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鐘の音が聞こえる  作者: ろくなみ
14/35

僕5 告白

デートです

『僕』5 告白


 長い夏休みも終わり、文化祭まで、およそ一カ月にさしかかった。文化祭ともあれば、どこのクラスもはりきって、張りぼて制作や壁画作りをするものだ。

僕のクラスも例外ではなく、夏休み中には何度か壁画制作を僕自身も手伝っていた。

当然、彼女は来ない。そんなものを作るくらいなら寝るというのが彼女の生きざまらしい。夏休みの深夜徘徊の日以降、彼女が僕の家に来るペースが少し減った。どうやら美術部の展示用の絵を描いていたようだ。

「見せてくれないの?」

 僕は放課後、我が家でベッドに寝そべりすっかりだらけている彼女にきいた。

「当日のお楽しみ」

 彼女は、僕が今朝買った週刊漫画を熟読しながら答えた。少なからず、彼女の心は活発になってきている。いや、もしかしたらこれが本来の彼女なのかもしれない。今までじっと、彼女の中で眠り続けていた本当の彼女が顔を出しつつあるのではないか。そうだったらいいなと、思った。

 文化祭をお互いに楽しみにしていた僕らだったけれど、ただ一つだけ気になる事があった。

「今日も結構いないな」

 教室を見渡しながら僕は言った。彼女は興味なさそうに机に突っ伏していた。というか朝だからいつも通り寝ているのだろうけど。教室の机は数個空席になっていた。別に集団不登校が僕のクラスで起きているわけじゃない。時期尚早のインフルエンザ流行だった。

「こりゃ中止かもな」

 ぼそりと声が聞こえた。声の主は頬ずえをつきながら僕を見る卓也だった。

「嫌だなそれは」

 僕と卓也の会話に一切耳を貸さずに彼女は以前机に顔を伏せていた。

 そして予感は的中した。文化祭当日の朝の校内放送でそれは知らされた。

「誠に残念なことですが、今年の文化祭は、インフルエンザ感染者が多く出たため、中止とさせていただきます」

 その知らせでクラスからの何人かは落胆の声を上げ、やる気が無かった何人かは、安堵のため息を漏らしていた。中止という事は、演劇部の公演だったり、軽音楽部の演奏だったり、そういった部活動関連の発表も中止になるという事だ。

当然、美術部の展示も例外ではない。

「大丈夫?」

僕は彼女の方を向いた。彼女は無表情で「うん」と答えた。その日はすぐ下校となった。

 今日はなんとなく、彼女に下校の誘いを持ちかけられなかった。

切なげな彼女は、窓の外の旧校舎を、懐かしそうに見つめていた。

一人でいつもの帰り道を進み、神社の裏を抜ける。裏の田んぼにはすっかり稲穂が実っていて、風にそよそよと揺らぎ、黄金色に輝いていた。稲穂の麦臭い香りが漂ってきた。

ただ、一人で進む帰り道が、こんなにも侘びしいものだとは思わなかった。すっかり、彼女と馬鹿な会話をするのが、日課になっていたのだ。

「はあ」

今日は彼女と、この景色が見られなかったと思うと、ため息が漏れた。


 翌日、午前十時三十分。バス停で待つ僕の所に彼女がやってきた。恐らく彼女は生涯時間を守る事はないだろう。

「バスいつ?」

 謝罪をする前にバスの時間をきいてきた。彼女に対しての理解もある程度深まった僕は、多少の遅刻で怒りを露わにしたりはしない。いや、普段怒ることがほとんどないのだけれど。多分。

