別れ~幸せだったよ~
「ブーッブーッ」バイブが鳴る。
上着のポケットから、携帯電話を取り出す。
-新着メール1件-
送信者は-唯-と、表示されている。
彼女である。
俺、岡本拓哉と彼女の平岡唯は、遠距離恋愛中である。
俺は、仕事の為、東京へ、唯は地元の福岡で、大学生をしている。
入社してから、3ヶ月と経っていない俺は、日曜でも出勤し、1人で勉強している。そのため、彼女にも中々、会いにいけず、メールでのやり取りがほとんどである。
彼女からのメールを、確認する。
いつもは、絵文字や、顔文字などを使っての、長文メールに対して、今回のメールは、文字だけの、やたら短いメールであった。
【もう、これ以上続けられそうにない。ごめんけど、別れよう】
その短い文章を理解するのに、時間はかからなかったが、その言葉を受け入れられない。
何故いきなり?
すぐさま、携帯のアドレス帳を開き、-唯-の番号で発信ボタンを押した。
【おかけになった番号はーー】
無機質な声が聞こえるだけだった。
こうなってしまっては、直接会いに行くしかない。
新入社員の俺に、いきなりの休みなど、もってのほかのハズだが、上司に無理を言って、どうにか、休みを貰う事が出来た。
次の日、朝一の便で、福岡に向かった。
彼女の家には、仕事に就く前に一度、仕事に就いてから、一度行ったことがあった。
そのため、道は覚えている。
駅からタクシーで10分程の距離である。
マンションの前でタクシーを停めてもらう。「ここでいいです」
タクシーから降り、最初に目についたのは、マンションから出てくる、5人の男女だ。その人達は、黒のスーツに身を包んでいた。
誰か、マンションの住人が亡くなったのだろうか?
よく見ると、一番後ろには、唯の母親の-祐子-の姿があった。
どうやら、亡くなったのは、祐子の知り合いでもあったようだ。
俺が、ここに来た理由。こんな時に、不謹慎だと思いながらも、俺は、唯の事を聞くため、声を掛けた。
「祐子さんっ」
すると彼女は、驚いたような表情で、俺を見た。
眠れていないのか、目の下のクマが酷く、目は赤く、腫れぼったい。
「ごぶさたしてます」
祐子と会うのは、これで3度目である。
祐子は、伏せ目がちで、言った。
「そっか、来ちゃったのね・・・」
何かマズかったのだろうか。
「あの、唯に話があって、唯、居ますか?、」、
すると祐子は、無言で首を横に振る。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい・・・」
と、言いながら、泣き出してしまった。
俺は動揺した。一旦、落ち着かせようと、近くのベンチに祐子を座らせ、俺も隣に腰掛ける。
少し落ち着いたのであろうか、祐子が口を開いた。
「唯ね、あの子、死んじゃったの・・」
その目は力一杯に閉じられ、握られた拳は震えている。
-死んじゃった-
その言葉の意味を、この人は解っているのだろうか。
俺は無意識の内に立ち上がっていた。「な、何言ってるんですか!!」
祐子は、涙を拭いながら言った。
「本当は、拓哉君に伝えるべきなのか、迷ったの。でも、こんな事実、知らない方がいいと思って、あのメールを送ったの。私、最低ね。本当にごめんなさい」それからのことは、あまり覚えていないが、気づいたら、和室にいた。
線香の香り。
正面には、彼女の写真が飾ってある。満面の笑みを浮かべている。
線香をあげ、特に何をする訳でもなく、彼女の写真を見つめていた。
心の何処かで思っていた。
冗談だよ、と言いながら舌を出し、バツの悪い笑みを浮かべて、ひょっこりと俺の前に現れるんじゃないかと。
その時、何処からか、声が聞こえた気がした。
「ねぇねぇ、こっち来て」
俺は立ち上がり、祐子に言った。
「すいませんが、唯の部屋、見せてもらってもいいですか?」
すると、祐子は立ち上がり、何も言わずに案内してくれた。
祐子に続き部屋に入る。
「ゆっくりしてってね」
そう言い残し、祐子は部屋を出て行った。
以前、来た時から、何も変わっていない。
部屋の真ん中には、正方形のガラス製のテーブル。
右側には、ベッド。
部屋の奥、左側には、机が置かれている。
その机の上には、俺との思い出の写真が飾られている。
机に歩み寄り、上から2番目の引き出しに手を伸ばす。
初めて彼女の部屋に入ったときのことを、今でも鮮明に覚えている。
女の子の部屋に、初めて入った俺は、少し緊張気味だった。
彼女は、そんれを、さっしてくれたのか、パソコンをテーブルの上に出し、ハードディスクに入れていた、お笑い番組を流してくれた。
緊張もほぐれ、2人して、お笑い番組を観ながら爆笑していた。
「あっ!!」
思い出したように、彼女は立ち上がり、机に歩み寄り、上から2番組目の引き出しに手をかけて言った。
「ねぇねぇ、こっち来て」
彼女の言葉で、俺は立ち上がる。
直後、彼女の携帯電話が鳴った。
「ちょっとごめんね」
そう言うと、彼女は電話に出た。
「もしもし?」
「こんにちは、平岡さんの電話でよろしかったでしょうか?」
「は、はいそうですけど」
それから電話は5分程続いた。
電話中、時間が経つにつれ、彼女の表情は暗くなっていく。
