透明な褐色
#1「透明な少女」
ブラジル人の祖母を持つ、ブラジル人クォーターの少女、マリア・クララ笹木原。
その薄褐色の肌と長い赤毛はとても目立つ、べき特徴である。幼少期の大半をブラジルで過ごしていたため、少々カタコトな日本語も印象深い、はずである。
しかし、彼女は目立たない。
不思議と目立たない。
不自然な程に目立たない。
むしろよく存在を見失われる。忘れられる事すらある。
まるで魔法でも使っているかの如く、気付けばいつの間にかそこにいる。
更に、彼女はその行動すら認識され辛い。
彼女がドアを開ける音は不思議と聞き流してしまう人が多い。故に「いつの間に室内に!?」とお化けでも出たかの様なリアクションをされてしまう事が多々ある。彼女はいたって普通に入室し、普通に佇んでいただけなのに、だ。
付いたあだ名が「透明な褐色」。
…まぁ、命名されてすぐ忘れ去られ風化した様だが。
そんな彼女は幼い頃、兄に聞いた事がある。
「お兄ちゃん、何で私は影が薄いのカナ?」
「うわっ!マリア!?いつの間に……」
「…………」
結局、兄からは納得の行く答えは得られず、母の元へ。
「ママ」
「きゃっ!?マ、マリアちゃん!?」
「……もういいもん。いちいち傷つかないヨ……」
気を取り直して母に聞くと、母は申し訳なさそうな顔をした。
「…ごめんね、それは、多分ママの血筋のせい」
「チスジ?」
「ママの実家の『紅野隠』はね、『忍者』の家系なの」
紅野隠という忍者の名家の売りは「隠密性」。その遺伝子には、特別な『忍術』が刻まれている。それが影響し、マリアの存在感を消しているのだと母は語る。
「……ママ、私、もう8歳ダヨ」
「あれぇ!?信じる気無し!?」
ホントよ?これ割と重要な設定なのよ!?あれ?もういない!とか何とか母が色々喚いているが、信じるわけがないだろう。今時忍者の名家ってあんた。
結局、父の都合で日本に帰国し、無事高校受験を終えた今でも、このステルス体質については何もわかっていない。
✽
(うぅ…)
マリアは肩をがっくりと落とし、トワイライトに染まる廊下を歩いていた。
同伴者は茜色の壁に映る自分の影だけ。要するにぼっちである。
無事、この友風高校に入学して早二週間。
(これが、華のJK生活ナノ…?)
現在友達の数、0。
皆、フラリと突然現れるマリア(本人は元々そこにいたり、堂々とやって来ているだけなのだが)を少々気味悪がっており、気づいても中々近づいてくれないのだ。完全に幽霊か物の怪と同じ扱いである。
クラスメイトと目があったのに逸らされた時はそいつに付き纏ってやろうかと思った。完全に悪霊の発想だと気づいて辞めたが。
流石にこの生活も16年目になると精神的に湾曲してしまう。
(忘れ物もしちゃうし…最悪ダヨ…)
しかも気づいたのは家に着く直前。筆箱とかノートなら放っておいても良かったが、流石に使用済み体操着を洗わずに放置はヤバイだろう。まぁどうせ彼女のロッカーが臭った所で、気づく者は少ないだろうが。
てな訳でわざわざ教室まで戻ってきた。
教室のドアを開けると、一人の男子生徒が席に座って何かを書いていた。しかし何か悩んでいるようで、そのペン先は紙から離れ、空中を泳いでいた。
他には誰もいない。
(うわぁ…不良さんダ…)
マリアがそう判断するのも無理はない。男子生徒の頭髪は、明らかに染髪したであろう金髪で、制服も大胆に着崩しているのだ。
こういう時、自分のステルス体質が少しだけありがたい。こんな不良感全開系男子と関わる勇気などマリアは持ち合わせていない。
しかし、
「む?」
マリアが入室した瞬間、その男子は反応した。
ウソん(゜ロ゜)、とマリアは絶句。
しっかりと目が合った。
部屋に入った瞬間誰かに気づかれるなど、初めてだ。
「お前は確か…マ…えーと…マンドリル?だったか?」
「全然違うヨ!?」
思わずツッコミを入れてしまい、マリアは手で口を覆い隠す。
「ほぉう…」
マリアのツッコミに何やら感心している金髪男子。
「では、何だ?お前の名前は」
ガタン、と金髪男子は立ち上がり、ツカツカとマリアに迫ってきた。
