鐘の音
短いです。
Ⅳ 鐘の音
コンビニで買い物を済ました僕らは、また公園へと向かっていた。僕の右手にはイチゴオレ、彼女の手には激辛チキン(期間限定)が握られていた。
心なしか顔も幸せそうだ。
「飲み物いらなかったの?」
僕は激辛チキンを美味しそうに頬張る彼女を見ながらきいた。唐辛子の刺激臭が僕の鼻腔に流れ込んでくる。思わず眉間にしわが寄った。飲み物も無しに激辛品を食べるなんて正気の沙汰じゃ無い。一度君はカウンセリングを受けるべきだと宣告したくなる。まあ宣告したところで足を踏まれる運命は目に見えているが。
「飲み物?台無しじゃん、チキンの味」
怪訝な顔をして彼女は僕を見た。未来から来た人が「今は何年ですか?」という質問に渋々答える一般人の目に近いだろう。ちなみに僕は未来から来た人に出会った事は無い。
彼女は幸福の絶頂の様な笑みを零しながらチキンの粗食を続けている。その姿を見ているだけで、気のせいか舌がひりひりしてきた。
「ほっぺが落ちるって表現を思いついた人は天才だと思わない?」
口の中のチキンをごくんと飲み込んだ彼女が言う。事実今の彼女はほっぺが落ちそうという状況なのが笑顔で分かる。まあほっぺが落ちるという表現自体には僕も素晴らしいものだとは思う。どんな猟奇的な趣味を持っていたのか、僕の中の飽くなき好奇心が騒ぎだすのだ。
「そうだね」
と、適当に当たり障りのない返事をした。あんなことを言ってしまえば、僕自身が悲鳴を上げる運命は目に見えている。
「今までどんなスプラッタ映画を見てきたんだろうね」
その後に僕という馬鹿野郎が言わないつもりのおふざけ回答をしてしまった。僕が悪いんじゃない。僕の口が悪いんだ。
「……確かにグロいよねほっぺ落ちたら」
幸運な事に彼女の機嫌の導火線に火は付かなかったようだ。安心した僕は彼女の激辛チキンにかぶりついた。言葉にならないくらいの大きな悲鳴を上げた。ちなみに上げたのは僕だ。ちなみにかぶりついた瞬間、彼女に股間を蹴られたからだ。
「死ね」
またも入院患者に死を願われた。歩道に転がりのたうち回っている僕のほっぺが激辛チキンの辛さと、歩道の道路のジャリジャリのコラボレーションが僕の五感を満たしていく。尋常なく、痛い。そして辛い。
「……辛い」
「なら勝手に食うな」
彼女はそう言って僕に怒りのこもった蹴りをさらにぶつけてきた。
「ごめんなさい」
痛みに耐えながら体を直角に折り曲げて謝った。彼女は無視してさっさと先へ進む。僕も股間の痛みと口の中の辛さを引きずりながら彼女を追いかけた。
天気は変わらず、鳥の声や、近くの海の波の音も耳を澄ませば聞こえてきそうだ。そして潮の香りと桜の香りが混ざって甘辛い空気が漂ってきた。いや、もしかしたら激辛チキンのせいかもしれないけど。
「海も近いね」
空気を変えるために僕は数メートル先の彼女の背中に声をかけた。すると彼女はピタリと足をとめた。どうしたのだろうか。彼女は視線を右上の方に向ける。
そこには木があった。そしてその上には風船が引っ掛かっていた。赤くて丸い、マスコット人形が子どもとかに無料で配っていそうなよくあるものだ。
「どうかした?」
風船を見つめる彼女にきく。彼女は答えようと僕の方を向いた。その瞬間、すぐそこから教会の鐘の音が聞こえた。
その時僕は、さっきのチキンでさりげなく、彼女と間接キスができたことに、顔がにやけるのを隠すので必死だった。
当時、期間限定でほっとチキンが売っていました




