15話 友
花鶏は1人酒をしているシヴァの隣にそっと座った。
「…まさかこっち来るとはな。」
無表情にシヴァが言う。
「1人酒は寂しいと思って。」
「ふん。パールヴァティーやラクシュミーを差し置いて俺のところに来るとか、お前そっちの趣味でもあるのか?」
「ないよ!!!」
全力で断る。
いきなり何を言いやがる。
「…まだ迷っているのか?」
急に真面目なシヴァの声。
僕は首を横に振る。
「…だろうな。」
自分の中ではすでに心は決まっていた。
「疑似神格の試練、かなりの確率でお前、死ぬぞ。」
「覚悟は決まったよ。」
シヴァは僕の方を見て、少し目を細めた。
「そこまでしてパールヴァティーに加担するか。」
「うん。人間(僕)が思うのはおこがましいのかもかもしれない。だけど、僕は神の隣で戦いたい。」
「おこがましいことこの上ないな。」
シヴァがつぶやく。
その後、目を閉じゆっくりと話し始めた。
「あいつはな、今まで一度たりとも自分の隣に誰かを立たせたことがないんだよ。あいつは自分の隣に誰も立たせようとしなかった。この意味が分かるか?」
………。
「わからない。」
少し考えて何も思いつかなかった僕は、そう素直に話した。
「あいつはたぶん怖いんだ。自分の隣で誰かが傷つくのが。だからあいつの隣に立つということは、とても特別な意味を成す。」
「特別…。」
シヴァの言葉が心にしみてくる。
「お前、パールヴァティーのこと、好きか?」
「え!?」
なんでいきなりそんなことを!?
「あいつの隣に立つということは、そういうことだぞ。」
「………。」
特別って、そんな…。
「今、すでにパールヴァティーはお前のことが好きだろう。だが、それはパートナーとして、“気に入っている”だ。お前がパールヴァティーの隣に立てるだけの力を身に着け、パールヴァティーが自分の隣を許すということは、それはつまりお前のことを“愛している”ということだ。」
僕はただ、シヴァの言葉を心に刻み付けていた。
「あいつが自分の隣を許すのはきっと1度きりだ。もし、隣を許したお前が死んでみろ。あいつは確実に壊れるぞ。その特別な力を、お前1人のためにささげるだろう。たとえ世界が壊れようと。今まで誰も許さなかった分、それだけあいつの愛は重い。
お前にあいつの愛を受け止める覚悟はあるか?」
シヴァはつまり、相反する2つの覚悟をしろと言っていた。
1つ目は、疑似神格の試練を受け、自分の死に立ち向かう覚悟。
2つ目は、疑似神格を受けた後、パールヴァティーの隣に立ち、どんな状況でも自分の死を拒む覚悟。
その2つの覚悟を僕は―――、
「ある。」
迷わずうなずいた。
「…だろうな。」
シヴァはフッと微笑むと、僕を追い払うように手を振った。
「俺が知りたいことは全部知ったさ。さっさとパールヴァティーの所にでも行くがいい。」
僕は、シヴァに認められたのだろうか?
「今の覚悟忘れるな。お前ならば疑似神格の試験くらいたやすいだろう。」
捕捉とでもいうふうに、シヴァはつぶやいた。
「ありがとう!」
シヴァに認められた。そのことがうれしくて僕はついお礼を言ってしまった。
「ふん。さっさと行け。」
シヴァの声に背中を押されたかのように、パールヴァティーの元へ走る僕の足取りは軽かった。
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「かなわないな。」
花鶏が立ち去った後、月を見上げながらシヴァはつぶやく。
さっきの会話。花鶏に覚悟を聞くときに、シヴァは自分の神格を使った。
『第3の目』。
基本相手の弱点を見抜くときに使う神格だが、シヴァは花鶏の本質を見抜くために使った。
花鶏はびっくりするほど本質が純粋で真っ直ぐだった。
そう、まるで“パールヴァティーのように”。
『お前はこれから起こるであろう地獄を、本当に乗り越える気しているのか?』
1度シヴァはパールヴァティーにも覚悟を問うたことがある。
『ええ、当然よ。』
そう答えたパールヴァティーの瞳とさっきの花鶏の瞳が一緒だった。
こいつは化ける。シヴァの直感がそう言っていた。
それと同時に、パールヴァティーの隣に立つのはこいつだと悟ってしまった。
「かなわないな。」
もう一度つぶやく。
『ねーねー、見てよシヴァ!始めてお料理というものをしてみたの!!』
