第1回
早朝、閑静な住宅街を女性がひとり、歩いている。
他に歩いている人はまだいない。夜が明けたばかりの時間帯だ。
時折、遠くで原付らしいエンジン音が響いている。新聞配達の車両だろう。
女性は髪を無造作に肩に乗せ、夜明けの街を進んだ。
駅から住宅街の中心部に向かって歩いている。
これから出勤するのであれば、歩く方向が逆だ。
帰宅途中なのは間違いないが、朝帰りにしては服装がTシャツにGパン、リュックサックと、幾分地味だった。
「ただいま」
「あ」
「あっ!帰ってきた!」
女性が家に辿り着き、ドアを開けると、声がふたつ返ってきた。
「起きてると思わなかった。2人とも、朝が早いね」
「斎木、お帰りなさい」
ひとつは子どもの声だった。女性に笑顔を向けている。
「うん、ただいまロボ」
女性も笑顔で返す。疲れた表情をしていたが、端々に安堵が見て取れた。
「おまえ、長く帰って来ないならロボにそう言ってあげないと、かわいそうじゃないか。
今日はロボの小学校の運動会なんだぞ」
「ありがとう高瀬。いつも迷惑掛けてごめんね」
もうひとつの声は男性で、斎木と呼ばれた女性に問い詰める口調で話掛けた。
スーツ姿でロボと2人、食卓を囲んでいた。
「運動会かあ。ロボはさぞかし活躍するだろうね。なんて言ったって、わたしのロボなんだからね」
「そう思うなら見に行って来いよ。弁当なら余るほど作ってあるから」
そういって高瀬はカウンターキッチンに置かれた重箱を指さした。
「うん。ロボは運動会でさぞかし活躍するだろうね。なんて言ったって、わたしのロボなんだからね」
「斎木、それさっきも聞いたよ」
言いながら斎木は玄関横の廊下に崩折れていく。
「どうした斎木」
「どうにもこうにも、ねむくてしょうがないんだ」
ついには床に大の字で寝転がる。リュックサックは床に放り投げ、靴は玄関に乱雑に履き捨てていた。
食卓に箸を置き、ロボが斎木に駆け寄った。
「斎木しっかりして。気を強く持って」
「活動の限界だ。お前はもうひとりでもやっていけるね」
「またそんなことを言って!」
「いいかい、徒競走では笑顔で走るんだよ。笑った方が早く走れるそうだから。ただし笑い声は出さなくていい」
「分かった。…斎木、もうちょっと頑張って。布団で寝ないと」
「うん…………」
「は、歯磨き!歯磨きがまだだよ!」
ロボの声も虚しく、斎木は規則正しい寝息を立て始めていた。
「ロボ…。こんな大人になっちゃあ、いけないよ」
「反面教師にします」
ロボと高瀬は斎木の寝顔を見ながら話し、完全に意識を失った斎木をなんとかふたりで寝床へ運んだあと、それぞれ小学校と会社へ向かって行った。