3rd wind -breeze.3-
「ああ、疲れた」
「本当だな」
「三人で飲み直そうか?」
その時、僕ら三人は午後八時を過ぎたナツの部屋に身を置いていた。僕と和泉の放った言葉の先を把握したかのようにそう言ったナツは、キッチンから白ワインのボトルとグラスを三つ抱えて、ベッドの前にあるガラステーブルに置いた。ワンルームのその空間は見事に暖色系でまとめられ、僕らはピンクに染まったベッドカバーの上に並んで座っていた。
「でももう夜の八時だし、そろそろ帰らないと」
「何言ってるのよ。久しぶりに会ったんだから、今夜はゆっくりと話しましょうよ。二人ともここに泊まっていけばいいんだから」
「でも、女の子の部屋に泊まるのもな」
と、心にもないことを言った途端に笑いが込み上げてきた。もちろん、一応言ってみただけで、全ては織り込み済みだった。
「純は相変わらずね。あなたが私を襲うなんて思ってないわよ。昔からの仲なんだから」
「そうだよ。なあ、泊まっていこうぜ」
形ばかりの躊躇いを見せる僕を誘った和泉は、三つのグラスに次々とワインを注いで乾杯の用意をした。
「じゃあ、そういうことで。三人の再会を祝して、乾杯!」
「ちょっと待った」
「純、今度は何よ?」
乾杯を遮られて憮然とするナツに向かって、僕はこの瞬間しかないと思い、今まで胸につかえ続けてきた想いを打ち明けることにした。
「ナツ、六年前はごめんな。俺、お前の気持ちをわかってやれなくて、友達として恥ずかしいよ。だから遅すぎるかもしれないけど、一度はっきりと謝っておきたかったんだ。本当にごめん」
「もう昔のことはいいじゃない。また三人でこうして会えたんだから、それで十分よ。そんなことで謝らなくてもいいわ。だって私たちは……」
「友達だから」
ナツの言葉の最後を補った和泉に呼応するように、僕ら三人はグラスを重ね合わせた。新たに始まる友情を確認するための象徴的な行為として。
「でも、本当に久しぶりだな」
「六年ぶりだものね。でも、純も和泉も変わってないね」
「それって、喜んでいいのかな?」
少しずつ過去を思い出しながら感慨深げに言った僕に続いて出たナツの言葉に、和泉がこちらを見ながらそう尋ねてきた。僕は和泉に向かって軽く頷いた後、女の子から女性へと変わったナツを眩しく見ながら言った。
「ナツは変わったな。何て言うか、女らしくなったよ。もしかして、彼氏とかいるんじゃないの?」
その不用意な発言にナツは表情を曇らせ、僕自身も一瞬にして激しい後悔の念に襲われたが、続いて発せられた和泉の一言がその場の重苦しい雰囲気を見事に救った。
「そういう純こそどうなんだよ。高校の時に付き合ってたあの子、名前何て言ったっけ?」
「その話知らないわ。ねえ和泉聞かせてよ」
「和泉、話すんじゃないぞ。話したら絶交だからな」
僕の形ばかりの警告も空しく、それから和泉はナツに延々と話して聞かせた。その頃の僕は、その子のことで和泉に何度も相談していたので、全てを話しそうな勢いに自分の顔が次第に熱くなっていくのがわかったが、一方で心を許せる友達との他愛ない会話に、久しぶりの充足感と満足感を抱いてもいた。
やがて話し疲れたのか、和泉はそのままベッドに横たわり静かな寝息を立て始めた。あるいは単に飲み過ぎただけなのかもしれなかったが、いずれにしてもその瞬間から、僕とナツは必然的に二人だけで話をすることになった。
「ねえ純、六年前に言ったこと、まだ覚えてる?」
「ああ、あの時は本当にすまなかった。お兄さんとのこといきなり訊いたりして」
「ううん、そのことじゃなくて……。私のことを好きだって言ってくれたことよ」
ナツから改めて、今さらながら言われてみると、僕にはもう返すべき言葉が見当たらなかった。ただ照れ隠しに、グラスのワインを一気飲みするしかなかった。
「嬉しかったわ、とても。あの時は、お兄ちゃんとのこともあったからあんな風に言っちゃったけど、本当はとても嬉しかったのよ。ねえ、今もその気持ち変わらない?」
「ナツ、お前酔ってるだろ」
「かもね。でも、今なら私素直に言えるわ。純のこと好きだって」
いつしか僕に肩を寄せるナツは、真っ赤な顔をさらに赤くしてそう告げた。僕は、その言葉に胸のすくような喜びを感じたが、その勢いのままに彼女を抱き寄せることはできなかった。今日の再会によって、確かに六年間の二人の溝は埋められたが、かといって現状から逃れるわけにはいかなかった。そう、当然のことながら僕らは明らかに別々の時を刻み続けてきたのだ。複雑な人生のジグソーパズルは、そうは容易く完成できないはずなのだ。そしてそのことは、他でもないナツ自身が一番よくわかっているはずだった。