2nd wind -breeze.7-
月曜日の岬の公園には青空が広がっていたが、真冬の訪れとともに夕暮れが一層早くなり、午後四時を過ぎたばかりではあったが、高台から見える江ノ島は既に黒い影になりつつあった。
「それで? またナツの話か?」
「いや、今日は違うんだ。海野先生のことなんだ」
「ああ、ナツの兄さんの彼女だろ?」
「実は俺、彼女と……」
「彼女とって……まさか」
和泉にはそれだけで十分なようだった。僕はただ、言葉の代わりにぎこちなく頷いた。海岸通りを走る車のクラクションが遠くに聞こえた。
「ナツの兄さんとは、もう別れたんだ」
「好きなのか? 海野先生のこと」
「わかり合えるんだ、お互いに。共感できるんだ」
「それじゃあ答えになってないよ。好きじゃないのか?」
和泉の苛立つ声が、僕の胸に鈍く突き刺さった。それは、いつか僕が真波に放った言葉と同じだった。
「わからない」
「わからないって……」
「もう何が何だかわからないんだよ。誰が好きで誰が嫌いなのか、何が普通で何が異常なのか。先生、昨日ラブホテルに入っていったんだ。しかも女の人と」
僕の訴えるような叫びは、確実に和泉に届いているはずだった。届かなくても容易に察しているはずだった。でも和泉は、すぐにはその答えを僕にもたらしてはくれなかった。
「純は、先生を必要としてるんだろ? 好きかどうかはともかく」
僕は即座に首を縦に振った。
「多分、先生も純を必要としてると思う。それは間違いないよ。でも、十分じゃなかったんだ。純だけじゃ満足できなかったんだ。理不尽かもしれない。でも、それを責めても仕方がないと思うんだ。純だって、先生だけで十分だって、すべてだって言い切れるか?」
和泉にそう尋ねられると、僕には返す言葉がなかった。相手のことを必要としていても、それだけでは満足できない人間の真実が、僕の心臓に一本の矢となって突きつけられていた。でも、僕はどうしても納得できなかった。そしてその意味で、僕はやはり幼い十四歳でしかなかった。
僕らはその後、彼方に沈んでいく江ノ島をひとしきり眺め、お互いに言葉もないままに別れたが、家に帰ってからも、僕は昨日の夜に見かけた真波の姿と、少し前に放たれた和泉の言葉の狭間で身動きが取れなくなっていた。和泉の言うとおりだったとしても、真波にとって僕の存在だけでは不十分だったとしても、他の誰かとホテルに入る理由にはならないはずだった。確かに僕らは、恋愛感情を持った一対の男女として付き合っているわけではなく、お互いが相手を束縛するのは理不尽かもしれなかったが、少なくとも彼女が誰かと、特に女性と深い関係になるのなら、そこに何らかの必然性がなければならないのだ。そうでなければ、一ヶ月前の夜の出来事の価値がなくなってしまうのだ。頭の中がそうしためくるめく想いではちきれそうになってしまった僕は、その解決のために何度も真波に電話をしたが、やはり一度として繋がることはなかった。彼女の家に出向こうかとも思ったが、両親が出てきたら自分をどう紹介していいのかがわからずに押し留まった。僕は限りなく閉塞した世界で孤立し、その出口を見出そうと懸命に足掻いたが、結局のところそれはただの独りよがりでしかなかった。