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9話 決意

 ここはいいとこね。そうパールヴァティーは思った。

 出会ったばかりの私をこんなに温かく迎えてくれた。

 横目で自分のパートナーを見る。


 「ふふっ。」


 忙しそうに家族にお酌したり、お皿を運んだりしている花鶏を見て、思わず笑ってしまった。

 嫌そうな表情をしながらも、きちんと役目を果たしているあたり、本当に嫌っているわけではないのだろうな。そう思う。


 それは花鶏の家族にも言えることなのだろう。本当に花鶏が嫌いなことはしない。みんな花鶏のことが好きなんだな。と、この短い間でも私にはわかってしまった。


 ―――トン。


 ふと、目の前に少し小さめのコップが置かれた。


 「よいしょっと。」


 舞花姉さんが大きなビンを持って私の隣に座った。

 そのまま自然な動作でビンを傾ける。その意味を理解して、私はコップを持つ。

 コップの7割ほどにまでお酒が注がれる。

 コップを置いて、今度は私がお酒を注ぎ返す。


 「へぇー。」


 舞花姉さんは少しだけ驚いた表情をした後、笑顔に戻ってコップを持った。


 ――――キン。


 コップとコップを合わせる。少しだけ高い、きれいな音。


 「あ、おいしい。」


 お酒を飲んだ後、自然とそんな声が漏れた。

 今まで飲んできたお酒の中で、たぶん一番おいしい。


 (シヴァもインドラ様も味とか気にしなかったからなぁ。)


 うわばみだった2人のことを懐かしげに思い出す。


 「いいお酒でしょ? 私のお気に入りなんだ。」

 「はい。いいお酒ですね。澄んでいて、飲みやすい。」


 私の言葉に満足したかのように、舞花姉さんは目を閉じる。


 「お酒の話ができる妹が増えてうれしいわ。」

 「私も、素敵なお酒を飲ませてくれる姉が増えてうれしいです。」


 そう言って私たちは静かにコップを傾けた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「あー、つっかれたー。」


