3話 人と神
「私と一緒に【神格闘争】に参加してくれないかしら?」
そう言ったパールヴァティーはとても真剣な表情をしていた。
それだけ彼女が本気だということが伝わってくる。
「【神格闘争】ってなに?」
だから花鶏は彼女の話を聞こうと思った。
真剣に彼女と向き合って、そして答えを決めよう。
「神格闘争は文字通り、【神格】をかけて戦う闘争のことよ。そして【神格】っていうのは、私たちが神であるために必要なものっていえばわかるかしら?」
「神であるために必要なもの?」
パールヴァティーの前に正座しながら花鶏は聞き返す。
「ええ、私たち神は誰しも必ず【神格】というものを持っているわ。神格にはそれぞれ、支配する属性とその強さっていうのが存在するの。
そうね、花鶏にわかりやすく言うと、神格っていうのはあなたたち人間のいう職業よ。」
「ということは、神格の支配する属性っていうのは学生とか、社会人とかが当てはまるのか。そして、その強さっていうのは校長と生徒、社長と社員のような上下関係を意味する。この解釈で合ってる?」
花鶏の言葉にパールヴァティーはとても驚いたような表情をした。
「すごい! すごいよ花鶏! あれだけの説明でそんなにわかるなんてすごいわ!」
喜んだパールヴァティーは花鶏の前にズッと近づいてきた。
近い! 近いって!!
「神格っていうのはね、原則として1人1つなの。ここらへんもあなたたちと同じね。学生をしながら社会人にはなれないでしょ?」
確かに。そんなことやってたら間違いなく体がぶっ壊れる。
「うん。でも、社会人が大学に通うことはできるけどね。」
「へーそうなの?それじゃ、それが私たちで言う【特例】にあたるわね?」
「【特例】ってことは、1人が2つ以上の神格を持つってことかな?」
「うん。あたりよ。」
すんなりと理解してくれるのがうれしいのか、パールヴァティーは花のような笑顔で花鶏を見てくる。
それについつい見惚れてしまう花鶏だった。
「それで話を戻すとね、神格闘争っていうのはあなたたちで言う…そうね。資格試験とか、昇格試験のようなものかしら。
うーん。どっちかというと、ゲームとかによく出てくる闘技場を思い浮かべると早いわね。
賞品である神格を求めて、参加者同士で戦いあう。神格闘争を簡単にまとめるとこの一言になるわ。」
そこまで聞いて、花鶏はふと疑問に思うことがあった。
「ちょっと待って、神格ってもともと持っているものじゃないの!?」
花鶏のイメージでは神様は最初からそういう強い力を持っているものだと思っていた。
「そこはあなたたち人間の勝手なイメージだわ。最初から神格を持ってる神なんてごく少数なの。」
「…え。」
花鶏は絶句する。
自分が想像していた神と実際の神のありようがあまりにも違いすぎた。
「私たち神々とあなたたち人間は住んでいる世界が違うというだけで、世界構造はほぼ同じなのよ。
あなたたち人間の中でも有名な人、そうではない人がいるでしょう?
それは私たちも同じ。有名な神、そうではない神がいるわ。神格のくらいが高いものは、それだけこっちの世界にも影響力がある。
【主神】オーディン。誰だって聞いたことがあるでしょう?【天空神】ゼウス。知ってる人は多いわよね?彼らはほぼ最高ランクの神格の持ち主よ。
逆に私の名前ってそんなに有名かしら?誰だって知ってる?そんなことないわよね。むしろ知っている人の方が少ないわ。…つまりはそういうことよ。」
パールヴァティーの説明に花鶏はただただ唖然として聞いていた。
パールヴァティーたち神々の世界は、あまりにも自分のいる社会と似すぎている。
「それじゃあ今回の神格闘争の賞品ってなに?」
「…【天空神】の位よ。」
真剣な声音でパールヴァティーは言った。
「―――ッ!?」
天空神と言ったら、あのゼウスと同じ位だ。つまり、神格の中でもほぼ最高ランクをめぐる戦いってことだ。
それだけすごい神格を賭けるってことは、間違いなく強いやつがうじゃうじゃいる。そんな奴らを相手にする?冗談じゃない。
「そして今回の神格闘争に参加するために必要な条件が一つあるの。」
「…人間をパートナーにする。」
コクッとパールヴァティーはうなづく。
「なんで…なんで僕を選んだの?」
「一目惚れよ。」
真剣な声で言った花鶏に対し、パールヴァティーはさらっと言った。
「一目って…ええ!?」
「これは冗談じゃないわよ。私はひと目見て、あなたに惹かれた。あなたと一緒に神格闘争を戦いたい。そう思ったの。」
そう言ったパールヴァティーの目は、本気だった。
「僕なんか…。」
そう言いかけた花鶏の口を、パールヴァティーの人差し指がふさいだ。
「なんか、なんていっちゃダメ。それは私に対する侮辱でもあるのよ?」
「…ごめん。」
「聞いて、花鶏。私はね、自分の夢の為にどうしても天空神の位が欲しいの。でも、あなたが私のパートナーになってくれないのなら、私は神格闘争の出場を辞退するわ。」
彼女は本気だ。それは今日知り合ったばかりの花鶏でもわかる。
「どうして、そこまで僕に?」
「あなたとなら、この神格闘争を勝ち抜ける気がしたの。ただの私の直感。でもね、私の直感って外れたことないのよ?」
そう言って目の前で微笑んだパールヴァティーに、花鶏はただただ見惚れてしまっていた。
「だから花鶏、1日よく考えてほしいの。明日の塾の帰り、また図書館の前に迎えに行くわ。その時に、答えを聞かせて。」
パールヴァティーの言葉に、僕はただうなずいた。言葉が出てこなかったのだ。
自分でもびっくりするほど、僕は悩んでいた。
―――僕はいったい、どうしたいのだろう?
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花鶏が部屋を出て行ったあと、パールヴァティーは1人ベランダから空を見ていた。
自分の言うべきことは全部言った。
あとは、花鶏が判断することだ。強要なんてできない。
「…不思議ね。風が冷たいわ。」
季節は春のはずなのに。
そういえば、こうして1人でいるのはいつ以来だろう?
思えばいつも誰かと一緒にいた気がする。
「寂しいわね。」
意味もなくつぶやく。つぶやいたところで何が変わるわけじゃないのに。
花鶏…。
なぜだろう?彼のことを思うと少しだけ胸が温かくなる。
「これが恋なのかしら?」
ありえないわね、と笑い飛ばす。
人と神の恋なんて、そんなのあるはずないわ。
「花鶏にはちょっときつく言いすぎちゃったかな?」
部屋を出ていく時の彼は、少し思いつめたような顔をしていた。
でも、私のことをそれだけ真剣に考えてくれていると思うと、とてもうれしい気持ちになる。
ほんとは、そんなに考えすぎないで。そう言いたい。
思いつめたような顔を見ると、私のことはもういいから。そう思ってしまう。
でも、言えなかった。
それだけ私は…。
「…私は?」
私は今、何を思おうとしたの?
「いけないわね。私も少し疲れてるのかしら。」
きっとそうだ。初めてだらけの場所で、知らないうちに疲れてしまったのね。
「今日は休みましょう。おやすみなさい、花鶏。」
無意識に彼にあいさつしたことに気づかないまま、私は眠りに落ちて行った。