『私』11 秘密の場所
先生の車で連れてこられたのは、うちの高校の旧校舎だった。
今ではほとんど使われていない教室ばかりで、幽霊が出ると噂があった。
解体工事が行われる話が何度かあったが、怪奇現象が起こり、中止になったと聞いた。
その旧校舎に、なんの用だろう。
先生はこっちと言いながら、子どものように私の手を引いた。
ある教室の前に辿りついた。
美術室と書かれたプレートがあった。
そのわきには、彫刻刀で『NYここにあり』と書かれていた。
いつの時代の高校生も馬鹿だなあと思いながら、中へと入った。
ぎしぎしとあやしげな音が歩くたびに鳴った。
中には、古びた机や、画材道具や水道があった。
しかも、美術室独特の臭さは、普通の教室の二倍以上はあった。
先生が後ろを指さした。
大きな黒板があった。
ただ、そこには、絵の具で、奇妙な絵が描かれていた。
木や家、どうぶつや人などが、とても大きく、大胆に描かれていた。
それはとても美しく、見ているだけで、眠っている心が目覚めそうだった。
これはなにかと尋ねた。
先生の初恋の人と、先生の作品だと言った。
タイトルは、未完成というらしい。
なんのつもりでここに連れてきたかと、私は尋ねた。
一緒に続きを描いてくれと言われた。
こんなものに、手を加えていいのかと尋ねた。
彼の遺言で許可は出ていると言った。
以前のアシスタントの、後釜を探していたらしい。
何故私なのかと尋ねた。
面接の時、絵が好きだと言っていたのを覚えていたらしい。
大方引きこもりの私に気を使っているのだろう。
そう思いながら、渋々手伝う事にした。
時間は夜の七時から八時まで。
あとは自由に描け。
そんなアバウトな指示のもとで、私の仕事が与えられた。
いろんなものを、毎日描くうちに、それがなんだか楽しくなってきた。
長坂先生は、いつも笑顔で私を見ていた。
私は、久しぶりに笑う事を思い出しかけた。
この世界も、案外捨てたものじゃない。
そう思うようになった。
次の日、私は学校に登校した。
進級していたので、クラスは変わっていて、気まずかった。
それに、学校に行ったはいいが、無気力症が完治したわけではなさそうだった。
机にすぐに突っ伏してしまった。
これでは以前と同じではないか。
そう思った矢先、私の隣の席で、がたりと音がした。
誰か座ったようだ。
当然、隣の席のやつだろう。
気にせず私は同じポーズを保った。
「おはよう」
横から、変に低くなった声が聞えた。
教室の時計の針が、かちりと動いた音がした。
『私』 終