「ひっ…」
「名乗るんだ、さぁ」
まっすぐにマリアを見据える両眼。その瞳は、底の見えない海溝を彷彿とさせる。
何だろう、「不良コワーイ」とかじゃなく、マリアの生存本能的な部分が「逃ゲロォォォッ!!」と警鐘を狂ったように打ち鳴らしている。
そんな訳で、マリアは回れ右して全力ダッシュ。
「……ほぉ…面白い!」
何が面白いのか詳しく教えていただきたいところだが、そんな余裕は無い。金髪も、全力で追ってきたのだ。
「な、ななな何で追っかけてくるノーッ!?」
「本能だ!天啓とも言う!お前は何故走る?」
「多分私も本能デス!」
「そうか!気が合うな!やはり天啓だ!神のお告げだ!フハハハハハハハ!!」
「この人怖いヨォォォォォォォォォッ!!」
「俺はとりあえずお前を捕える!そして今がその時だ!とうっ!」
「んひゃっはぁっ!?」
背後からマリアを強襲する力強いタックル。うつ伏せにマリアは押し倒され、身動きを封じられる。
「さて……」
マリアをホールドした金髪はふと考え込み、
「…俺はここからどうするべきだ?」
「どいてヨ!」
「そうか」
金髪はあっさりとマリアを解放。
「ふむ…どうやら、これも俺の『やるべき事』では無かった様だ」
金髪はブツブツとつぶやきながら教室へ戻っていく、が、途中でその足が止まる。マリアはそれにビクッと過剰反応。
「おい、そういえばまだ正しい名前を聞いていないぞマックス」
「マ、マリア…マリア・クララ笹木原デス…」
「ほぉ…変わった名前だな」
「君の方が変わってるヨ……」
「何を言う。俺の名前はそこそこ普通だ」
「名前の事じゃないヨ……」
「あ、そうだ、俺の方はまだ名乗っていなかったな」
「…別にいいデス、名乗らなくても」
「いや、困るだろう。部長の名前を知らないと」
「…ん?」
何だろう、話がズレてる気がする。何かよくわからない。日本語ってこんなんだっけ?
「困らないと思うけど…ブチョって何の話?」
「実はな、俺は『俺のすべき事』を日々模索している」
「は、はぁ…」
「毎日いろいろと試行してはいるが、しっくり来るものは未だに一つもない。このままでは俺は『目的の無い人間』になってしまう。そうだろう?」
いや、知らないが。
この辺でマリアは察する。
ああ、この人1を聞いたら聞いていないことも束ねて10答えるタイプだ、と。
「なので、俺は今、部活を創設するための書類を書いていた」
「部活を…」
「そうだ、作る。何部かはまだ決まってないが。確保した部室が音楽室の隣だし、軽音部辺りにしておくか」
「そんなんで良いノ?」
「良い」
もう何だろうこの人。
「まぁ何部か正式決定は後にして、とりあえず俺は部長だ」
「まぁ…そうダネ」
「君は部員だ。つまり部長の…」
「ちょっと待った」
「?」
?って、正気かこの人。
「な、何で私が入部するノ?」
「俺に捕まっただろう」
そんな新手の鬼ごっこみたいな入部方法があってたまるか。
「俺はお前を追う時、天啓を聞いた。神は言っていた。『とりあえず捕まえとけ』と」
そのふざけた神様については是非ともあとでぶん殴らせていただきたい。
「あれが無意味な御言葉だったとは思えん。きっとあれは『お前を仲間にしろ』という事だ。そう解釈した」
「誤解ダヨ…」
「それは無いな」
ダメだ。私の知ってる日本語が通じない。
マリアは意を決し、バッと立ち上がり、走り出した。
「む、何故また走る!」
「自分の胸に聞くと良いヨ!」
「ふむ…………わからんそうだ!!」
「でしょうネッ!」
この後マドハンドの如く金髪に執拗に回り込まれ捕獲と脱走を繰り返し、結果的にマリアは逃げ切った。
……今日の所は。
✽
「見つけたぞ!」
「ひぃっ」
マリアのJKライフは、あの日を堺に一変した。
「いい加減、部に顔を出せ。そして入部届けを書け、マリア!」
「順番が逆じゃないカナ!?っていうか何で居場所がわかるノ!?」
「勘だ!」
金髪は、とてつもなくしつこかった。
毎日毎日、休み時間と放課後、入部届けを持ってマリアを追い回しているのだ。
(もう……しつこ過ぎるヨ…!)
