4th wind -breeze.4-
全てが終わった後、僕は傍らに脱ぎ捨てられた自分の衣服を着込むと、和泉のすすり泣く声を残して足早に部屋を出た。既に日付は変わっていて、雪の勢いは少しずつ衰えを見せていたが、海岸通りを横切って純白に染められた砂浜に降り立つと、その行為の重大さが体中を刺す海風となって僕をきつく締め上げた。確かに和泉が現実的に女であることを証明できたが、彼女の非常識さや異常さを責める前に、誰にも増して自分自身がそういう人間になってしまっていた。かつて真波を傷つけた男と同じ人間として存在してしまっていたのだ。僕は和泉を通じて間接的に真波をも汚してしまったことに気づき、目の前を降りしきる雪の向こうに真波の影を必死に追い求めた。でも、全ては既に手遅れだった。取り返しのつかない現実は、白い雪の純粋さでは覆い隠せないほどに決定的なものとなってしまったのだ。どれだけ逃れようとしても、既に起きてしまった真実だった。
その後の時の経過を、僕はほとんど覚えていなかった。どこをどのように歩き、何を見てきたのか。でも気がつくと、見覚えのあるドアの前に立っている自分がいた。それが誰の部屋のものなのかを思い出すまでにかなりの時間を費やしたが、ブザーを押した後に開かれた空間から顔を出したその姿によって、僕は否応なくそれを認識することになった。
「純、どうしたの、こんな時間に」
ナツの柔らかい声にもうまく反応できなかった。僕は疲れた体を引きずるように中に入ると、その場に崩れるように倒れ込んだ。ナツの驚いた顔が見えたが、それもほんの一瞬のことだった。
次の瞬間に目を開けた僕は、ピンクのベッドに横たわる自分の存在を徐々に取り戻していた。暖色系の空間は以前と同じようにそこにあり、ゆっくりと起き上がって後ろを振り返ると、キッチンに佇むナツの後ろ姿が夢幻の世界でないことを僕にはっきりと教えていた。
「俺、どうしてここに……」
「あっ、気がついた? 今暖かいコーヒーでも入れるから。それとも何か食べる?」
「今、何時だ?」
「夜の九時過ぎよ。まったく、明け方に訪ねてきたと思ったら急に倒れ込んじゃって。どうしたのかと思ったら、それから死んだように眠っちゃうんだもの。何かあったの?」
ナツはその言葉とともにこちらに歩み寄ってくると、僕の目の前に熱いコーヒーを差し出した。白くて柔らかそうなセーターに薄いベージュのパンツ姿は、後ろで束ねられた髪とともに穢れのない清純さを表しているようで、それが痛いほど僕の目に染み入ってきた。
「俺、取り返しのつかないことをしたんだ。もうどうしようもないんだ。何もかもが終わってしまったんだ」
「一体何をしたの?」
「和泉を……レイプした」
その後のナツの、一瞬の表情の変化を僕は見逃さなかった。空気は死んだように重くなり、彼女は目を大きく開けてこちらを見たまま止まっていた。そこに浮かんでいたのは僅かの驚きと、それとは比較にならないほど大きな疑問のようだった。
でも次の瞬間、僕の目に飛び込んできたのは、意外にもナツの優しい眼差しだった。
「たとえ純が何をしたとしても、何を想ったとしても私は責めないわ。その資格もないし……。でも、何があったのかだけは正直に話してほしいの」
「俺、お前と和泉がこのベッドで抱き合ってるのを見たんだ」
僕のその言葉にもナツの表情は崩れなかった。全てを最初から知っていたかのように穏やかなままだった。
「その訳を知りたい?」
「いや、和泉から聞いたから。穂波のこと」
「でも、それだけが理由じゃないわ。確かに穂波さんのことで動揺したし、誰かにそばにいてほしいとは思ったけど、誰でもよかった訳じゃないの」
「俺じゃ駄目だったのか?」
僕の問いかけに、でもナツははっきりと答えを示してはくれなかった。それは否定でも肯定でもない、全く別の種類のものだった。
「和泉とは、昔から何か通じるものがあったわ。単なる友達じゃなくて、もっと深い部分で繋がっているような、親友ともちょっと違うんだけど……。だから、何でも話し合えたし分かり合えた。私の悩みは和泉の悩みでもあったし、和泉の苦しみは私の苦しみでもあったの。体は二つだけど心は一つだった」
「でも……」
「抱き合う理由にはならない。純ならそう言うと思ってたわ。何より私たちは女同士だものね。でもね、人と人とが触れ合うのって、必ずしも体だけじゃないと思うの。心だって激しく求め合っているはずよ。そのほうが余程大事なことよ」
ナツの語る一つ一つが僕の胸に鈍く突き刺さった。男と女ではなく一人の人間として、その体よりも心と交わる大切さを思い知らされていた。常識さや普通さよりも遥かに重要なその事実を。でも、それを認識すればするほど僕は、心の奥底を吹き抜ける虚しさに打ちひしがれた。そう、僕は結局のところナツや和泉と心を共有していなかったのだ。だから彼女たちから、いや真波や穂波からも求められてはいなかったのだ。