『私、形式的にはシヴァのお嫁さんなのよ。たまにはそれらしいことをしないと!』
『私は本気よ。たとえみんなからバカにされようと、自分の夢は見失わないわ。』
『見てなさいよ、シヴァ。私はあなたを追い抜いて見せるから!』
『私ね、シヴァのそういうとこ、結構好きよ。』
目を閉じれば思い出すパールヴァティーとの日々。
シヴァはその思い出を、お酒と一緒に飲み干した。
「さらばだ。私の初恋よ。」
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ラクシュミーはただ静かにお茶を飲んでいた。
横で知らない人が話しかけてきている気がするが、ことごとく無視していた。
「むー、神奈ちゃんのガードがめちゃくちゃ硬い。」
悪戦苦闘しているのは、次女の里穂だ。
一応名前だけは覚えてあげている自分に、ラクシュミーは少し驚いていた。
基本他人とはかかわらない。これがラクシュミーのモットーだ。
「いいもん。勝手に話してるから。」
諦めないのか。
心の中でラクシュミーはため息をつく。
「神奈ちゃんってさ、千春ちゃんと雪ちゃんにだけは優しいよね。」
「千春ちゃんは昔から仲良いってのはわかる。でもさ、雪ちゃんと仲良いってのは少しおかしくない? 話を聞いた感じだと花鶏と千春ちゃんが出会ったより期間は短いのでしょう? なのに、“花鶏と千春ちゃん以上の信頼関係”があるように見える。これはなんで?」
へえ、よく頭が回るのね。
素直に里穂について感心した。
「あとさ、神奈ちゃんってちょっと不思議な瞳をしているよね。まるで、“誰かの為に犠牲になることを覚悟している”目をしている気がするの。」
この子…。
「んー、やっぱり余計なおせっかいかな。」
あはは。と里穂が表情を曇らせる。
…ここは負けておいてあげましょうか。
少しだけ彼女に興味が湧いたラクシュミーは静かに席を立った。
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「あーこれは完全に嫌われちゃったなー。」
席を立った神奈ちゃんを見つめながら里穂は後悔する。
神奈ちゃんがあまりにも悲しげな瞳をしていたので、話しかけずにはいられなかった。
「はぁ。」
ため息をつく。
そんな私の目の前に、スッとお茶が差し出された。
「…え?」
何が起きたかわからなかった。
顔をあげると、薄く微笑んでいる神奈ちゃん。
「ちょっと退屈なの。少しだけお話に付き合ってくれないかしら?」
言葉の意味を理解し、ぱぁっと表情がほころぶ。
「ぜひ!!」
とりあえず差し出されたお茶を貰おうとして気づく。
香りが…違う。
「ねえ、神奈ちゃん。このお茶って…。」
神奈ちゃんは微笑んだまま何も言わない。
お茶に詳しくなくてもわかる。
これは…やばい。
冷や汗が流れてくる。
深呼吸をして、ゆっくりとお茶を口に運ぶ。
「―――はふぅ。」
口に含んだ瞬間世界が変わった。
なんだろう。大自然に囲まれているような、とても癒される感覚。
飲み干した瞬間には生きてることを感謝した。
「おいしいでしょう。」
神奈ちゃんが言う。
おいしいとかそんな次元じゃなかった。これ1杯にいったいいくらするのよ。つい、そう考えてしまうほどだった。
「んー、1杯につきこの国換算だと諭吉1枚くらいかしら。」
私の疑問を理解した神奈ちゃんがしれっという。
絶句。
と、ここまで流されて神奈ちゃんの目的に気づいた。
「そんなに私の言ったことを隠したいの?」
「………。」
今度は神奈ちゃんが黙った。
「あなた、友達少ないでしょう。」
ぐさぁ。
いきなり心を抉られた。
「うっ…。」
確かにそうだけどさー。
「ね、ちょうどいいことに私も友達少ないの。誰かいないかしら。」
なんか上げては落とされを繰り返されている気がする…。
でも、そんな神奈ちゃんと話すのが楽しい。そう思い始めている私に気づいた。
「そうね、2階に住んでいる里穂ちゃんなんてどうかしら。」
私もおどけてみる。
「私、その子に興味が湧いてきたわ。案内してくれないかしら?」
「良いわよ。きっとあの子も喜ぶわ。」
たまには、こんな関係もいいのかもしれない。
私は神奈ちゃんを自分の部屋に案内しながら、そう思うのだった。