校内を走り回り、足はパンパンだ。
何故かあの金髪にだけは、マリアのステルス体質が全く効かない。それどころか隠れていてもすぐ見つかる。犬の血でも混ざっているのではないだろうか。
隠れても無駄とは言え、もう足が限界だ。どこかに潜んで休むしかない。
ふと、音楽室の隣の小教室のドアが半開きなのに気がついた。
あそこは確か、元々は楽器倉庫だった部屋だ。楽器の数が増え、別の倉庫を増築したため、今は空き部屋となっているはずだ。
「フハハハハハハハアアァァ!!」
「ひぃぃっ!」
あそこしかない。
入って速攻で鍵を閉めればひとまずは安全だ。
マリアは空き部屋に飛び込み、そしてドアを閉め、鍵をカチャリ。
「…ふぅー……」
「ほぅ、感心だ」
ドアの外、声と共に、チャリッという小さな金属音。そしてドアの内、鍵のつまみが、カチャリ。
「ふぁいッ!?」
ドアが、ゆっくりと開く。そこには、笑う金髪。
「自ら部室に来るとは、感心したぞマリア」
「ひっ……ひぃぃぃぃぃぃッッッ!?」
恐怖と驚きのあまり、まともな声が出ない。
「ウェルカム・トゥ・部室」
ウェルカムトゥヘルの間違いだろう。
「な、何で私に気づけるんですか……!?」
「む?」
彼の奇行に突っ込んだところで、こちらの理解が及ぶ答えは期待できない。しかし、これだけは聞きたかった。何故、この人にはマリアステルスが効かないのか。
「私は不思議と影が薄くて、皆、普通は気づかない。なのに…」
「何を言っている」
金髪がマリアの言葉を遮る。
「俺は俺だ。他の人間もそうだ。誰も気づかない?それは今までお前の周りにはそういう人間しかいなかった、というだけの話しだろう。俺は気づく人間だった。それだけの事だ」
「……」
「それは重要な事か?」
「……」
「……成程」
金髪は何かを察し、気付いた。
「この数日、かすかに妙だとは思っていた。お前は、誰ともつるんでいない」
「…うん」
この金髪も、少しはまともに思考が働くらしい。
「ならば、余計わからん。何故今まで俺から逃げていた?」
「え?」
「丁度良いじゃないか、俺たちは」
金髪はマリアの手をガシッと掴み上げた。
「お前は友達がいない、だが、それはお前の望んだ事ではない」
「うん…」
「俺はお前に気づく、友達に足る人材だ」
「へ?」
「俺はお前を部員にしたい。お前はそれに足る人材だ(神様談)」
「そ、そう?」
「友達から始めよう」
そう言って、マリアの手に入部届けを握らせる。
「お前は部員から始めてくれ」
「……」
よくわからない。
本当によくわからない。
変人だ。この金髪は。
でも、それでも、この世界で初めて出会った、マリアを見失わない存在。その目は、今もしっかりとマリアを見ている。
ふと、考えてしまう。
こんなんでも、一緒にいれば、一人で過ごす時間より、少しはマシな時間を過ごせたりするのではないか、と。
一人よりはマシ。
友達なんて、そんなもんでも良いのではないか、と。
「……あのさ、一つ、聞いていい?」
「ああ、いくらでも聞け。何でも聞け」
「まだ、名前聞いてないヨ」
「む、そうだったのか?」
では改めて、と金髪は笑う。
「俺は鈴鳴。鈴鳴流次だ」
これが『透明な褐色』ことマリアと、『可動式危険地帯』こと変人鈴鳴の関係の、始まりだった。
#2「変人の気まぐれ」
