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14話 焦り



 「…黄昏、ですって…?」


 ラクシュミーの言葉の意味を、私は一瞬見失った。


 伝承なんて読まなくても、この言葉を私たち神々は全員知っている。

 正式名称を【神々の黄昏】。別名では【ラグナロク】とも言われている。


 「本気で、それが起こると思っているのか?ラクシュミー。」

 「どうかしら。」


 さらりとラクシュミーが答える。


 「冗談で言っているわけでは、ないのだろうな。」


 ピリッと空気が張り付く。

 シヴァがかすかに怒気を纏った。


 「言ったでしょう。何の確証もないと。」

 「それなら、なぜこの場で言う。」


 問い詰めるシヴァを止めたのは、意外な人だった。


 「今のうちに対策を立てないと、間に合わないと思いますが?」


 花塚雪。花鶏のクラスメイトだ。

 ラクシュミーの情報収集に協力したのは間違いなくこの子だろう。彼女が、ラクシュミーについで多くの情報を持っている。


 「ほう、どういう意味だ。」

 「【神々の黄昏】は神々の敗北で幕を閉じます。これは確定した未来です。もし、本当に黄昏が来たら、どうなると思いますか?」


 本当に黄昏が来たら…。


 「あっ…。」


 想像して愕然とした。

 シヴァも同じ想像をしたみたいだった。顔色が青ざめている。


 「先代様が危ない。」


 少し考えればわかることだった。向こうの世界には、私たち以外のみんなが残っている。


 「でも、黄昏が来るとは言い切れないだろう。」

 「残念ね、来ないとも言い切れないわ。」


 沈黙。


 あまりのことに、何も考えられなくなる。


 「それで…、ラクシュミーは我らはどうするべきだと思う?」


 口を開いたのはインドラ様だ。


 「1週間後、シヴァとインドラ様には神格闘争を棄権していただきたいと思います。」

 「表向きは、天空神の位に興味がなくなった。とでも公言して、か?」

 「ご理解が早くて助かります。」


 あくまで自然な様子でラクシュミーが答える。


 「だが、なぜ1週間なのだ?」


 シヴァが問う。


 私もそこは気になる。


 「この1週間で、お2人には花鶏に神格を授けてもらおうと思います。」

 「疑似神格…か…。」


 疑似神格って…。


 「待ってラクシュミー! それはあまりにも危険だわ。」


 疑似神格の付与。それは人に簡易ではあるが神格を与えること。


 この世界で有名な指導者、英雄たちに疑似神格持ちは多い。

 成功すれば大きな力を得られる。


 しかし、誰にでも与えられるというわけではない。失敗すれば、『死』だってあり得る。


 そんな危険なこと、花鶏にやらせるわけにはいかない。


 「黙りなさい。選ぶのはあなたじゃないわ。」

 「ラクシュミー!」


 私はとっさにラクシュミーに駆け寄る。


 「やめろ、パールヴァティー。」


 シヴァに腕をつかまれる。


 「雪、お前もだ。」


 いつの間にか、雪から剣を向けられていた。


 「…今日はここまでだ。続きは明日にしよう。」


 頭の中がごちゃごちゃして考えがまとまらないまま、私は神域結界から出るのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ―――その夜。


 いつになく重い雰囲気の花鶏とパールヴァティー。


 つられて家族の雰囲気も暗く…、


 ――――なるはずがなかった。


 今花鶏の家ではなぜか、盛大なパーティーが行われていた。


 「…どうしてこうなった。」


 1人花鶏はつぶやく。


 全ての元凶が誰なのかは知っている。


 【富と幸運の女神】ラクシュミー。彼女が仕組んだのは、ここまでだった。

 



 あの後、神域結界を出た僕たちを待ち受けたのは、母の文枝と末っ子の杏樹だった。


 頭の中がいっぱいで余裕がない時に、いきなりめんどくさいことになってしまった。


 「どうしよう、お母さん。花鶏が千春ちゃんの家族連れてきちゃったよ…。」

 「まあ、あの子達ったらいつの間にかそんな仲になったのね。」


 …今、この人たちなんて言った?


