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2話 名前


 「私のご主人様になってくれないかしら?」


 数分の硬直の後、僕はようやく意識を取り戻した。


 「僕が、君のご主人様に?」


 僕は彼女が何を言っているのか全く理解できなかった。

 こんな可愛い子が僕にそんなこと言うわけがない。


 「そうよ。そして私と一緒に、とあるものに出場してほしいの。」


 とあるもの…。

 絶対にまともなものじゃない。直感的に花鶏はそう思った。


 「残念だけど、僕にはそういうイベントのようなものに出てるような時間はないんだ。」


 女の子の申し出をきっぱりと断る。

 今僕が優先するべきことは何よりも学業だ。


 「ふーん。ま、いいわ。すぐに説得できるとは私も思っていないから。」


 女の子はそう言うと僕のすぐ目の前に近づいてきた。


 「そうだ! 私まだ、あなたの名前聞いていなかったわ。教えてくれないかしら?」


 女の子は花のような笑みを浮かべながら、僕を見上げてきた。


 「―――ッ。」


 反則でしょう。これは…。


 「あ、花鶏。椎名花鶏です。」


 動揺を隠しながら、僕は何とか自分の名前を言う。


 「花鶏…花鶏ね。うん、いい名前! 私はね、パールヴァティー。【金色の女神】パールヴァティーよ。」


 …うん? おかしな名前が聞こえてきた気が…。


 「女神…?」

 「そうよ。正真正銘、本物の女神さまよ。」


 パールヴァティー。確かインドの神様だったはずだ。


 「君はインドの神のはずだ。どうしてこんなところに?」


 正直彼女が神様だなんて到底信じる気にはなれないが、100%違うという確証もない。

 だからとりあえずは話だけ聞いてみよう。そう思った。


 「理由は簡単よ。さっき言ったとあるものに出場するため。それだけよ。」

 「そのとあるものって、なに?」


 彼女は首を振る。


 「残念だけど、ここでは言えないわ。こんな時間だし、ほかの出場者の目があるかもしれないからね。」


 時間という単語で僕は自分が今急いでいることを思い出した。


 まずい、ご飯が。


 「それじゃあ、次の機会ということでいいかな? 今は時間がなくて。」

 「ええ、いいわよ。」


 パールヴァティーはくすっと微笑みながら答えた。


 「それじゃあ、また!」

 「うん。また、ね。」

 


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 花鶏を見送ったパールヴァティーは小悪魔のような笑みを浮かべていた。


 「あははっ♪ またすぐに会おうね。花鶏!」


 そういって彼女は、“花鶏が帰って行った方”へと消えて行った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 花鶏が自分の家に着いたのは、いつのも夕飯の時間から30分過ぎた後だった。


 「ただいま!」

 「おかえりなさい。」


 帰宅した花鶏を迎えたのは、父親のひろむだった。

 仕事も家事もでき、花鶏が心から尊敬する父親だ。


 「あれ、みんなは?」

 「母さんはお部屋で洗濯物を畳んでいるよ。ほかのみんなはお部屋に戻ったみたいだね。」

 「そっか…。」


 夕飯はほとんど残っていないんだろうな。


 すこしがっかりした気分でテーブルへと向かう。


 「ところで花鶏。」

 「うん? どうしたのお父さん?」


 めずらしくお父さんが声をかけてきた。


 お父さんは物静かな人で、用事がない限りあまり話しかけてこない人なのだ。


 「“そろそろ後ろにいる女の子を紹介してくれないか?”

 ………………………………うん?


 後ろにいる、女の子??


 後ろを振り返るとそこには………パールヴァティーがいた。


 「やっほー。」


 無邪気に手を振っている。


 ………え、なんでいるの?


 「来ちゃった、えへ☆」

 「えへ☆ じゃないでしょう!」


 どうしてくれるの!!


 「花鶏? どうしたんだ?」


 やばいやばいやばいやばい。

 お父さんが不振がり始めた。どうする? どうすればいい?


 「(大丈夫よ。私に任せて。)」


 小声でパールヴァティーが言ってくる。


 ここは彼女に任せるしかないのか?