電話が終わり、今にも泣いてしまいそうな彼女に、俺は歩み寄る。
「どうかした?」
すると彼女は、俺の顔を見たとたん泣き出してしまった。
電話は、病院からであったのだ。
彼女の母親である祐子さんが、交通事故に巻き込まれ、意識不明の重大、という内容だった。
「とにかく、病院行こ!!」
しかし、俺の言葉に彼女は、首を横に振るだけだった。
意識の無い母親に会うのが、怖かったのだ。
俺は、彼女の頭を撫でながら言った。
「唯が信じんで、誰が信じるん?」
彼女は俺を見て言った。
「そうやね、ついて来てくれる?」
俺達は、上着を羽織るのも忘れて家を出た。
病院までは歩いても、10分と掛からない距離である。
病院に着き、すぐさま受け付けへ向かう。
彼女より先に俺が言った。
「あの、平岡祐子さんって人は!?」
受け付けの看護婦は、季節外れにも薄着で汗だくの俺と彼女を見て、少し驚いたような顔をしたが、直ぐに「こちらです。どうぞ」
と、案内してくれた。
俺と彼女は、看護婦の後ろを歩く。長く、一直線の廊下。突き当たりに、大きな扉があった。上には【手術中】の文字。赤く光を放っている。
看護婦は「あちらでお待ち下さい」
と言い、廊下の左側に置いてある長椅子に手をやり、そのまま去っていった。
俺と唯は椅子に座り、ただ待つことしかできない。
その間、唯は、ずっと泣いていた。
そんな彼女を、俺は抱きしめてやることしかできなかった。
1時間程経ち、【手術中】のランプが消灯し、手術室から、医者が出て来た。
「あの、祐子さんの容態は!?」
またしても、俺が先に口を出した。
医者は俺達を見て、すぐに親族と察してくれたらしく
「手術は無事、成功しました。まぁ、1週間くらいは、入院していってくださいね」
と言い残し、再び手術室へ入っていった。
俺は、これほどまでに味わった事のないような、安心感を抱いたのを、今でも覚えている。
彼女は、やっぱり泣いていた。
俺達は一旦帰宅し、祐子さんの着替えをまとめた。
「明日渡してくるよ」
彼女は、そう言った。
こんな時くらい、
いや、こんな時だからこそ、側にいて、支えてやりたい。
しかし彼女は「明日の夕方には、東京にもどらななんやろ?私は大丈夫やけ」
それだけ言って、精一杯の笑顔を見せた。
「ならせめて、今日くらい、一緒に居よう?」
俺の言葉に彼女は、どこか照れたように頷いた。
その夜、初めて俺達は結ばれた。
翌朝、俺がベッドから起き上がった事にも気づかないほどに、彼女はグッスリと眠っていた。泣き疲れたのだろう。
俺はしばらく、彼女の寝顔を眺め、書き置きを残し、彼女の頬にキスして朝一の便で東京に戻った。
数日後、彼女から連絡があった。
祐子さんは、すっかり元気になったそうだ。
「ていうか、入院前より元気になってんだけど」などと、冗談めかした会話をした。それから、1ヶ月ほどしてから、再び彼女の家を訪れた。
祐子さんの退院祝い、と、ワインを持って。
そして、今日で3度目の訪問だ。
こんなかたちで、再び彼女の部屋に入るなど、おもってもなかった。
彼女が死んだ。
それを実感できないためか、涙の一つも出てこない。
引き出しを開ける。
中には、グレーの何かが、折り畳まれた状態ではいっていた。
手に取って分かった。
それはマフラーだった。
グレーのマフラー。
所々に白い星が、刺繍されている。
マフラーには、封筒が貼り付けられていた。
何の躊躇いもなく、俺は、その封筒を開いた。
【ハッピークリスマス】拓哉!!】
彼女からの手紙だった。
【クリスマスプレゼント、何にしようか迷ったんだけど、手編みのマフラーに挑戦してみました!!初めてだから、苦労したよぉ。ちゃんと大事にしてよね!!】
目頭が熱くなる。
【拓哉がマフラーしてるの、見たことないからさ、首もと温めると、全然違うよ!! これ巻いといたら、風邪もひかないよん】
涙腺が緩む。
【いつもお仕事お疲れ様。 今度、こっち帰ってきたら、また何処連れてってね。楽しみにしてるよ!!】
涙が溢れ出る。
【お仕事、あんまり無理しちゃダメだぞ!!】
【P,S 幸せだったよ。拓哉大好き】
-幸せだった-
彼女は自分が死んでしまう事を、予感していたのだろうか。
俺の中で、大きな後悔の波が押し寄せる。
何で、もっと連絡をとらなかった?
何で、もっと側にいてやれなかった?
何で、もっと好きだと伝えなかった?
本当に彼女は幸せだったのだろうか?
どうしようもない想いが、大粒の涙となり、目から溢れ出した。
「何でだよ、唯・・・」
その夜、俺は夢を見た。
真冬の公園。
雪の降る中、彼女と2人、身を寄せ合い、
彼女の編んだマフラーを2人で巻き、ベンチに座っている。
彼女は俺の肩に、首を預けて言った。
「ホントに幸せだったよ。拓哉は?」
俺は彼女の目を真っ直ぐに見つめ、微笑みながら言った。
「俺も、幸せだったよ」
彼女は、満足気に、少し照れたように笑っている。
「唯」
「なぁに?」
俺は、彼女の手を握りしめる。
「大好きだよ。」
彼女は、その目に涙を浮かべながら頷いた。
「うん。私も、大好きだよ」
切なくては、切なくて、少しだけ暖かい。
そんなストーリーを書きたくて考えた短編です。(。・・。)