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夏なき鎌倉  作者: hiro2001
15/29

2nd wind -breeze.8-

 やがて年が改まり、僕の家にもそれなりに年賀状が配達されてきた。でも、その中に大きさの異なる一通の封書を見た瞬間、僕は反射的に手の指で封をこじ開け、便箋に書かれていた神経質そうな字を貪るように目で追った。それはまぎれもなく真波からのものだった。


 高村くんへ

 こんにちは。いえ、明けましておめでとうかな。

 ごめんなさい、そんなことを言っている場合じゃないわね。こちらから連絡しなかったことを許してください。何度か家に電話があったことは、母親から聞いてわかっていました。でも、どうしてもあなたとは話せませんでした。話せば必ず会うことになるし、そうすれば面と向かっていろいろなことをあなたに説明しなければならなくなる……。それが怖くて無視していました。本当にごめんなさい。でも、やはりあなたには何らかの形で説明をしなければいけないと思って手紙を書きました。

 あの夜からあなたと会わなかったことには理由があります。あなたのことを好きになって、だからホテルで一夜を過ごしたことは決して後悔していません。おそらくもう一度同じ状況になったとしても同じ結果になるでしょう。ただあの夜、私は感じませんでした。あなたと交わっていても、胸に風穴が開いたような虚しさが広がっていくだけでした。でも勘違いしないでください。これはあなたではなく私の責任です。年の差も関係ありません。浩樹とも何度かしたんだけれど、その時も感じませんでした。私の体は、男の人に対して反応しないのです。過去の体験がそうさせたのかどうかは自分でもわからないのだけれど、私にはそういった免疫ができてしまったようです。だから、結果的に私は女の人と交わることでしか自分の体を満たせなくなってしまいました。半月ほど前に、街であなたに見かけられた時もショックでしたが、今思えばそれでよかったのかもしれません。唐突ではあれ、あなたは私の本質を見ることができたのだから。

 ともあれこれは、私の言い訳に過ぎません。あなたが私の本質を知って、裏切られた想いや嫌悪感を抱いたとしても、それは当然のことだと思います。たとえあなたがそれでも私を理解し、すべてを受け止めてくれたとしても、おそらくうまくはいかないでしょう。でも、これだけは信じてください。あなたは、今まで私が知り合ってきた男性の中で最高の人でした。心を通わせ合い、様々な想いを共有できる唯一の人間でした。すべては私自身の問題であり、責任も私にあります。だから、自分を決して責めないでください。自分を否定しないでください。あなたは限りなく普通で、そして常識的です。

 最後に、この手紙があなたのもとに届く頃には年も改まり、私もこの世界にはいないでしょう。もうすべてに疲れました。今までの自分にも、これからの人生にも……。何度もやり直そうと思いましたが、一度狂ってしまった生き方は、そう簡単に元には戻らないようです。自分の誕生日である一月一日に命を絶つのも運命かもしれません。せめてもの救いは、あなたと出会えたことでしょう。

 あなたに感謝しています。

 では、さようなら。同じ一人っ子として、そしてZARDが好きな人間として、私の分まで生きてください。


 僕はその手紙を繰り返し読んだ後、自分でも訳がわからなくなってそのまま家を飛び出した。海岸通りを走っても、波の音は聞こえなかった。ただ涙がとめどなく溢れてきて、目の前の視界をぼやかすだけだった。

 気がつくと、岬の公園の高台に佇んでいた。彼方には、今年も江ノ島が晴れやかに顔を覗かせていたが、僕はもはやその姿を見てはいなかった。その向こうに、真波の影を懸命に探そうとしているだけだった。頬を伝っていた涙は既に消えていたが、全身を虚脱感と虚無感が覆い尽くしていた。彼女の懸命な想いを一握りでも理解し、そして受け止めることができたなら……。僕は生まれて初めて深い無力感を抱き、十四歳である自分の幼さに絶望した。でも、全ては既に遅かった。彼女は……真波は、僕の目の前から永久にその姿を消してしまったのだ。


 真波の死体は、それから一週間後に七里ヶ浜で発見された。波乗りをしようとしていた和泉が見つけ、僕が聞かされたのはその夜、家でZARDを聴いている時だった。

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