Ⅱ 散歩に行こう
タイトルの通りです。
Ⅱ 散歩に行こう
病院を二人で出ると、春の生温かい風が真っ先に僕らを包んだ。
彼女と歩幅を合わせて僕は歩き出す。コツコツと、一定のリズムでアスファルトに杖をつく音が聞こえる。天気は快晴。気分も上々。雲一つないさわやかな昼下がりだ。散歩をするには絶好のコンディションと言える。
「あ」
ふわっと桜が目の前を舞い、彼女は静かに驚いた。
「なんか今、ピンクの変なのが」
「桜だね」
僕が説明した後、彼女は納得した。数週間の入院で季節を忘れるのは勘弁してほしい。
「もうそんな季節なの」
何かを懐かしむように彼女は言った。それを僕も肯定する。
「うん、春だよ」
「何月何日?」
「日付くらい知っときなって」
「別にいいじゃん、時間だけ分かればいいし」
そう彼女はふてくされ腕時計を凝視する、そして左側の四角いボタンを押した。
『ただ今の時刻は、午後二時、三十六分です』
無機質な機械音が現在の時刻を告げる。入院して最初に会った時に彼女に、僕が受け渡したものだ。デザインも四つ葉のクローバーとかわいいのを選んでいた。あの人のセンスもなかなか悪くない。事実彼女自身も愛用している。
「叔母さんはお見舞い来ないの?」
僕は言った。きいてもいいか自信がなかったため、少し声も小さくなる。聞き取りにくかったかもしれない。
「最初の日だけは、ちょっと顔見せるだけだったけど」
いつもの強がっているときに出す唇を少しかむ癖が発動している。見え見えの強がりは治りそうもない。それっきり僕は彼女の家族の話題を出すことをやめた。
少しの沈黙の後、彼女は空を見上げた。
「綺麗?」
顔を上に向けたまま彼女はそう質問した。
「うん、青くて綺麗だよ」
僕も空を見て答える。今自分の目の前に広がる景色を。嘘偽りなく。
彼女と世界を共有していることを確かめるように。
「わかってるし、馬鹿なの?あんた」
そう言って彼女は唇を噛んだ。僕を小馬鹿にしてまで強がる必要もないのに。
「わかんなくなったら、伝えるから」
彼女の強がりに僕は自分の願望で返答した。保身の為に少し格好つけて。どうせ羞恥心は後で来るのだろうけど。
「なにを?」
僕を見ずに彼女は言った。
「空青いよーって」
僕の間抜けな返答に彼女は、くすくすと静かに笑う。
「あんた、曇ってても言いそう」
ご明察と言いたいところだったが、生憎それはない。僕は彼女との世界の共有以上の望みは無いのだから。
例えいつか、ずれが生じたとしても。
「私だって、空の青さくらいはわかるし」
僕等は静かに笑い合った。
神様がいたら、僕はいくら賽銭をつんでも、こうお願いしただろう。
まだ彼女の光を奪わないでほしいと。
彼女はもうすぐ、視力を失ってしまう。
僕パートへまたさかのぼります。