 「初めましてお父様! 私はパール―――――」  

 「すとおおおおおおおっぷ!!!」


 パールヴァティーの手を引っ張って行って廊下に出る。


 「ちょっと待って、今なんて言おうとしてた!?」

 「え、なにって、普通にご挨拶?」


 きょとんとした表情でパールヴァティーは言う。


 「いやいや、今の流れは間違いなく、―――


 『初めましてお父様! 私はパールヴァティー。インド地方の神様をしているわ。』

 『そうかそうか。パールヴァティーちゃんはどうしてここに?』

 『こっちで今度大きなイベントがあるんです。そのイベントで花鶏君の力を借りたくて、お願いしに来ました。』

 『なるほどね。…花鶏、パールヴァティーちゃんの手伝いをしてあげなさい。』


 ―――ってなるでしょ!!」

 「(なんでこんなに勘がいいのかしら。まったく、厄介ね。)」


 …あの、聞こえてるんですけど…。


 「わかったわ。今度はちゃんとおとなしくするから。」


 僕は再び、お父さんの元に戻る。


 「お父さん、紹介するよ。この子はパールヴァ――――」


 …ちょっと待てよ? もし、この子がしばらくうちにいるとすると、パールヴァティーという名前だと過ごしにくいのではないか? ふとそんなことを思った。


 名前。名前かぁ。パールヴァティー…縮めて、ぱるちー? ぱるちーぱるちーぱるちー………千春ちはる? …千春!!


 「ううん。この子は千春っていうんだ。」

 「…え?」


 パールヴァティーは驚いたように声をあげた。

 僕はそれを無視して話を続ける。

 ここはごり押しで行かないとたぶんやばい。


「今日の帰りに出会ったんだけど、なんか泊まる家がないみたいだから、うちに泊めることってできないかな?」

 「そう言う事情があるのなら構わないけど、千春ちゃんだっけ? 千春ちゃんの親御さんには確認とったのかい?」

 「それが、千春ちゃんの両親行方不明みたいで…。」


 お父さんが少し考えるような表情をする。


 「昔兄さんが使ってたお部屋があるでしょう? その部屋は今誰も使ってないはずだから、お掃除して千春ちゃんに貸してあげなさい。」

 「お父さん、ありがとう!」


 ほんと、優しくて物わかりのいいお父さんで助かる!


 「千春ちゃん。」

 「…あ、はい。」


 少し、パールヴァティーの様子がおかしかった。

 やっぱり勝手に名前つけたの怒ってるのかな?


 「ご両親行方不明で不安だと思うけど、うちで良かったらいつまででもいていいからね。」


 お父さんの言葉に、パールヴァティーは少しうつむいた。


 「はい。ありがとうございます!」


 目元にうっすらと涙をためて、笑顔で返事をしたパールヴァティーは、なんというか…。


 めちゃくちゃ可愛かった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 

 「千春。千春かぁ。」


 パールヴァティーは、これから私の部屋になる場所の掃除をしている花鶏を見つめながらつぶやく。


 「悪かったな。勝手に名前つけちゃって。」

 「ううん。そんなことないよ。うれしかった。」


 本当にうれしかった。


 本当はあの場でもう一度花鶏をからかうつもりだったのだ。この家に入り込むことは、神様の力を使えば難しくはないから。


 …それなのに、花鶏は自分を何とかしてこの家に入れてあげようと一生懸命父親を説得してくれた。それがパールヴァティーにはたまらなくうれしかった。でも、


 (涙見せちゃったのは不覚だったわね。)


 久しぶりの家族のぬくもりが温かくて、花鶏たちの優しさがうれしくて、涙をこらえきれなかった。


 「さて、と。こんなものかな。」


 お掃除が終わったようだ。


 「必要なものは一通りそろってると思う。足りないものがあったら言って。」

 「うん。ありがと。」


 それじゃあ。そう言って花鶏は出て行こうとする。


 「待って。」


 すぐに私は彼を呼びとめた。


 「そのままでいいから聞いて。」


 花鶏はそのままゆっくりと私の方を向いた。


 「いやなら断ってもいいわ。もう言わないし、お願いもしない。ただ、私はあなたと一緒に出場したいの。あなたと一緒がいいの。だから、」


 そこで私は一旦言葉を切った。そして、精一杯の気持ちを乗せて伝える。



 「―――私と一緒に、【神格闘争】に出場してくれないかしら?」

 


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