母は、あの時、一体何を思って泣いたのだろう。
幼い息子の成長を見て、何を思って泣いたのだろう。
夫と息子に誕生日を祝われ、何を思って泣いたのだろう。
生まれたての二つの命を見て、何を思って泣いたのだろう。
理想を現実に変えたような幸せな家庭の中、何を思って泣いたのだろう。
あの綺麗な瞳に、この世界はどれだけ輝いて見えたのだろう。
泣き喚く二つの命を見捨てる時、何を思って泣いたのだろう。
すがりついた息子の手を放す時、何を思って泣いたのだろう。
動かなくなった夫を眺めながら、何を思って泣いたのだろう。
あの虚ろな目に、この世界はどう映っていたのだろう。
あの血に染まった手で、一体何をしたのだろう。
あの流れる涙の意味を、
あの滴る血の意味を、
幼い彼は、理解できなかった。
ただ、最後の時、あの人は言っていた。
私は、一体何をすればいいの?
あの時、今、これから先、私は、一体…
アレは、生きる「目標」を見失った人間の末路だった。
✽
ボロくも無いが立派でも無い。普通の一軒家というに相応しい鈴鳴邸。
朝食が4人分用意されたリビングに、大胆に寝癖のついた金髪の少年が姿を見せる。
「おう、おはよう、流次」
「…おはよう、おっさん」
「おい、俺はまだ20代だぞ」
「…だったぞの間違いだろう」
「うぐ…」
鈴鳴流次、16歳と9ヶ月。現在高校二年生。
その頭髪は金色に染色されており、そこそこ良質なルックスも相まって何というかバンドマンっぽい。
創部からようやく1年が経った友風高校軽音部の部長でもある。まぁ、名前だけの軽音部だが。
現在、彼は双子の妹と弟と共に、叔父の家に世話になっている。
叔父は、優しい。贅沢な生活では無いものの、現状、何不自由無い生活を送らせてもらっている。
「…ん?どうした?何か調子悪そうな顔してるぞ、お前」
「別に。…強いて言えば最近絵に飽きてきたくらいだ」
「今回は早いな」
鈴鳴は様々な事に手を出す。
『自分のすべき事』を見つけるために。
一生貫き通せる、「目標」を探している。
過剰に運命論信者な彼は、直感を天啓だと瞬時に変換し、それを即座に試すのが最早習性と言っていい。
写真、通信空手、ガーデニング、土木作業、エコ活動、バイク改造、創部、犬の調育、女装、ダンボール工作、ジオラマ設営、等々。とりあえず興味を持ったことは大体やった。
ついこの前、馬の尻尾に不思議な興奮を覚え、更に馬の尻尾に似た筆に運命を感じ、絵画に手を出した。
しかし、早々に「これは俺のすべきことでは無いな」と見限りを付けた様だ。
「早かろうと遅かろうと、しっくり来ないものは仕方ない」
冷蔵庫を開け、パック牛乳を取り出した鈴鳴。
「つぅか、お前軽音部の部長なんだろ?音楽はやんねぇの?確かやった事ねぇだろ、楽器」
「今のところ、興味が向かない」
とりあえずやればいいってもんじゃない。
鈴鳴が「可動式危険地帯」と言われるほどの変態的行動力を発揮するのは、強い興味という名の「運命」を感じ、「天啓」を聞いた時だけだ。
「おはよー」
「おはよー」
「お、おはようちびっ子ズ」
鈴鳴に少し遅れて起床した弟と妹。
叔父はそれを見て茶碗にご飯をよそり始める。
「あ、そうだ、昨日渡すの忘れてたや…ねぇねぇ、兄ちゃん」
「ん?」
牛乳を大胆に煽る鈴鳴にトコトコと近づいて来た弟。
弟は、とあるプリントを取り出した。
