Ⅰいつもの病室
全部書ききってるんで何日かにわけて続きを貼っていきます。
あらすじの通り、お見舞いパート、僕パート、私パートを書いて行きます。
Ⅰ いつもの病室
「お邪魔します」
僕はそう言った。
「お帰り下さい」
一日ぶりに聞いた彼女の声は、相変わらずぶっきらぼうだった。それでもどこか透明感があるのだから不思議なものだ。
病室独特の薬臭さが僕の鼻を刺激する。
部屋は暖房をつけているように、ぽかぽかと暖かい。窓からは日差しのカーテンが降り注いでいた。ベッドの脇の机には、萎れた花束が花瓶にいけられている。花束の件を除けば、なかなか快適な病室だ。君にはもったいないと以前言ったら睨まれた。いい思い出だ。
「お断りします」
彼女の返答を受け流し、部屋の脇にある丸椅子を寄せて座った。窓の方を向いていた彼女は、ごろりと仰向けになった。僕の方を見てくれるのではという期待を裏切られた。残念だ。
そういえば彼女は、僕が来るまで窓の外の何を見ていたのだろう。
「窓の外にユーフォーでもいた?」
気になった僕は仰向けの彼女にきいてみた。
「……別に」
彼女はしばらくの沈黙の後、面倒そうに低い声でそう返答した。反抗期真っ盛りの女子中学生のようだった。窓の外には、ひらひらと桜の花びらが舞っている。花粉症の人が見たら泣きじゃくりかねない光景だ。
これを見ていたのだろうか、だとしたら彼女は何を思っていたのか。そもそも何も考えてなかったのか。花粉症ではない彼女は桜の花に恨みは無いはずだ。思考を少し廻らせてみたが、考えても無駄だという結論に二秒ほどで至った。僕にはわからないのだ。目を閉じて納得し言葉を続ける。
「調子は?」
「……微妙」
今度こそ僕に視線を向けてくれるかと思ったが、彼女の視線は白く、広い天井からぴくりとも動かない。マネキンにスピーカーが付いているようだ。
「手術も投薬も、無理なんだっけ?」
話を進めながら椅子から立ち上がり、彼女を覗き込む。視線を再び窓へと移された。どうやら意地でも僕と目を合わせたくないらしい。
「うん、無理」
また僕を見ずに彼女はそう言う。辛いとか、悲しいとか、そういう感情は一切込めず、淡白に。僕は目を合わすことは諦めて椅子に戻ることにした。
「いつかは、わからない?」
少し声が震えてしまった。失敗だ。できるだけ平静を保ちたかったのに。最近はクールでドライでワイルドな男がモテると世間が言うから実行してみたのに。この失敗は僕が悪いんじゃない。世間が悪いんだ。
「早かったら今週中」
彼女の言葉で一瞬思考が停止し、僕の視線は足元へと下がった。今まであったぼんやりとした事実が、一気に具体性を増し僕に襲いかかる。絶望とはまた違う虚無感がおまけで付いてきた。
耐えろ、耐えろと自分に言い聞かす。何故彼女は、そんなに他人事のように自分の事が言えるんだ。僕にくらいは弱音を見せてくれてもいいのに。
チッと彼女が舌打ちをした。思わず顔を上げる。
「あの藪医者め」
彼女のその発言には少し怒りがこもっていたが、それはとても客観的な怒りに思えた。
例えるなら、野球の試合をテレビで見ていて、好きなチームが負けている。そんな状況の時に、勝っている相手チームの攻撃の番の時のような感情に近い。
一番辛いのは君だろう、君は今なにを思っているんだ。
心を覗きたいところだが覗けない。超能力者でも心理学者でもない僕は、今の彼女の心情を想像することしかできない。僕にはどこぞのテレビ局のように、今どんな気持ちですか、などと気軽にきく度胸は無いから。
「口内炎ひどいんだっけ?」
僕はそうきいた。
「うん、まあちょっと。ひどい人は顔とかにも症状が出るらしいから」
また、図鑑の内容を説明するように、彼女は言った。
「暇」
しばらく会話が途切れた後、相も変わらず彼女は視線を僕に向けずにぼやいた。春休み中だけの入院といえども、病院で一人きりで引きこもりライフを送るというのも退屈だろう。
「そうだ、京都へ行きましょう」
突拍子もないことを言いだした。いつも通りで安心安心。
「無理、遠いだろ」
「寺に行きたいんですけど」
わがままな子どもか。
「近くの神社で我慢しなさい」
彼女の無茶極まりない要求を却下すると、彼女はベッドにうつ伏せの形になってふてくされた。全く手のかかる子どもだ。拗ねるときにうつ伏せになる癖は恐らく生涯完治不可能だろう。
「そうだ、ラブホに行こうぜ」
座ったまま僕は言った。
「行かねえよ死ね」
僕の魅力あふれる提案に対して、入院患者に男口調で死を願われた。ショックだ。神社よりラブホテルのほうが近いというのに。
「仕方ない、散歩するか?普通に」
ラブホに変わる無難かつ素朴な僕の提案に、ようやく彼女は顔を右に向けた。
今、視線は僕へと向いている。前髪は相変わらず切りそろえており、少し顔を前に倒せば、表情は見えなくなる長さだ。
今日、初めて目が合った。彼女の瞳はいつも通り、西洋人形の様で、ずっと見ていたら吸いこまれそうだ。
相変わらず不思議な瞳だ。
人と目が合うのは苦手だけど、彼女の瞳だけは、いつまでも見ていたい。そう思えた。
「行く」
いつもより少し顔の表情が柔らかくなった気がする。濁った瞳に、微かな光が宿る。笑顔まであとどれくらいだろうか。
「近くの海見える公園でいいか?」
この町は、海を埋め立てて造られている。故に町は海沿いにあり、その海が綺麗に見える公園が病院から歩いておよそ十五分の場所にある。散歩には最適な距離だ。
「いいじゃん」
さっきと声のトーンにあまり変化はないが、機嫌は上の中くらいだと信じたい。思わず僕も顔がにやけそうになる。頬の内側を噛んで誤魔化すことに専念した。
そして彼女は恐らく目覚めてからあまり起こしていない体をベッドから起こし、自己主張がほとんどない貧しい胸を反らした。
「今失礼なこと考えた?」
そういえば彼女はエスパーだった。いつか教わりたいものだ。ジトリと僕の方を見る視線に気づき、慌てて言い訳をする。
「そんなことはない。胸小さいなと思っただけだ」
言い訳のつもりが事実の強調だった。彼女は罵倒する気力もないようで溜息を吐く。
「車椅子いる?」
俯いている彼女に気を使って言ってみた。答えは分かりきっているが。
「いらない」
予想通り僕の気遣いは無視され、彼女はベッドの脇にある杖を手に持ち、どっこいしょと言わんばかりに立ち上がった。
「どっこいしょ」
立ち上がってから言いおったこの娘。
「杖と、あんたがいるし」
僕は杖と同列の扱いであった。まあ車椅子より価値が上ならそれでよしとしよう。
これが僕と彼女の日常。春休みだけの検査入院の間、毎日僕は彼女の病室に通っている。迷惑かとも思ったが、あまり嫌という感じはないから大丈夫だろうと楽観視している。それに、これが僕の使命なのだとも思っている。
今日は君のどんな顔が見られるだろうか。
こんな雰囲気です。
次回は僕パートです