 一通りみんなにお酌等々を終わらせた花鶏は自分の席に着く。


 「ご苦労様。」


 お父さんがコップにジュースをついでくれた。


 「ありがと。」


 一気にジュースを飲み干す。


 あージュースが体に染みるー。


 思えば今日はホントにいろんなことがあった。

 あまりにも急展開すぎて、正直頭がついていっていない。

 でも、僕は自分の意思で神格闘争に参加したんだ。もう後戻りなんてできない。

 腹をくくろう。そう決意する。


 「…で、花鶏と千春ちゃんはこれから“なに”をしようとしているんだ?」

 「…………え?」


 お父さんが何を言っているのかわからなかった。


 「千春ちゃん、あの子が両親とはぐれたっていうのは嘘だね? あの子はちゃんと“目的”を持って、自分の意思で花鶏と共にいる。違うかい?」

 「……………。」


 突然のお父さんの言葉に、なにも言葉を出せなくなる。

 心臓の音だけが、うるさいくらいになっている。


 「安心しなさい。叱ったりとか、そういうことじゃないから。」


 …それなら、お父さんは何を言いたいのだろう。


 「花鶏、人生にはね、勉強なんかよりも大事なことはたくさんあるんだよ。」

 「…おとう、さん?」

 「だからね、花鶏。」


 お父さんが僕の頭に手を乗せる。


 「あと1年くらい浪人したって構わないから、今は悔いのないように、あの子を助けてあげなさい。」


 そう言ったお父さんの声は、とても優しかった。


 「…でも、今だってお父さんに迷惑かけてるのに…。」


 自然と声が震える。


 「それなら花鶏。お前は勉強とあの子、その両方を両立できるのかい?お父さんにはできないよ。」


 そう言ってお父さんは目を閉じる。


 「いいや、違うな。“できなかった”んだ。昔ね、花鶏。お父さんには好きな人がいたんだ。この人が困っていたら、絶対に助けよう。そう、心に決めた人が。」

 「……それは、お母さん?」

 「そうだよ。ちょうど花鶏くらいの時だった。勉強もしながら、お母さんのことも気にかけてあげてってね。そんなことしてた。」


 懐かしむように、お父さんは語る。


 「それで? どうなったの?」

 「気づいたらお父さんの方が心配されてた。ほかの人のことを助けるってのはね、とっても大変なことなんだよ。その上毎日遅くまで勉強してた。」


 お母さんから聞いたことがある。お母さんとお父さんが付き合うきっかけになったことのことを。


 「その結果お父さんは倒れて病院に運ばれたんだ。それもお母さんの目の前でね。」

 「お父さん…。」

 「何もできなかったお父さんから言えることなんて、何もないかもしれないけど、後悔だけはしないように生きなさい。」


 お父さんが言いたいことは、痛いほどにわかった。

 これから臨む神格闘争は、勉強しながらとか簡単な気持ちで乗り越えられるものじゃない…。

 でも、それと同じくらい家族に迷惑をかけたくないという気持ちも花鶏の中では大きかった。


 「ちょっと部屋で考えてくる。」

 「ああ、そうしなさい。ご飯はとっておいてあげるから。」

 「うん。ありがとう。」


 僕は静かに席を立つと、そのまま部屋へと戻った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「お父さんもなかなかひどいこと言うよねー。」


 花鶏が出て行ったあと、次女の里穂が父の弘に声をかける。


 「勉強が生きがいみたいになってる人間に勉強するなだって、鬼でしょ。」

 「…いつから気づいてたんだ?千春ちゃんのこと。」


 頬杖を付きながら里穂が答える。


 「ほぼ最初から。舞花姉も気付いてると思うよ。気づいてないのは母さんと杏樹だけ。」

 「そうか。」

 「…花鶏、どうするんだろうね。」

 「あいつは、片方捨てるなんてことはしないだろうな。」


 はぁーっと里穂はため息をつく。


 「だと思ったけどさ、あいつそのうち倒れるよ?」

 「でも、男にはやらなければいけないときもあるんだよ。」

 「ふーん。バカみたい。」


 そう言って里穂はジュースを飲み干す。


 「…ま、その考えがわかってしまう私も私なんだろうけど。」


 そう言って里穂は静かに席を離れた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「僕にできることってなんなんだろう…。」


 自分の部屋に戻った花鶏はベランダに出て1人悩んでいた。


 今日から始まった神格闘争。花鶏には見ていることしかできなかった。

 神格闘争のルール上必ず人間とペアを組まなければいけない。そして、片方が戦闘不能になった瞬間負けが決まる。

 それはつまり、戦うすべを持たない人間の方が狙われやすいということ。


 今回は相手が神格を持っていないということもあってパールヴァティーが倒してくれた。でも、次もそんな楽に勝てるとは到底考えられない。それに、苦戦するときだって必ず出てくる。そんな時に、見ているだけなんてことは絶対にしたくない。


 「自分が弱いことくらい知ってる。」


 つぶやく。


 相手は“神格”を持つ神様だ。神様から見れば、自分なんてちっぽけな存在だろう。それはパールヴァティーを見ていればわかる。


 【日輪槍―インドラ】

 パールヴァティーの持つ武器の名前だ。こういった武器の前では、普通の人間なんてひとたまりもないだろう。


 だから僕がとれる方法は2つ。1つは戦闘全てをパールヴァティーに任せて、自分は相手に見つからないように隠れる方法。もう1つは危険を覚悟してパールヴァティーと共に戦う方法。


 たぶん、大部分の敵は1つ目の方法をとってくる。それが最も安全であり、確実な方法だからだ。

 僕はそんなことしたくない。でも、パールヴァティーの足を引っ張りたくはない。


 「強くなりたい。」


 心からそう思った。


 『お前は勉強とあの子、その両方を両立できるのかい?』


 お父さんの言葉。

 今のままだと、絶対に無理だ。その片方すらできっこない。

 深呼吸をする。


 「…違う。」


 まずパールヴァティーの隣で戦おうとしていることが間違ってる。


 今の僕にそんな力はない。認める。


 「それなら僕にできることは…。」


 最初の問い。でも、答えはすぐに出てきた。

 本棚から一冊の本を取り出す。取り出したのは神話の本だ。


 「隣り合って戦うことはできなくても、パールヴァティーの役に立てる方法はまだある。」


 これから戦う相手のことを知る、それが今の僕にできること。

 もしかしたら無駄なことなのかもしれない。それでも、何もしないよりはましだ。


 「まずはパールヴァティーの周辺の神々から調べてみよう。」


 僕はその日、夜遅くまで神話の本を読み漁っていった。





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