17話 行方不明
「花鶏が帰ってきてないってどういうことですか!!」
翌朝になっても、花鶏は帰ってこなかった。
昨日2人で歩いた場所を一通り探したけれど、花鶏はおろか連れ去られたという痕跡すら見つけられなかった。
「花鶏…。いったいどこに。」
そこに、遠くまで探しに行っていたシヴァとインドラが帰ってきた。
「シヴァ!インドラ様!花鶏はいましたか!?」
2人は静かに首を横に振る。
私は下唇をかみしめて、この場から走り出す。
「まて、パールヴァティー!もう、この周囲に花鶏の姿はない。」
「でも…!でも!!」
「今動いても、無駄に時間を消費するだけだ。」
それは十分すぎるほど理解していた。頭では理解できている。でも…、
「聞き分けなさい。パールヴァティー。」
不意に聞こえたラクシュミーの声。
「ラクシュミー、花鶏が…。」
――――パンッ!
近づいてきたラクシュミーにいきなり叩かれた。
「落ち着きなさい。あなたが神格闘争で失格になっていないということは、花鶏は無事だということよ。それとも…、シヴァやインドラ様が信頼できないのかしら?」
「そ、そんなことは…。」
「それに、この周囲100キロの範囲で探知結界を張っても、花鶏の反応はなかったわ。」
いつの間に、そんなことを…。
ラクシュミーに叩かれたからか、少し落ち着きを取り戻せた気がする。
そうだ、みんな必死に花鶏を探してくれてるんだ。
ここで私が取り乱してどうするの!
自分で自分を叱咤する。
「ねえ、ラクシュミー。昨晩花鶏をさらった犯人の目星って、つけられる?」
少し考え込むラクシュミー。
この状況で、今一番頼りになるのは間違いなく彼女だ。
「花鶏をさらったのが昨晩。戦闘の痕跡もないことを考えると、たぶん一撃で花鶏を気絶させてる。気絶させた人間をさらって100キロを移動できる神は確かにいる。でも、それにしては痕跡が残らなすぎてる。ここまで痕跡を消せる神々は、たぶんそう多くはいない。そして、それらの神々の中でこれらを満たせるものといえば…。」
ラクシュミーのつぶやき。私たちにも聞こえるように、つぶやいてくれている。
「………。」
ラクシュミーは何も答えない。
「…ラク?」
「…いないわ。こんな芸当ができる神々は、“今は”存在しないはず。」
ラクシュミーの言葉に私は愕然とした。
それなら、花鶏はいったいどこに?
「まて、ラクシュミー。“今は”といったな。過去にならいたということか。」
「これらを可能とする神格は、おそらく世界に2つしかありません。1つは“空間転移”の神格。もう一つは“創世”の神格。おそらくこの二つだけです。
それ以外なら、インドラ様の神格で見つけられるはずなのです。」
インドラ様の主神格は“守護”だ。これは自分だけではなく、自分の仲間ほぼすべてに影響を及ぼすとても強力な神格だ。花鶏にも当然影響が及んでいる。これに護られている限り、味方の危機はすべてインドラ様に伝わるはずなのだ。
インドラ様に何も伝わらない。それは、インドラ様の神格を上回るほど強力な神格か、インドラ様の神格より位の高い神格のどちらかだ。
「まて、ラクシュミー。それらの神格は“禁忌”の神格だぞ。」
「だから、存在しないはず…といいました。」
ますます、花鶏の行方が分からなくなってきてしまった。
「花鶏…。」
花鶏の名を呟く。
―――次の瞬間、私たちはありえないものを見た。
『こんにちわ、インド神のみなさん。』
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さかのぼること数時間前。
花鶏が目覚めたのは、見慣れないベットの上だった。
「…ここは?」
瞼をこすりながら、昨日の記憶を遡る。
…そうだ!
僕は確か、ミミさんって人にさらわれて…。
『あ、目覚めたのですね。おはようございます。』
スッといきなり隣から現れた。
…え、今壁から出てきて…?
