2nd wind -breeze.5-
その後話の途切れた僕らは、どちらからともなく店を出て海岸通りを横切り、既に夜の闇に紛れてしまった海を見ながら砂浜に下った。僕は、真波との隙間を埋めるようにその薄い手を握ると、二人で肩を寄せ合うように砂を踏みしめて歩いた。程なく刺すように冷たい風が僕らを襲い、彼女の髪を、そして黒いコートの裾を激しく揺らした。
「寒いわね」
そう呟いてコートの襟を高くした真波の視線が、彼方に佇んでいるはずの江ノ島に向けられているのかどうかまではわからなかった。あるいはそれは、中学二年の自分に向けられているのかもしれなかった。
「どうして中学校の先生になろうと思ったんですか? そういう出来事があったのなら、普通学校からは離れたいと思うんじゃないですか?」
「普通じゃないからよ」
今さらながら、『普通』という言葉を使った自分に嫌気がさしていた。真波の言葉に、皮肉が込められているような気さえした。
「子供たちに、私のこの切なる想いを伝えたかったの。教育を通じてね」
「そうなんですか」
「嘘よ」
言いたくないのなら、それでもいいと思っていた。そもそもの初めから、先生になろうとする理由など訊きたいわけでもなかった。ただ僕は、真実の真波が知りたかったのだ。彼女の想いを純粋に理解し、共感したかったのだ。
「逃げたくなかったの。あの時から、私の心の時計は止まったままなのよ。だからもう一度やり直したかったの。中学生と接することで、彼らの想いを追体験したかったの。そうしないと、これからの私がなくなっちゃうのよ。だって悔しいじゃない。私は体と一緒に人生も犯されたのよ。このままじゃ、私はどこにもいけないわ。私がかわいそうよ」
真波はそれでもなお、彼方に広がる自分の闇を見ているようだった。決して這い出ることのできない、底なし沼のような世界を。
「俺にも手伝わせてくれませんか?」
それは自然に発せられた言葉だった。そこには理屈も常識もなかった。そう言わずにはいられない自分がいるだけだった。
「俺と一緒にやり直しませんか? 失くした年月を埋め合わせませんか?」
「それ、本気で言ってるの?」
「俺が嘘でそんなことを言う人間に見えますか?」
「そうは思わないけど」
ただ、真波と一緒に歩き続けたかった。同じ時間を共有したかった。だから、目の前の石ころ一つも取り除きたかった。
「年のことは言わせませんよ」
「年なんか関係ないって言ってたものね」
「それに、俺たち一人っ子同士だし」
僕は真波の手を取っていた自分の右手を、彼女の揺れる髪にそっと触れさせた。そして勢いのままに、お互いの唇同士をそっと触れ合わせた。お互いの舌を絡ませ合った。全ては始めから、仕組まれていたかのように思えた。その意味で僕らは根源的に、いやほとんど宿命的に結ばれていたのかもしれなかった。