『私』7 奇跡のようななにか
入学式には、おじさんが出席した。
おばさんが忙しいからだ。
その日だけ、何故か気合を入れて、見た事もないようなぴしっとしたスーツを着ていた。
その姿だけを見てみれば、とても真面目なサラリーマンに見える。
その落差が、とても気持ち悪かった。
そして、真面目な顔で椅子に座っている。
私はおじさんの顔を視界に入れないよう、ただ正面を向いていた。
その時だった。
先生方の顔触れの中に、見覚えのある顔があった。
それは、私の世界で一番大好きな人だった。
保健室の先生が、この学校に赴任していたのだ。
奇跡だ。
そう思った。
思わず飛び上がりそうになった。
着なれないセーラー服がどこかおかしくないか、変にもじもじしてしまった。
入学式の後、恥ずかしくて先生から目を反らしながら、逃げるように帰った。
次の日、初めてのクラスのホームルームの後、私は保健室へと向かった。
見たことも話した事も無いクラスメイトなんかと、関わる価値はない。
先生がいなくても、私は耐えると誓った。
だけれど、また先生に会えるという現実に、私の誓いはどこかへ消えてしまっていた。
保健室で、先生に会った時、先生はとても歓迎してくれた。
覚えていてくれたのだ。
嬉しくて、今までにないような笑顔を浮かべてしまう。
いつもの失礼な言葉を言う心の余裕は、どこにもなかった。
先生は、制服を似合うと言ってくれた。
嬉しかった。
次に、袖の奥からちらりと見える、煙草の痕についてきかれた。
なんでもないと、はぐらかした。
先生はしばらく黙りこんだ後、頷いた。
これからも先生に会える。
それだけで幸せだった。
そこから一週間もたたないうちに、叔父が死んだ。
酔って電車にはねられたのだ。
それだけならよかった。
そこにもう一人、死人がいなければ。
そのもう一人が、先生でなければ。
私の、世界で一番死んでほしい人と、生きていてほしい人が、同時に死んだ。




