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鐘の音が聞こえる  作者: ろくなみ
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『僕』  その9  舞台裏

         


「なあ、そう落ち込むなって」

 卓也が僕にそう言った。今僕は卓也の家に転がり込んで、彼のベッドにうつ伏せに倒れているところだ。

「別に僕は落ち込んでいない」

「じゃあどうしたんだ」

「ふさぎこんでる」

「同じだ」

 なんだよ、落ち込んでいる時くらい放っておいてほしい。いやだったら家で落ち込めって話なんだろうけど。家にいても彼女の事を思い出してしまう。だから彼女との思い出が一切ない卓也の家が、一番落ちついた。

 彼のジャグリングをするボールの音だけが、部屋に響く。外は曇り空で、窓からは日差しは差し込まず、布団と暖房の温もりだけで、部屋は満たされていた。

 仲良くなって二年くらいになるのに、彼の家は、まるで幼いころから通っているように落ちついた。

「連絡は付かないのか?」

「ああ」

 卓也は誰の、とは言わなかったが、誰かは分かる。彼女のことだ。あの日以来、携帯は繋がらず、メールの返信も一切来なかった。

「心辺りは?」

「……」

「あるんだな」

 ない、とは言えなかった。

「僕からの連絡を断ち切ってるってのは、僕はいらないってことじゃないのか?」

「彼女はお前にとってそんなことを考える人間なのか?」

 彼女なら考えかねない。だが、しかしもう一つ理由があるとしたら、僕に知られたくないということだろうか。

「あーもう、わからん」

「お前、ひきこもりが治りたての頃と、全く一緒だぞ」

 否定できなかった。いつだってしつこく彼女と関わっていたくせに、肝心な得になると、まるっきり何もできなくなる。ただ、現実から逃げ、友人の布団にこもっているだけだ。

「だったらなんだって言うんだ?」

「いや別に」

「まあ、ようは僕なんていらないのさ。そういうことだろ?最初から、彼女との信頼関係なんて何一つなかったんだ。信じてたものは、全部嘘だったんだよ」

 駄目だ、また同じパターンだ。彼と喧嘩だけはしたくないのに。彼女の事が絡むと、僕は駄目だ。

 ここまで、心が乱されるなんて、昔だったら考えられない事だ。

「ごめん」

 ネガティブなことばかり言っている自分が情けなくて、僕は謝った。

「謝んなよ、別にいい」

「僕、駄目だわ」

「駄目じゃ無い」

 僕は布団から顔を出して、卓也の方を見た、彼は表情一つ変えずに、球をジャグリングし続けていた。球の数がさっきよりも増えている気がする。

「また、困った時があったら、いつでもふさぎこんで来い。俺に出来る事があったら協力する。なんにもできなかったら、落ち込む場所くらいなら提供できる。だから、今は好きなだけふさぎこんでくれ。んで、元気になったら出てってくれ」

 僕は唖然とした。あまりに淡々と、優しい言葉を僕にかけるから、本当に彼が言ったのかと、疑った。

「お前、卓也か?」

「当たり前だろ。馬鹿か」

 どうやら本物らしい。

「たまには良いこと言うんだな」

「たまにってなんだ、たまにって」

 そして僕等は笑い合った。笑うと、不思議とふさぎこんでいた何かが剥がれ落ちていくようだ。そして、次に何かが僕の胸を湯たんぽのようにじわじわと温め出した。

 それは、直に、情熱へと変わった。

「よし」

 僕はそう呟いて、ベッドから体を起こした、どれくらい僕は横になっていたんだろう。体の節々が痛む。両手を天井に向けて、思い切り伸びをしてみた。

 ふと、卓也の机の本棚が目に入った。並んでいるのは、当たり前だが、教科書やら、ノートやら、辞書やら、ファイルやら、高校生なら当たり前のものばかりだ。

 その、当たり前のものの中に、小学校や中学校の卒業アルバムが目に入った。これだって、あってもおかしくない代物だ。僕だって、普通なら目に入っても気にも留めなかっただろう。

それが、小学校と中学校のアルバムが、僕と同じものでなければ。

 僕は、中学校の頃、例の件もあって、一躍有名人へとなっていた。恐らく、中学校の頃の同級生に顔を合わせたりしたら、避けられるのが関の山だ。

 まあ、どっちにしろ僕が同級生の人間の顔を全て記憶から消しているから一緒なのだろうけど。だから卒業アルバムも捨てていた。小学校の頃の思い出も、中学校と繋がっている部分もあるらしく、殆ど覚えていなかった。だから僕は、卒業アルバムというものを持っていない。

 いや、今重要なのはそれではない。何故、僕と小中学同じの卓也が、高校へ入るまで僕の存在を知らなかったのかってことだ。

「なあ、卓也」

「どうした?」

「お前、僕との初対面ってさ、いつだ?」

 即答するかと思っていた。僕が納得できる解答が、すぐに提供されると思っていた。

だが、卓也は何も言わなかった。ただ、ジャグリングしていたボールが床へと全て転がっただけだった。

「おいおい、落としちまったじゃねえか」

 卓也が何も聞かなかったように、冷静にボールを拾い集める。何となく、まずい事をきいたような気がした。触れてはいけない、踏みこんではいけないラインを、つま先で触れてしまった気がした。

「で、なんだって?」

 卓也が、僕の不安を後押しするように、何食わぬ顔で僕にきく。

「いや、なんでもない」

 僕は、動揺を悟られないように、首を静かに横に振った。そしてまた僕はベッドへ寝転んだ。

「あ、そういえばさ」

 卓也は言った。

「なんだよ」

「お前に言いたい事がある」


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