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夏なき鎌倉  作者: hiro2001
23/29

4th wind -breeze.1-

 その夜、部屋でビールを飲みながらぼんやりとテレビを見ていた僕は、若くて律儀そうなアナウンサーが報じたあるニュースに釘付けになった。それは、都内のマンションの屋上から二十歳の女性が落下して死亡したというものだったが、僕が驚いたのはそのマンションを知っていたからではなく、その女性の名前と写真に見覚えがあったからだった。

 その制服姿から高校時代に撮られたものに間違いなかったが、証明写真のように強張った表情でこちらを見つめる顔は間違いなく穂波だった。僕は、なおも画面をぼんやりと眺めながら、その写真が示す意味を懸命に理解しようとしたが、どう考えてもそれは唐突で理不尽だった。穂波が自分の住むマンションの屋上から落下して死んだ事実は、それほどまでに受け入れ難かった。喧嘩別れのようになってしまったとはいえ、彼女と過ごした月日はまだ鮮明に脳裏に焼きついていた。記憶や思い出になるにはあまりにも生々しかった。僕は六年前の真波に続いて、今穂波までも失ってしまったことで、明らかに混乱し動揺していた。何杯のビールを飲んでも、その心の震えを止めることはできなかった。僕は立ちはだかる現実を、やるせない想いを誰かと共有したい欲望に駆られたが、鎌倉にいる和泉の他にはナツしか思いつかなかった。僕はその気持ちのままに部屋を飛び出すと、夜更けの西武線と小田急線を乗り継いでナツのアパートに向かって急いだ。

 ドアの前に立った頃には既に午後十一時を過ぎていたが、何度ブザーを押しても中からは全く反応がなかった。苛立ちを抑えられずにドアノブに右手をかけてみると、意外にも鍵はかかっておらず、僕はゆっくりとドアを開けて中に滑り込んだ。明かりのない空間は物音一つせず、僕は足音を立てないようにキッチンの横を抜けて、ガラスの扉越しに奥の部屋を見ると、ベッドの中で静かに揺れ動く二人の女性の体があった。それがナツと和泉だとわかるのに時間はかからなかった。僕は、どうしていいかわからずにしばらく立ちすくんでいたが、結局時計の針を巻き戻すようにゆっくりと部屋を出るしかなかった。帰りの小田急線の中でも、少し前に見た光景が理解できずに呆然としていたが、時間の経過とともに事態を把握できるようになると、今度は二人の本質を知ってしまったやるせなさで胸が一杯になり、訳もわからず車両の床に蹲って頭を抱えた。涙がとめどなく溢れ出てきたが、最後までその呻きが声に出ることはなかった。そう、僕はナツだけでなく、長い間信じきっていた和泉にまで根源的に裏切られたのだ。

 僕は気が変になりそうな自分を抱えながら、それでも何とか立ち上がろうと必死になった。あの夜に見た光景は夢幻だと思い込もうとした。でもそれは、どうにも拭い去ることのできない現実だった。交錯する二人の白い肌が、記憶の隅々にまで深く刻まれていたからだ。僕はもはや誰を信じ、愛すべきなのかがわからなくなり、真波や穂波との儚い世界に身を委ねようとした。夢と現実の間にある高くて細い塀の上を歩き続けた。とはいえ、いつまでも現実から逃れているわけにはいかなかった。非常識であれ異常であれ、少なくとも僕は真実を知らなければならなかった。そうしないことには、僕という存在が内から崩れ去ってしまうような気がしたからだ。だから僕は意を決し、三月も終わろうかという月曜日に和泉と会うことにした。

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