「十一時」

 こんなこともあろうかと、集合時間は遅めに見積もり、バスが来る一時間前にしておいたのだ。彼女と遠出するときは毎回これを心がける事にしよう。

 昨日から今日まで、何があったか簡単に説明すれば、デートの様なことをする羽目になった。

 思いつきで電話をかけ、特に話題も無かったため、映画に誘ったら、承諾してきたのだ。

「早すぎたね」

 得意気に彼女が言う。集合時間の事は完全に脳内から消し去っているようだった。

「まあね」

 とりあえず不問にしておいた。甘やかしたらつけあがるかもしれないが、恐らく治しようがない。

「三十分どうする?」

 僕は言った。

「しりとりでもしよう」

 彼女にしては意外な提案だった。いつもなら漫画を鞄から取り出して熟読するくらいのことは、当たり前のはずなのに。

「りんご」

 しかも僕の同意を得ずに、勝手に始められた。

「ごりら」

 うまく彼女のテンポに合わせる事にした。

「ライフル」

 武器が出てくるとは予想外だった。ごりらときたらラッパあたりが主流なのに。

「英語ありなの?」

「あり」

 僕は溜息を吐いてしりとりを再開する。

「ルビー」

「ビール」

 また『る』だった。

「ルーレット」

「トール」

 だんだん手口が分かってきた気がする。

「ルーマニア」

「アピール」

「……」

 たった今理解した。

彼女は絶対に『る』以外の言葉で終わらす気はなさそうだ。

その後三十分間、不毛なしりとりを続け僕は涙目になりながら『る』で始まる言葉を絞り出していると、いつの間にかバスの走行音が聞こえてきた。

「行こうか」

 僕はしりとりを中断した。

「次『る』だよ」

 彼女は満面の笑みで言った。

「鬼か君は」

 僕の思っている以上に、彼女はサディスティックな一面を持っていた。


 バスの中ではしりとりは中断され、彼女は左の窓から外を眺めていた。僕は通路側に座っているので、景色を眺める彼女の横顔が見放題だった。眼福極まりない。

駅から出て数十分、田んぼが駅周辺に比べ格段に増え、いかにも田舎らしい風景が広がっていた。

目的地の映画館があるイオンまで、もうしばらくかかる。

「田舎はいいね」

 窓の外に広がる田んぼや川を見ながら彼女は言った。僕もうんと相槌を打つ。

「ところでさ」

 僕は窓に目を向けている彼女に言った。僕は昨日から気になっていた事をききたかった。

「なに?」

「どうして電車じゃなかったの?」

 昨日、彼女を誘った際に移動手段はバスがいいと言われたのだ。

そして、それは偶然にも、僕が望んでいた事と同じだった。

「別に、なんとなく」

 彼女が嘘を吐いたのが、何となく分かった。

「なんかこう、あの駅の無防備な感じが嫌い」

 言い訳のような説明を彼女が続ける。

「それ言ったら道路も同じじゃん」

「うるさい、嫌いに理由なんていらないの」

 彼女は不機嫌そうに、早口でそう打ち切った。窓を見る横顔が、むすっとしたものへと変わった。

「そっか」

 とりあえず気にしないことにした。

「しりとり再開」

 彼女が悪魔の様な表情を浮かべ、言った。

「勘弁して下さい」

 僕は悪魔に頭を下げた。


 イオンに到着し、三階の映画館に向かう。見る映画は、細田守監督の、サマ―ウォーズだ。かの有名な時をかける少女をアニメ映画にした監督の二作目である。

なんとなくCMで見つけたのに、それを言ったら、彼女は予想外に乗ってきた。チケットを二枚買い、入場がもう始まっていたので席に着いた。内容はインターネットの世界に人工知能を持ったウイルスのようなものが現実世界に悪影響を及ぼしてといった話だ。見ている限り結構引きこまれていて面白い。

だけど、僕は今映画の内容と同時進行で、別の事を考えていた。

 それは、僕が彼女の事をどう思っているかという事だ。

 彼女は、顔は可愛い。だが、女の子らしいとはあまり言えない。さらに自由すぎて、振り回されてしまうことも結構ある。時間だって守らない。悪いところを上げてみればきりがなかった。

だがここで出てくるのが、最初に出会った時の不安感と義務感だった。

別に彼女の事が嫌いというわけじゃない。時々胸は苦しくなったり、一緒にいると楽しかったりと、恋愛の様な感情はある。だが、それが、恋愛感情の好意だと、確信に至れない。

僕は彼女が好きなのだろうか。

 そうこう考えているうちに、映画の場面が少し変わった。おばあちゃんの家族に対しての思いを綴った遺書を読んでいる場面だ。少し涙腺も緩くなったが、なんとか堪える事にした。ふと彼女の方を見てみた。彼女は涙を流していた。

ただ単に登場人物が死んだという事実に泣いていたのではなく、何か別のものを感じていて涙を流しているように思えた。その時の彼女の涙は、宝石のように、とても綺麗に見えた。

