ある教師の話
少し前の話になる。
ある日私の幼馴染の、中島くんが死んだ。
聞く話によると、酔っぱらいを助けに線路に飛び出したらしい。
ただ、そこにおかしな点がひとつだけあった。
中島くんは、線路に落ちた男を助けに入った。そこまではよかった。ただ、次の電車が来るまでは、だいぶ時間があったらしい。二人で駅のホームに戻るくらいの時間があるほどに。
目撃者の証言で、男を抱きかかえたまま、彼は静止したらしい。まるで時間が止まったみたいに、抱きかかえたままピクリとも動かなかったらしいのだ。
周りの人たちの急かす言葉に、耳を貸すことなく、そのまま彼と、男は電車にひかれ、無残な肉の破片となり果てた。
偶然かどうかは分からないが
「先生、ここはこの色でどうですか?」
その酔っぱらいの男は、今私の横で、黒板に絵の具を使って絵を描いている女生徒の保護者だったらしい。
「あら、いいわねそれ」
笑って私はそう答えた。
噂で聞いた事がある。彼女は、保護者の叔父から虐待を受けていたらしい。あくまで噂だったので、証拠は何一つないのだが。
そして彼女は、中学の頃、保健室登校をしていた話があった。
そして、その保健室の先生が、中島くんだった。
彼女の虐待の話。その主犯の叔父と、保険医の中島くんの同時の死。そして保健室登校。
ピースはまだある。
いろいろなパズルのピースがはまりそうだった。
だけれど、途中ではめる作業をやめることにした。考えても、それは全て終わった事なのだから。
「なにを描いているの?」
頭から嫌な想像を振り払って、彼女の描く作品を見てみる。作品と言っても、落書きの加筆みたいなものだけれど。この作業が、彼女にとって、何かのきっかけになればいい。そう思った。
この旧校舎の取り壊しがなくなるよう、手を回すのにとても苦労した。
「鐘のついた扉です」
彼女は言った。
後ろの黒板の落書きは、元々不思議の国のアリスのように、森や動物が、抽象的に描かれていたものだった。
そして、それの最大の特徴が、真ん中に描かれていた巨大な、ドラえもんのどこでもドアのような形の扉だった。
「もう扉はあるけど、もう一つ描くの?」
「はい」
彼女は筆で、真っ白の扉を描いていく。形は茶色のそれと、あまり変わらない。大きさは少し小さかった。
「どうして?」
「この、茶色の扉は、ここへの入り口なんです」
彼女は、いつもより明るい声で絵の説明を始めた。
「それで、この白い扉は、開くと、祝福の音が鳴るんです」
窓の隙間から、夜風がすっと通り抜けた。春とは言えども、夜になると肌寒い。それでも、この絵のところだけは、温もりが確かに集まっていた。そんな気がした。
「旅立ちの扉です」
いつも笑わない彼女が、ほんの少しだけ表情を緩めた気がした。
その表情が、なんだか愛おしくて、私も少しだけ、頬を緩めた。
完
完結です。
長かったですがありがとうございました。




