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夏なき鎌倉  作者: hiro2001
27/29

4th wind -breeze.5-

「やっぱり純にはわからないかな?」

「俺、ショックだったんだ。和泉とは中学の時から親友だと信じてきて、お互いに分かり合えてきたと思っていたのに、結局は俺の独りよがりで、悔しくて情けなくて、自分のすべてが否定されたような気がして、それで和泉にあんなことを……。でも、すべては俺の責任なんだよな。和泉も言ってたよ、自業自得だって。ナツのこともそうだよ。小さい頃から幼馴染みたいにいつも一緒だったから、すべてをわかった気になっていただけだったんだよな。兄さんとのことも理解しようとはしなかった。心のどこかでずっと思ってたんだ。非常識だ、異常だって。でも、今頃気づいたってもう遅いよな。俺の周りにはもう誰もいない、何もない。すべては終わってしまったんだから」

「そんなことないわ。純がいたから、私たち三人はうまくやってこられたのよ。あなたの常識さで、私も和泉も救われてきたわ。ともすれば行き過ぎる私たちを繋ぎとめてくれたもの。和泉にもそれがわかっていたから、今まであなたと付き合ってきたのよ。私だって、純の存在でどれだけ助けられたか。大体そうじゃなければ、とうの昔に私たちは終わってるわよ」

 訴えかけるナツの声が、風穴の開いた僕の心を懸命に癒してくれていた。自分の存在理由を、その価値を認めてくれているように思えた。

「ナツは俺を許してくれるか? 大切な和泉を汚した俺を。常識に捉われ続けたこの俺を」

「許すも許さないもないじゃない。だって私たちは……」

「友達だから」

 僕は待ちきれなかったこの一言を、ナツの言葉に続けて口にした。そしてそれは、周囲に誰もいなくなってしまった僕の最後の救いとしてナツが存在している事実を端的に示していた。


 僕らはその後、ナツが作ったアサリ入りのスパゲティーを食べながら、白ワインを飲んで過ごした。ZARDの曲が静かに流れる空間は、久しぶりに味わう落ちついた雰囲気で満たされていて、僕は時折ナツと他愛のない話をしながら次第に優しい気持ちになっていった。

「そう言えばナツは、いつからZARDを聴くようになったんだ? 中学の時は聴いていなかったような気がするけど」

「純と久しぶりに会ってからよ。何だか急に昔が懐かしくなって、純が聴いてたのを思い出したの。でも不思議よね。今になってようやくこの歌のよさがわかるようになったんだから」

「俺もだよ。昔は何となく聴いていただけだったけど、今はその歌の意味が痛いほどによくわかるんだ」

「お互いにいろいろな経験をして成長したってことかしらね」

 ナツは感慨深げにそう言うと、ワインを一口飲んだ後で軽いため息を漏らした。その目線は、既に遠く去ってしまった自分の記憶をゆっくりと辿っているようにも思えた。

「ナツ、お前まだ兄さんのことが好きだったんだな」

 気がつくと口にしていた自分に少し驚いた。もっとも、ナツから答えをもらおうとは思っていなかった。

「和泉に言われてはっとしたよ。でも考えてみれば、人の気持ちなんてそうはたやすく変わらないものな。俺だって、六年経った今でも真波のことは忘れられないし」

「私とお兄ちゃんとの関係は特別なの。忘れようと努力はしたけどね。もちろん非常識だとも思ったわ。純の言うように」

「もう思ってないよ」

「わかってるわ。でも、この気持ちだけはどうしようもなかったの。だって最初からそうだったんだもの。小さい頃からずっと……。好きだとか愛してるとか、そんな言葉では表せないくらいに」

 ナツの声は、真実に裏打ちされた重みをもって僕の胸に響いていた。彼女の切実な心の叫びが、ZARDの曲を伝って体の隅々にまで行き渡っていった。

「だから許せなかったの。私の大切なお兄ちゃんを不幸にするあの女の存在が。お兄ちゃんの苦しみは私の苦しみでもあるんだから」

「でも俺が言うのも変だけど、ナツの兄さんは自ら進んで穂波と付き合ってたんだろ?」

「だとしても、少なくともお兄ちゃんのためにならないわ。せっかくの新婚家庭だって壊れることになりかねないし」

「だから突き落としたんだね」

「最初から決めてたわけじゃなかったの。でも穂波さんと話しているうちに、あの女の底意地の悪さがわかったの。純の前では言いにくいけど、直感的に思ったの」

「わかったよ、別に責めてるわけじゃないんだ。俺だって和泉にあんなことをしたんだから。決して許されないことだけど、だからこそ俺たちは、これから前を向いて歩いていかなきゃいけないんだよ。そうだろ?」

 僕に同意を求められたナツは、その首を小さく縦に振ることで答え、それから僕の肩にゆっくりと身を委ねてきた。僕はその髪を何度も撫でながら、たった今自分の言ったことを自らに課そうとの想いを新たにしていた。いつまでも後ろを振り返っていてはいけないのだ。自らの犯した罪を十字架として背負いながらも、未来に向かって懸命に生き抜いていかなければならないのだと。

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