 慌てて眼を反らすが、脳裏に焼きつき離れない。彼女の涙が頬を伝う様は、胸の鼓動をさらに高めた。

 ああ、そうか。僕は彼女が好きなんだ。

 不安定でも、危うくても、それでも。

自分の単純さに思わずため息が漏れた。


 映画の上映が終了し、彼女と一緒に映画館を出た。

「凄いよかったねえ」

 彼女はぐっと伸びをしながら言った。

「泣いてたでしょ」

 イタズラ心で僕は彼女に言ってみる。

「見てたの?」

 彼女はビクッと身をよじらせる。あまり見られたくない姿だったのだろう。可愛い奴め。

「まあ、別にいいけど」

「意外と涙もろいんだ」

「このあとどうする?」

 話題を反らすためか、早口で僕にそう言った。

「遅めのお昼でも食べて、適当にブラブラしてから帰ろう」

 僕は言った。少しでも彼女といられる時間を引きのばさなければ。

 今日、僕は彼女が好きだという事をはっきりと自覚した。

だから僕は、今日彼女に告白する。

 問題はいつするかだ。それに台詞も一切考えていない。

「おにぎりってやっぱりシャケが一番だと思うのよ」

 昼食を食べるにあたって何が食べたいかときいたところ、何故かおにぎりが食べたいと言い出し、今僕等はイオン一階にある食品売り場に来ていた。

「僕はシーチキンが好きだ」

「シャケ以外認めない」

 僕の意見など眼中になさそうだった。

 なんてくだらないやり取りをやっている間に、僕は彼女への告白の言葉を考えていた。彼女はまだシャケの魅力について語っていた。

 まず告白というからには僕が好きだということを伝えることが第一となる。まあつまりは『好きです』というのが一番いいかもしれない。だが本当にそれでいいのだろうか。かの夏目漱石は『アイラブユー』を『月がきれいですね』と翻訳したと聞いた事がある。ならば僕もそうするべきか。

いや、今晩の月は確か新月だった気がする。この手は使えない。ならばどうする。

「ねえ早く百円入れてよ」

 彼女はイオン三階のゲームセンターの太鼓のゲームの前で僕にばちを差し出しながら僕に言った。僕はそれを受け取り、百円を入れた。二曲分戦った。結果は全敗だった。

「……ふっ」

 鼻で笑われた。とりあえずデコピンをしておいた。痛いと言われ足を踏まれた。

告白の件に話を戻そう。まずストレートなのが『好きです』だが、『です』でいいのか?『好きだ』の方がいいのではないか。『です』という敬語だと、堅苦しい印象を与える恐れがある。ため口だと、少しは言葉自体も軽くなり、相手側に好印象を与えるのではないのだろうか。まあ『好きだ』でいくべきだろう。

 いや、僕は大切な事を見落としていないか?彼女の性格を。

「あーもう!全然取れない!」

 彼女は何故かクレーンゲームに千円ほど費やし、大きな美少女フィギュアを取ろうとしていた。結果は惨敗だ。やつあたりでまた足を踏まれた。踏まれる痛みが少しずつ薄くなっている。感覚が麻痺してきた。ちなみに僕はマゾではない。

 また思考がぶれてしまった。

まず第一に、彼女の性格からして、僕が『好きだ』と言ったところで『あっそ』で終わらせてしまう可能性がある。ならば簡単だ。『僕と付き合ってくれ』と『僕と結婚してくれ』の二択になる。

後者の方を先に考えてみた。

年収が安定しない人とはなどと言われてしまえば一巻の終わりだ。

ならば普通に考えれば前者じゃないか。だがこちらもリスクがある。これまであった心地よい人間関係、即ち友情が壊れてしまう可能性がある。まあ、年相応の恋愛の当然の悩みだが、自分が直面するだなんて思いもよらなかった。

それでも、言わなければ何も変わらない。僕の、今持っている気持ちだけは、どうしても伝えておきたい。

その後に、恋人関係になろうがなるまいが、だ。

「あのさ」

 僕は隣の彼女に言った。

「何?」

「僕さ、君の事が好きなんだけど。付き合ってくれる?」

 一瞬空気が固まった。彼女は僕の方を見たまま表情を変えない。

「……え?」

 きき返してきた。また滑舌が悪かったのか。

「いやだから、僕と付き合ってほしいというね」

「いや聞こえてるから。そう言う問題とかじゃなくて」

再度説明しようとする僕を彼女は制止する。

「どこだと思ってるの」

 彼女は半ば呆れ気味に、そう言った。

なんだ、そんなことも分からないのか。見ればわかるだろう。

「バスの中」

 僕等はゲームセンターで一通り遊んだ後、バスに乗り込んだ。ちょうどその時に、僕の決意は固まったのだ。

「あのさ……場所考えてよ」

 ……そういうことか。言われてみればそうだ。冷静に考えてみたら公共の場で告白するという行為は、色々と問題があるだろう。周りの人の、僕に向ける好奇の視線に、今更ながら気が付く。

