動物記
初め、私は何だったのか。
何だったのか覚えていない。
とにかくカバではなかったはずだ。
このような違和感は感じていなかったはずだ。
だのに私は今、カバだ。
大きな口が私の目の前の、下の景色を遮っている。
とても重く、とても動く気にならない。
違和感はカバになったからだけではなかった。
この大きく重い口が全く開かない。
まるで口の中が真空のあまりくっついてしまったように。
ああ、カバが口を大きく開けないとしたらカバとはなんだろう。
カバとはカバとは。
こうなっては寝るしかない。
私はかつてカバを見たことがある。
カバは鉄の棒に中で眠っていたのを見たことがある。
カバであるからには口を開かないならば寝るしかないのだ。
目を覚ますと、私は棒であった。
体は細く、前足は前へ、後ろ足は後ろへ、揃へてつきだしたまま全く動かなかった。
どうにか動かそうとしても、腹がわずかに左右に震えるだけだった。
どうしたことだろうか、手足は微動もしない。
首もはとても自由に動き、辺りを見渡せる。
前へ後ろへ上へ下へ。
そうこうしているうちに、私は棒ではないことに気付いた。
私は馬だったのだ。
首だけが動くのが変だとは思っていたところだ。
馬ならば合点がいく。
しかし合点がいくと思ったのは首が動くという一点のみだった。
左右の足が揃ったままでなにが馬だというのだ。
動かない馬など馬など馬など。
そうして私はついに首まで動かすのを辞めた。
いつからだろう。
再び意識をしたのは。
何万年たったのか数秒たったのか。
私にはわからないけども。
とにかく私は羊であった。
銀の羊であった。
悲しかった。
悲哀の感情が私の心を満たしていた。
いや、何も満たさず、心の器の縁に、本来なら捨てられるはずの、誰にも見つからなかったために付着したまま、残った悲哀が、わずかに私に許された感情なのかもしれない。
銀の羊に毛はなかった。
毛はあるのかもしれないが硬く冷たくそれはとても毛と呼ぶことは出来なかった。
私は悲哀を汲みつつ、渇きを求め、潤いを求め、下を見つめ続けた。
顔を上げたとき、私は獅子であった。
しかも小さな龍を背負っているようであった。
堂々と体躯を見せ、私は威嚇の興奮と動物の王となったことの喜びに奮えていた。
いかにもどこかに飛び出したい、飛び込みたい。
暴れ回る場所はどこかにないか。
気持ちが留まらなかった。
しかし、ひとつ問題が……。
顔が、……いまいち……なのである。
王ならば王なのだから王として振る舞えばよかろう。
しかしあまりにも顔が……。
これでは暴れ回るにも、あまりにも恥ずかしかった。
私は王であることに満足することにして、そこから動かないようにしていた。
私は人間になった。
そうだ。
これだ。
私は人間だったのだ。
人間だったのだ。
人間であるからには心配をしなければいけない。
人間であるからには動物の心配をしなければならない。
ああ私は動物の心配をする人間なのだ。
――――メトロポリタン美術館展を見て
《カバの頭部、馬の小僧、羊の頭部をかたどった杯、ライオンの水差し》