『…おはようございます。』
「あ、おはようございます。」
慌ててあいさつを返す。
ミミさんは満足そうにうなずくと、
『それで、なにから聞きたいですか?』
そう、笑顔で聞いてきた。
僕は、彼女の笑顔が“怖い”と感じた。
僕の心を見透かしていそうで…。でもそれでいて、僕を見ていない。
そんな気がした。
「ここは、どこですか?」
僕の質問にミミさんは、自分の唇に人差し指を当てて、微笑んだ。
『んー、最初の質問としては、まあまあですね。』
そう言うと、彼女は部屋のカーテンをそっと開ける。
そこには、広々とした庭園が広がっていた。
「…ここは?」
『“私の世界”です。』
「ミミさんの、世界?」
『はい。花鶏君の住んでいた人間界でもなく、パールヴァティーちゃんたちがいた神界でもなく、天使や悪魔の住まう天界、魔界でもない。
生きとし生けるもの全てが通る場所であり、それでいて、とどまることは決してできない場所。』
ミミさんは両手を広げる。
『生と死の境界。この世界に存在するはずであった“4番目の世界”、【精霊界】ですよ。』
「精霊…界?」
そんな世界が…存在するのだろうか?
『存在していませんよ、花鶏君。』
「…え?」
『言ったではないですか。“存在するはずであった”と。』
つまりここは、今は存在していない世界?
サーと血の気が引いていく。
「僕は…死んだのか…?」
つぶやく。
…いや、違う。ミミさんは生と死の境界と言った。つまり、どちらでもない。
……でも待て、ミミさんはこうも言った。“とどまることは決してできない場所”…と。
だから、彼女は言ったのか…。“ここは私の世界だ”…と。
つまりここは、彼女が作った架空の世界。
そう考えると、ミミさんの能力が見えてくる。そして多分、その目的も。
「ミミさん。あらためて質問してもいいですか?」、
『ええ、いいですよ。』
くすっと笑いながら、ミミさんは答える。
「あなたは、何者ですか?」
『とても素敵な質問ですね。きちんと本質を見据えている。』
何が嬉しいのか、ふわっと宙を浮き、その場でクルクルと回り始めた。
『あっはははは! いいですね! 素敵です! あなたを“選んで”よかった!
あらためて、初めまして花鶏君! 私はミミ! ――――【創世の女神】よ。』
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ありえない。
パールヴァティーは驚愕に包まれていた。
『こんにちは、インド神のみなさん。』
突然空中に現れた1人の少女。
歳は私と同じ位か、もう少し幼く見える。
「貴様、どうやってここに。」
シヴァが言う。私も、話しかけるまで全く彼女の存在に気づけなかった。
それに今、周囲にはラクシュミーが探知結界を張り巡らせている。
探知結界に見つからずに、しかもこれだけ近づいても私たちに悟られないなんて…。
『えー、普通に来ただけだよー。』
少女はおどける。
「それで、なんの用かしら?」
前に出たのはラクシュミーだ。
『あっは! 私は親切で来てあげたのよー!』
「“親切に”花鶏君をさらったことを伝えに来たのかしら。」
『…へぇ。お姉さん良い勘してるね。』
「あなたがわかりやすいだけではなくて?」
静かに火花を散らす2人。
「花鶏を、さらったですって?」
『…うん、そうだよー。お姉さんがパールヴァティーでしょう?うちの親友から伝言預かってるんだ。』
「…聞かせて。」
『「椎名花鶏君は私たちが預かります。もし、私の元までたどり着けるのなら、花鶏君をお返ししましょう。」だってさ。』
ぴきっ。ずいぶんと上から目線で行ってくれるじゃない。
少し頭にきた。
「へえー、それは今すぐでもいいのでしょう?」
『はっ! 今のあなたごときが、私たちの元に来るなんて。寝言は寝て言ったらどう?』
ぷちっ。
「そのごときと、試してみるかしら?」
『いいよー、遊んであげる。』
「加勢しよう、パールヴァティー。」
シヴァとインドラが私の隣に立つ。
『ごめんなさい、お兄さんたち。そこで見学しててもらうね。天鎖縛導。』
少女が両手を合わせる。
「なっ。」「これは。」「…。」
私以外のみんなが、突如現れた砂の牢獄にとらえられる。
「だがこの程度、一瞬で破壊してくれる。」
『無駄だよ、シヴァ君。あなたでもこれは壊せない。』
「試してみるか?」
ドゴォ! とすさまじい音。
シヴァの渾身の一撃。
でも…
「まさか、破壊の神格を使って破壊できないとは。」
少女は笑顔のまま、私を見ている。
「大丈夫よ、シヴァ。こいつの相手は、私一人でもできる。」
「気を付けろ、パールヴァティー。こいつの力は未知数だぞ。」
インドラ様からの助言。
こいつが強いことは十分に分かった。
でも、こいつを倒さないと花鶏を取り返せないのなら―――
「絶対に倒す。」
周りに気を纏う。雪ちゃんの相手をした時よりも、もっと…もっと!
