4th wind -breeze.6-
でも、堅固なまでに思えた僕らの誓いも、次の日には見事に崩れ去ることとなった。目を開けると、テーブルの上にはワインの空き瓶と二つのグラスが寂しげに佇んでいて、その向こうにある薄いピンクのカーテンの隙間から差し込む光をプリズムのように反射させていた。いつの間にか眠ってしまったらしく、振り返って壁に掛けられていた時計を見ると、その針は朝の九時を示していた。僕は、割れるように痛む頭を体から外したい欲求に駆られながらも、次の瞬間昨夜とは明らかに異なる空気が流れていることに気づいた。全てがよそよそしく、自分の存在が浮ついているような気がした。その原因が何であるかがわかるまでに多少の時間がかかったが、すぐ横にあるはずの柔らかな温もりがないことが、ナツがこの空間にいない事実をはっきりと教えていた。始めのうちはその理由を考えることすらしなかったが、時が経つにつれてその疑問は次第に重みを増し、三十分が過ぎた頃には決定的な不安となって僕の心を否応なく襲った。居ても立ってもいられなくなった僕は、立ち上がってドアのほうに向かおうとしたが、その間に目の前を過ぎったあるものの存在が、外に出ようとする自分の意思を止めさせた。テーブルの上で空のボトルやグラスと一緒に置いてあったもの、それは目が痛むほど真っ白な紙に記されたナツの文字の数々だった。手紙は何枚かにわたっていたが、僕は底知れぬ不安を静めようと、ただ一心不乱に、一文字一文字を取り出すように丁寧に読み始めた。
親愛なる純へ
純に手紙を書くなんて、長い付き合いの中でも初めてだね。何だかとても不思議な気がします。でも、今の私の最後の気持ちだけは、きちんとした文字で表しておきたかったの。純の記憶の中だけではなく、私が生きた記録として永遠に残しておきたかったの。
夕べは久しぶりに落ち着いた雰囲気に浸れました。これも純と一緒にいられたおかげかな? そして、やっと決断をすることができました。今までかなり迷っていたんだけど、純といろいろな話をして、前を向いて歩いていこうって励まされて、それでようやく自分の進むべき道がはっきりとわかりました。私も自分の人生にけじめをつけます。そして、十字架を背負いながら別の世界で生きていきます。穂波さんのことだけが原因ではありません。私はもう、この世界では生きていけないのです。唯一の支えであったお兄ちゃんが結婚して私から離れ、これまで一心同体だった和泉ともこの先うまくはいかないでしょう。そして純とも……。あなたにはとても感謝しています。できれば一緒に前を向いて歩いていきたかった。でも、あなたはいずれ私を重荷に感じることになるでしょう。絶望的な苦しみの中でもがき続けるでしょう。私にはそれが耐えられません。あなたをそうした底なし沼に引き込んでいくことに。だから今お別れします。さよならを言います。
今までの人生に悔いがないと言ったら嘘になります。でも、もう一度やり直しても、多分私は同じ道を歩むでしょう。何故ならそれが私だから。非常識だろうが異常だろうが、それが私自身なのだから。
少し長くなってしまったのでこの辺で終わりにしますが、最後に純、あなただけは生きてください。私の分まで、そして海野先生の分まで。純なら大丈夫だから。この切なくて儚い世界でも十分に生き抜いていけるはずだから。一人で逃げ出すようで胸が痛いけど、陰ながらあなたの幸せを祈っています。
じゃあね。海野先生に会えたらよろしく言っておくから。
気がつくと僕は飛び出していた。右手に手紙を握り締めながら、ナツの向かったであろうあの場所へ。