それは、学校から保護者への連絡。
✽
鈴鳴とマリアの出会いから1年と3ヶ月くらいが過ぎた、高校生活2年目の夏。
去年、スカウト(強制力有り)の効果で鈴鳴の「軽音部」は一時期部員が5人にまで増えていたが、結局みんなどんどん辞めてゆき(というか逃げてゆき)、流石の鈴鳴も「学校を辞めてでも辞める!」という固い意志を崩す事はできず、部員は結局マリアと鈴鳴のみに戻った。
今年新入生が一人入部してくれたので、現在部員は3人だが、その新入生はほぼ幽霊部員なので、結局鈴鳴とマリアの二人きりと言っても過言では無かったりする。
ちなみに軽音部とは言うものの、「音楽室の隣だから」というだけでそうなったため、部員は一人たりとも楽器は出来ない。
最近の鈴鳴のブームは「製服」だ。
てな訳で、部室の真ん中には洋裁ミシンが。
何でも弟さんの小学校のプリントがあれこれあって裁縫に目覚めたとか。
(アレ?まだ来てないんダ…?)
不自然な程存在感の無いステルス少女、マリア・クララ笹木原が鍵を開け、部室に入る。
鈴鳴は先に教室を出たので、もう部室に来ているものだと思っていた。
「んー…」
小さく欠伸し、マリアは涙目をこする。
昨日は酔っ払った兄に一晩中ウザ絡みされたため寝不足だ。
部室の片付けはしたし、鈴鳴が持ち込んでいる雑誌の類を読みたい気分でも無い。
少し、眠ろう。どうせ鈴鳴が来たら起こされるだろうが。
マリアは部室の隅にある小さな机を少しだけ動かし、パイプ椅子を用意。
机に突っ伏して、目を閉じる。
(んー…)
数分で、マリアは夢の世界へとダイブした。
✽
(ふむ、すこぶる快便だった)
トイレを出て部室のドアの前までやって来た鈴鳴は、直感で部室内に人間がいる事を気取る。
(む…ま、どうせマリアだろう)
その予想は見事に的中。
部室の端で、マリアは静かに寝息を立てていた。
(ふむ、今日もすこぶる俺は冴えてるな)
昔から直感には自信がある。
きっと彼は神にでも愛されているのだろう。
「さて、今日も縫うとしようか」
鈴鳴は、ちょっと前に、弟と妹のために靴袋を縫うことになった。
小学校からの連絡で、生徒は各自自分用の靴袋を用意して欲しい、との事だった。
何でも校舎改築を進めるとかで、靴箱がしばらく使用できなくなるそうだ。
適当なマイバックでも持たせようと思ったのだが、叔父が言った。
「こんなダサい布袋を子供に持たすのは酷じゃないか?」と。
弟と妹も、「みんなきっと可愛いのとか持ってくるよ」とか言い出した。流行のキャラクターとか、ヒーローがプリントされた様な、そんなのだろう。
仕方ないのでデパートで買う事にしたが、そこでまた叔父が言った。
「いっそ、お前が作れば?手先器用だろ?それに、お兄ちゃんの手作りの方がちびっ子ズも喜ぶんじゃね?」
「それ、はんどめいど、ってやつだよね、叔父さん!」
「え、お兄ちゃんが作ってくれるの?」
「む……」
物心ついた時から大体の面倒を鈴鳴が見てきた弟と妹は、鈴鳴に絶対の信頼を寄せている。
市販の物なんかより、お兄ちゃんが作る物の方がすごいに決まってる。そんな目だった。
正直面倒だが、仕方ないと、鈴鳴は男の子に人気の戦隊ヒーロー物の生地と、女の子に人気の魔法少女物の生地を使い、ネットでマイバックの作り方を調べて裁縫に挑戦し、完成させた。