『ふーん。悪くはない、か。』
手加減なんていらない、いきなり全力で行く!!
「焦がせ!!日輪槍―インドラ!!」
近距離からの全力の一撃。
この一撃を、止められるものなら止めてみろ。
『所詮、この程度でしょう?』
少女はつまらなそうにつぶやいた。
「…え。」
次の瞬間、ありえないものを見た。
指1本。たったそれだけでインドラの炎が、彼女に届くことなく消滅しているのだ。
ゾクッ。鳥肌が立った。
直感的にこいつはやばいと、体が震えている。
『残念でした。今のあなたでは、私にさえ届かない――よっと。』
言葉が言い終わる前に槍を振るう。大丈夫。物理攻撃なら、通る。
『あぶないなー、もー。でも、自分の戦闘技術には自信持ってるみたいだね。』
ふわっと空中から降りた彼女は静かに構えをとった。
『そういう自信みると、へし折りたくなるんだよね。』
「…折れるものなら、折ってみなさい。」
そういい返し、彼女を見つめる。
武器を持たない体術の構え。もぐりこまれたら危ない、か。
それなら、槍の利点を十二分に生かすまで。
『それじゃ、…行くよ。』
―――ゾクゾクゾクッ。今までにない危機感。
目の前にいる少女が全くの別人に見える。
…これ、本気のシヴァより桁違いにやばい。
もっと集中しないと。そう気を入れなおした瞬間、彼女が視界から消えた。
『砲龍楽戦―旋風。』
一瞬で、左後ろに!?
振り向きすら間に合わず、まともに回避行動すれとれないまま、私は弾き飛ばされた。
「がっは…。」
家の壁を破壊し、隣の家まではじけ飛んだ。
あまりの衝撃に意識が飛びそうになる。
今の、雪ちゃんの縮地法よりはるかに速い。なにより、真っ直ぐにしか移動できない縮地法とは違って、彼女のは一瞬で後ろに湧いた。
「まるで瞬間移動じゃない。」
つぶやく。
『残念だけど、私のは空間転移じゃないんだ。』
「――ッ!?」
また後ろ!?
『天龍楽戦―浮岳』
しかし、飛んできた攻撃は真下からだった。
――ゴキゴキッ。
「ぐっ…。」
骨が数本砕けた音が響く。
そしてそのままの勢いで、私の体は空中を舞った。
『さようなら、パールヴァティー。追連、土龍楽戦―国崩し(くにくずし)。』
お腹にもう一度、強烈な衝撃。
そのまま、背中にも痛みが走る。
爆音とともに、骨の折れる嫌な音も聞こえてきた。
こんなにも、実力の差があるなんて…。
…いま、自分はどうなっているのだろう。
もう体中の感覚はなく、視界も真っ暗だ。
そんな中、思考だけが研ぎ澄まされていく。
走馬灯。いやな言葉が浮かんだ。
―――私は、死ぬの、かな…?




