3rd wind -breeze.2-
浩樹とはその後すぐに別れたが、僕にはもう一ヶ所訪れるべき場所があった。そこは喫茶店から海岸通り沿いに十分ほど歩いたサーフショップで、僕がその脇の狭い階段を二階へ上がって色褪せた青い扉を叩くと、中から懐かしい声とともにその顔が現れた。
「よお、待ってたんだ。上がれよ」
和泉の言葉に後押しされるように部屋に入ると、そこには青と白の二色でまとめられたワンルームが広がり、三方を取り囲んだガラスの壁の向こうには、少し寒々としていたが穏やかな海が顔を覗かせていた。
「へえ、いい部屋じゃないか」
「ちょっと殺風景だけどな。まあ、一人で暮らすにはちょうどいいよ」
そう言ってはにかんだ笑顔を浮かべる和泉は、昔と同じように額にかかった短い髪の毛をいじった。高校卒業以来だったが、白いトレーナー姿が珍しかったこと以外は特に何も変わっていなかった。和泉は、高校卒業後間もなくこのサーフショップで働き出し、ただ同然の家賃でここに住んでいた。波乗りが好きだったことを考えれば当然のことかもしれなかったが、それでも僕は和泉が大学に行かないことに少なからず驚いた。
「相変わらず波に乗ってるのか?」
「まあな」
「でも意外だったぜ。大学に行かないなんてさ」
「そうかな? もともと興味なかったし」
「でも、先のことを考えたら、好きなことばかりやってもいられないぜ」
言い終わってから、しまったと思った。常識的に立ち入り過ぎたと思った。まるで親のような言い草に後悔して、視線を足元に落とした。
「相変わらずだな、純らしいよ。それはそうと、もう墓参りには行ってきたのか?」
「ああ、ついさっきな」
「早いもんだよな。あれからもう六年経つんだから」
「墓の前で、ナツの兄さんに会ったんだ。来月結婚するらしいぜ」
「結婚ってまさか」
少し前の自分のように驚いた表情を浮かべる和泉がおかしかった。もっとも、そこで勿体つけるほど、僕も会話の駆け引きがうまくはなかった。
「俺も勘違いしたよ。もちろんナツじゃないさ。でも、それを聞いて思い出したんだ。あのままナツと離れ離れになってたことを」
「ナツ、今頃どうしてるかな」
僕から視線を外して、目の前に広がる海へと向けた和泉の姿が全てを物語っていた。今こそ、失くした三分の一を探しに行かなければならなかった。かけがえのない、ナツという名の親友を見つけなければならなかった。
「なあ、ナツに会いにいこうぜ。アイツ今、都心で一人暮らししてるみたいなんだ。詳しい場所はよく知らないけど、兄さんの結婚式に行けば必ず会えるからさ」
僕の誘いに対する和泉の言葉はなかったが、小さく頷いたその表情から答えは明らかだった。ガラス越しに煌く水平線の彼方を見ながら僕は、三人の新たな友情の始まりに高鳴る胸の鼓動を抑えることができずにいた。
浩樹の結婚式はすぐにやってきた。二月も半ばを過ぎた日曜日、僕は途中の駅で和泉と落ち合うと、薄い青空が広がる下を式場に向かった。そこは都心にある小さな教会で、中に入って周囲を見渡すと、最前列に座るナツの後ろ姿がすぐに確認できた。僕らは早速ナツのもとに向かうと、久しぶりの挨拶もそこそこに三人で抱き合って再会を喜んだ。六年ぶりに見るナツは、亜麻色の髪や大きな黒い瞳こそ昔のままだったが、頬から顎にわたる線の鋭さは、彼女が大人の階段を何歩か上ったことを端的に示していた。僕は今まで感じていた心のわだかまりをよそに、一刻も早く失われた時の流れを取り戻したい衝動に駆られたが、程なく始まった式によってその想いを中断せざるをえなかった。
やがて、二人の祝宴は近くのホテルへと移ったが、僕ら三人は、いや少なくとも僕とナツとは、あまり話す時間を共有できなかった。いざ面と向かって話そうとしても、思うように言いたいことが口にできず、ましてや謝罪の言葉などかけらも出てこなかった。僕は、隣で楽しそうに話すナツと和泉の姿を見ながら、まだ過去のわだかまりを引きずっている自分に愕然とし、既に六年の時を経ているにもかかわらず、いとも簡単に打ち解けている和泉が羨ましかった。