 「初めまして、千春の姉の神奈といいます。」


 後ろから言ったのはラクシュミーだ。


 「これはご丁寧に。母の文枝といいます。」

 「妹の杏樹です!」


 そのまま家族と話し始めたラクシュミー。

 これは嫌な予感がする。


 「用事は終わっているだろう。我らは帰るぞ。」


 シヴァが言う。


 「させませんよ。」


 それを遮ったのは雪ちゃんだった。


 「どけ。」

 「いやです。」

 「…ほう。」


 またかすかに怒気を纏うシヴァ。

 そんなシヴァに不用意に雪ちゃんは近づき、


 「(帰ったらパールヴァティーの料理食べさせられますよ。)」


 小声で何か言った。


 ――ビクッ。


 花鶏にもはっきりとわかるくらいにシヴァが震えている。


 「インドラ様には日ノ本の銘酒を用意しました。いかがでしょう?」

 「………………し、しょうがないな。話を合わせてやろう。」


 …インドラさん、よだれ、垂れてます。


 「千春ちゃん。」

 「…私は簡単に釣られないわよ。」


 真剣な表情。さすがパールヴァティー。


 「花鶏君の恥ずかしい話とかの昔話、聞きたくないです?」

 「…雪、あなたとはいい友達になれそうね。」


 まって!!!!!!!

 数秒前に釣られないって言ったのだれですか!!!!!


 「花鶏君。」


 ――ビクッ。


 雪ちゃんは僕の名前を呼ぶと、いつもの笑顔でこう言った。


 「あきらめて♪」




 そして今に至る。


 パールヴァティーは長女の舞花姉とお酒を飲んでる。

 ラクシュミーは次女の里穂とお話し。

 シヴァは1人酒。

 インドラさんとお父さんは…、お酒の飲み比べ?をやってる。

 お母さんと雪ちゃん、杏樹の3人は台所だ。


 『さあ、あなたはどのルートに行く?』


 なんだこのゲームみたいな展開。


 花鶏は少し悩んだ後、1人酒をしているシヴァの元へと足を運んだ。



―――――――――――――――――――――――――――――――――


 「うかない顔してるね。」


 舞花姉さんに、心配された。


 そんなに顔に出てしまっているのだろうか?


 「相談に乗るよ。」


 お酒を注ぎつつ、舞花姉さんは言う。


 「私なんてまだまだだなって、思ったんです。」

 「それは、神奈ちゃんと比べてってことかな?」


 さすが舞花姉さんだった。よく見ている。


 「ラク…神奈姉さんは、先のことを予想したり、それに対するための対策立てたり…私には到底できなうようなことをできるんです。」


 今日あったことを掻い摘んで話す。


 「ふーん。出来のいい姉、ね。」


 姉妹…か。私はいままでラクシュミーをそんな風に見たことはなかった。

 でも、はたから見ると私たちは姉妹に見えるのだろうか?


 「でも、千春ちゃんには千春ちゃんにしかできないこと、あるんでしょう?」


 無言でうなずく。


 本当はわかってる。私が得意とするところと、ラクシュミーが得意とするところが違うっていうことくらい。

 ただ、今回は少しだけ、みんなを引っ張っていけるラクシュミーが羨ましかっただけ…。

 私の夢を、ラクシュミーが先に叶えてしまいそうな、そんな気がしてしまった。


 舞花姉さんはそんな私の頭をそっと撫でてくれた。


 「私も一応は長女だから、神奈ちゃんが何を考えているのか、少しだけわかるわ。」

 「…え?」


 舞花姉さんはお酒を一気に飲み干すと、私にこう言った。


 「千春ちゃん。神奈ちゃんの行動が誰のためかって、考えたことある?」

 「誰の、ため?」


 そんなの考えたことがなかった。


 「少し考えてみればわかるでしょ? 神奈ちゃんのした行動って、自分のため?

 イベントか何かは知らないけど、みんながここに集まってるのって、誰のため?

 花鶏を特訓するのだって、神奈ちゃんにはなんのメリットもないわよ。ましてや、帰らないといけないお父さんとお兄さんを1週間引き留めてまでそうするのって、誰のため?」

 「…あ。」


 もしかして、全部、私のため?


 …そうだ。そうだった。


 いつでもラクシュミーは私の味方だった。

 なんでそんなことを忘れてしまっていたのだろう。

 ごめんね、ラクシュミー。


 私はもうくよくよしないわ。

 私は私の道を真っ直ぐに突き進む。

 そうでしょう? ラクシュミー。


 「いい顔になったわね。」

 「心配かけました。」


 スッと目の前のコップが片付けられる。


 「ほら、花鶏に言いたいことあるんでしょう? 行ってきなさい。」


 やっぱり、舞花姉さんにはかなわないな…。


 「はい!」


 舞花姉さんへの感謝を胸に、私は花鶏の元まで走って行った。



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