「やり直し」

 冷徹に、彼女はそう言った。

「……え?」

 聞き間違いであることを信じて、きき返した。

「だから、やり直し」

どうやら聞き間違いではないらしい。あまり信じたくはなかったけれど。彼女はため息を吐いて、窓の外に視線を向けた。

「……わかった」

とりあえず腕を組んで考える。

というか何故、彼女はこんなにも偉そうなんだ。告白をされんだからもっと恥ずかしがるとか、照れるとか、そういう反応をしてくれてもいいだろう。

……いや、その認識は間違っている。彼女が普通じゃない事は出会ったときから分かっているだろう。僕は彼女を舐めていた。

となれば次のタイミングだ。答えは一つ、駅前だ。駅にバスが着く頃には当然陽は沈んでいる。夜空の下、駅前もロマンチックが止まらなくなりそうな程に、ライトアップされているはずだ。そこを僕の第二の告白の場にしよう。

 小一時間で、バスは駅に到着した。

「降りるよ」

 僕は彼女の手を引いてバスから降りた。彼女は僕から目を背けたが手だけは離さないでいてくれた。

駅前の丸いライトが、広場を円状に照らしている。そこの中心まで、僕は彼女をひっぱった。彼女の方へと向き直る。今度こそ、僕の一世一代の告白だ。

僕は彼女の名前をフルネームで呼んだ。彼女自身は、下の名前がどうも嫌いらしいが、僕には、彼女にこそぴったりのように思える。彼女は太陽のような存在とは言い難い。けれども、休日の昼下がりの、ほっと一息つけるような、木漏れ日のような存在。そう考えると、彼女にこそ相応しいと思った。

「好きです。付き合って下さい」

 僕は、勇気を出して、そう言った。

 足はまた震えていたし、声は上ずった。かっこいい告白とは言い難い。さあ、どう来る。

「言い方が駄目、もっと取引先に言うみたいに」

 多分世界中の女の人をかき集めたとしても、告白のやり直しに対してこのような回答をするのは彼女だけだ。断言する。

というかこの言葉は、今日見た映画の登場人物の台詞の引用じゃないか。語彙が貧困だとしても、もう少しましなものもあっただろうに。とりあえず僕は腰をおろして正座の形をとる。アスファルトが硬くて、少し痛かった。足の痛みと、周囲の視線に耐えながら、僕は言った。

「あの、申し訳ありませんが。よろしければ私とお付き合いしていただけないでしょうか」

 思いつくままの取引先の様な言葉を並べた。

確実に彼女は調子に乗っていた。それはもう、独裁スイッチを手に入れたメガネのいじめられっ子のように。

「……うーん」

 彼女は目を閉じて考え出した。出来る限りいい返事を期待したいところだ。こんなにも頑張った上に、やり直しを二回も要求されたのだから。

「考えとく」

 保留だった。

「今日はもう帰るね、ごめん」

 彼女は土下座をする僕に背中を向け、そのまま人ごみの向こうへと、去って行った。

 なんだか、僕の一世一代の告白がとても簡単に流された気がして、ショックだった。正座をしている僕に周りの人の視線が、着々と増えだしていたので、僕も慌てて立ち上がり自転車置き場へと、小走りで向かった。

 家に帰り母親の手料理を胃に流し込み、入浴後歯を磨き、布団の中へと潜り込んだ。

今日あった一連の出来事を思い出す。恥ずかしさの半面、少しだけ悲しさも込み上げてきた。

 あんなに頑張った、今日という一日は、無駄なものだったんじゃないか。頭からかぶっている布団が、妙に暑苦しかった。

僕は目を閉じ、眠る事にした。今ある現実から、夢の中へと逃げるように。


 翌日、僕はいつも通り学校へと行く事にした。

ただ一つ気がかりなのが、昨日の彼女への告白から、これからの僕への対応が変わる恐れがある事だ。

まあ、彼女の事だからいつも通り飄々としているのは、目に見えているのだが。

教室に、いつも通り入る。他のクラスメイトが騒いでいる中、隣の席に、彼女の姿は無かった。

まだ来ていないのだろうか。そのまま席に着くが、ホームルームが始まっても一向に来る気配は無い。隣の席は空席のままだ。メールをしてはみたが返事は無い。

今日は休みなのだろうか。昨日の件を気にしているのだとしたら、申し訳のないことをしてしまった。今更後悔の念が僕に襲いかかる。やらない後悔よりやって後悔とはよく聞くが、やって後悔しても、精神的なダメージを負わせる事に間違いはないのだ。僕は彼女の真似をして、机に顔を伏せた。

 ふと話し声が聞こえた。クラスでうるさい部類の女子の声だ。なんとなく会話に耳を傾ける。

「あ、今日あの子休みだねー」

「そうだねー、ていうかあの子さ――」

そして僕は――


あの映画すごい好きでした。

あとこの告白の真似はしないでください。

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