その出来と達成感。
鈴鳴はピンと来た。「これだ」と。
その「ピン」をいつも通り神の啓示に変換したのだ。
そんなこんなで鈴鳴は先日から洋裁に没頭している、
「さて…」
ミシンに被せていた布を取っ払い、鈴鳴は席に着く。
今日もこのミシンでガタガタダダダダダダダダと……
(…………)
ふと、気持ち良さそうに眠るマリアに目が行く。
グーグーと間抜け面を晒す褐色の少女。
とても良い夢を見ているのだろう。口元がほころんでいた。
(…………)
ミシンに視線を戻す。
電源を入れれば、ガタガタダダダダダと…
「…………」
そして、鈴鳴は、
✽
「んんー…」
よく寝た、とマリアは欠伸をこぼしながらググッと背伸び。
一体どれくらい寝ていたのだろう。
部室に唯一ある小窓に切り取られている風景は夜闇の黒一色。
スマホで時刻を確認すると、九時を回っていた。
「あ、鈴鳴くん」
鈴鳴は布を被せたミシンの前に座り、「サルでもギリどうにかなる洋裁ハウツー」という本を黙々と読み進めていた。
「おはよう、気分は良かったか?」
「うん…ってアレ?今日はミシン使ってないノ?」
「…まぁ、な。たまにはこういうのも良いだろうと思っただけだ」
こういうの、とは何だろう。読書で知識を得る事だろうか。しかし、あの本は昨日の時点で読破していたと思うが…
「下校時間を過ぎている、帰るぞ」
パタン、と本を閉じ、鈴鳴が立ち上がる。
「そうダネ」
マリアも立ち上がり、机とパイプ椅子を元の位置へ。
「……そうだ」
「?」
「当面の目標を決めようと思うのだが…」
そう言って鈴鳴は軽くミシンを叩く。
洋裁修行の目標を設定する、という事だろう。
「マリア、欲しい服とかあるか?」
「へ?」
「欲しい服だ。何かしらあるだろう。ポンチョでもキャミソールでも」
「……作ってくれるノ?」
「ああ」
きっと鈴鳴の事だ。課題が欲しいだけであって、マリアの事を第一とした発言では無いだろう。
それでも、マリアは少しだけ嬉しかった。
ついでとは言え、毎日人を振り回すだけの鈴鳴が、自分のために服を作ってくれる。それも、こちらのリクエストに応じて。
「そうダネ…うーん……私、『かわいい服』が欲しいかナ」
「かわいい?」
「うん」
鈴鳴は、変人だ。
「…うむ、わかった」
とても、変人だ。
「じゃあ、楽しみにしてるネ」
自分がこれだ、と思うと、人の迷惑など考えずに行動する。
でも、別に誰かに迷惑をかけたい訳では無い。
人を不幸にしたいとは考えていない。
良くも悪くも、自分の事しか考えていない。
彼の奇行に、付き合いきれる人間はそうはいないだろう。
でも、マリアは少なくとも高校三年間は鈴鳴に付き合うと決めていた。
それは、彼が唯一マリアをちゃんと見てくれる人だから。そして、「友達」でもある。
この一年、鈴鳴のせいで苦労をした事はある。でも、死ぬほど苦しいと思うような事は無かった。
むしろ、彼に振り回されている時間は、誰にも気付かれず一人で過ごす時間より、面白い。そう思っている自分が、確実にいる。
友達なんて、やはりそんなもんだったのだ。
いれば、孤独より楽しい。それだけの存在。
だから、マリアは鈴鳴に付き合う。変人だけど、一人でいるよりマシとわかったから。
「超傑作を仕上げてやる」
「うん、よろしくネ」
どんな服ができるのだろう、とても楽しみだ。