの勢いで店の外に飛び出した。真波の隣にいたのが浩樹であることは疑いようがなかった。そして、二人が付き合っているであろうことも容易に想像がついた。でも、その取り合わせがあまりに意外だったために、僕はそれを確かめるために後を追おうとしたのだ。
「何だよ、急に走り出すからびっくりするじゃないか」
少し掠れた声に振り返ると、和泉が息を切らせながら、こちらを怪訝そうな目で見ていた。
「ああ、ちょっと知り合いを見かけたような気がしたから。悪かったな」
「誰を見たんだ?」
和泉にそうは尋ねられたが、僕はあえて答えを言わなかった。間違いだとは思わなかったが、話したところで和泉が真波を気にとめていないかもしれないし、まして興味があるとは思えなかったからだ。
結局その日は、目的を達することもできずに和泉と電車で帰るしかなかったが、そのことよりも僕は、どうしても真波に会って話したい欲求に駆られていた。彼女の付き合っている相手が友達の兄であるという事実ではなく、浩樹のことを本当に好きなのかどうか確かめたかったのだ。もちろん確かめたところで、それ自体が無意味なのはわかっていたが、僕は純粋に気になっていたのだ。一昨日真波が話していた男と女の、そして人間関係の複雑さのことが。だから僕は、不躾だとは思いながらも教育実習の時に配られた名簿を探し出して真波の家に電話をかけ、二日後の夕方に会う約束をした。