12話 答え
戦いはほぼ互角だった。
序盤こそ雪ちゃんに圧倒されていたものの、中盤は完全に互角の戦いをしていた。
舞のような雪ちゃんの剣舞。
鋭く、とても精錬された動きのパールヴァティー。
どちらも一歩も引くことなく激闘を繰り広げている。
その間、花鶏はただ見ていたわけではない。
雪ちゃんと契約している神を当てる。そのために、材料となるヒントを探していた。
一番気になるのは、パールヴァティーの神格の力を奪ったあの力。そして、言葉。
『減衰せよ。』
減衰――次第に衰えていく、減っていく、という意味の言葉。
たぶん、最初のヒントはここだ。
あいつは力を奪ったといった。それはちがうと花鶏は考えている。
力を奪ったのではなく、力を減らした。これが正しいはず。
どうやって力を減らしたか。これの答えはたぶん出ている。
パールヴァティーの力は霊山であるヒマラヤをこの地に“顕現させる”。
つまり、現れた霊山はパールヴァティーの力とは直接関係してはいない。推測でしかないけど、パールヴァティーは呼び寄せた霊山から力を借りている、という形のはずだ。
あいつはそこに干渉した。霊山の力を奪い、その力を最小まで減衰させた。その結果が緑を失った山と、それにより力を失った動物たちだ。動物たちが力なく倒れていたのは単純に不作――つまり、食べるものが無い状態に陥ったからだ。
ここから導き出される答え、それは敵の神格は“自然に干渉する”もしくは“山等を含む作物の凶作、豊作を操作できる”能力だと予想できる。
そして2つ目。ここもかなり大きなヒントの1つ。
どうして敵は雪ちゃんに憑依する形をとっているのか?
理由の1つに、純粋に雪ちゃんが強い。これはあると思う。
たしか雪ちゃんは小さいころに町内のすべての道場に勝利し、このあたりでは最強とささやかれている。
そんなことをお父さんが話してくれたのを覚えてる。
でもきっと、それだけじゃない。なぜならあいつは、
『“相変わらず”、あなたは甘いのね。』
そう言った。
つまりそれは、以前にパールヴァティーと面識があったということ。
しかも姿を見れば、ひと目で正体がわかってしまうほど面識がある、と予想できる。
これだけでも相当絞れる。
もし…もしも花鶏の予想が当たっているとしたら、そろそろパールヴァティーは押され始めるはずだ。
「これで、予想通りのことが起きれば…。」
花鶏は静かに転がっている小さな石を持った。
そして誰にも気づかれないように、そっと雪ちゃんの方に向かって放り投げた。
当たってもたぶん気づかない程度の小さな石。それでも、花鶏にはとても大事な実験だった。
放り投げられた石は真っ直ぐに雪ちゃんの方へ飛んでいき、“あたる寸前に風に飛ばされた”。
「わかった。」
つぶやく。
あとは僕が、この意味のない戦いを止めるだけだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「10の月―――神無月。」
繰り出される無数の斬撃を、パールヴァティーはひたすら避ける。
その隙を縫うようにして、反撃を加える。
態勢を立て直し、攻撃に転じる。
この繰り返しをすでに数十回繰り返している。
「はぁ…はぁ…。」
肩で息をする。
多彩な技…それは、どんな状態でも戦えるという彼女の強みだ。
そのため、8割がたは向こうに主導権がある。その分パールヴァティーにかかる負担は相当なものだった。
それでもパールヴァティーが戦えているのは、シヴァやインドラ様のおかげだった。
(あの人たちに比べれば、まだ勝機はある。)
「9の月―――長月。」
肌がピリピリする嫌な予感。
とっさに大きく後ろに跳ぶ。
―――チッ。
鼻先を剣が掠めた。
あんなの剣の攻撃範囲じゃないでしょう!
心の中で愚痴る。じゃないとやってられない。
名前からして12個ある技の中、すでに8個は見た。
どれも厄介でもうこれ以上相手したくないのが本音だ。
…ただ、それよりも気になることが1つ。
こっちの攻撃が急に当たらなくなったこと。そして、なぜか不利な状況に置かれることが多くなったこと。
「これはいったい何なのかしら?」
わからない。こんなことは初めてだ。
当たるはずの攻撃が当たらない。そして、いつの間にか劣勢に立たされている。
呼吸、流れる風、天気、地形。すべてが敵になったかのような感覚。
これはいったい…。
「隙、できてますよ。」
「!?」
目の前に雪の姿。
「しまっ…。」
「12の月―――師走。」
防御はぎりぎりで間に合う。
「残念です。師走は防御できませんよ。」
槌で撃たれたかのような強烈な衝撃。
手がしびれ、一瞬呼吸が止まる。
「―――かはっ。」
そのままなすすべもなく、壁に打ち付けられた。
―――これはまずいかも。
「終わりですね。1の月―――睦月。」
雪が剣を構える。
そしてそのまま―――、
「そこまで!」
声が、響いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「花鶏?」
パールヴァティーの声。
その体にはたくさんの小さな切り傷がる。
その姿を見て、心が痛んだ。
「もう、こんな無駄な戦いは終わりにしよう。」
「答え、見つかった?」
あくまで冷静な、雪ちゃんの声。
少しよろめきながら、パールヴァティーが立ち上がった。
「ああ。見つかったよ。」
自信満々そうに言う。
「わかった。」
雪ちゃんは剣を収めると、コンコンっと頭を2度叩いた。
「…答えを聞こうかしら。」
花鶏は深呼吸をする
「君は、【富と幸運の女神】ラクシュミーだね?」
「…え?ラク?」
向こうの表情は変わらない。
「なぜ、その答えに至ったのか、質問してもいいかしら。」
「それは―――。」『必要ないよ』
急に、雪ちゃんの声が響いた。
『花鶏君は、何の確証もなしに答えを言う人じゃないもん。答えを口にした以上、ラクシュミーの質問にすべて答えるだけの材料はそろってるよ。』
「…雪がそう言うのなら、信じましょう。」
―――バチッ。
雪ちゃんの体が光に包まれた。
光の中から現れたのは、雪ちゃんと、パールヴァティーと似たような衣装をした小柄な少女だった。
「1つだけ聞かせて、花鶏。私の“幸運”の神格に気づいたのはいつ?」
「ほんとの最後だよ。実は止める前にこっそり雪ちゃんに向かって石を投げたんだ。普通なら必ず当たる。でも、都合よく風が吹いて石がそれた。そんな感じのことが、パールヴァティーとの後半戦もずっと起きていた。」
「やっぱり気づかれたかー。」
ラクシュミーはつぶやく。
「ラクシュミー?どうして――」
パールヴァティーが駆け寄る。
「こんなことをしたの、でしょう?」
ラクシュミーはパールヴァティーに近づき、かすかに微笑んだ。
「安心して、ちゃんと話すわ。“そこで高みの見物をしている主犯”と一緒にね。」
「え!?」
ラクシュミーは冷たい目を、家の屋根の方に向ける。
「いつまでそこで高みの見物をしているつもりですか?シヴァ。インドラ様。」
「インドラ、見つかってしまったぞ。どうするんだ。」
屋根の上から声がする。
「ふーむ。ラクシュミーの機嫌も悪いようだし、一旦日を改め―――。」
「まさか、逃げるなんて思ってないですよね?」
――――ゾクッ。
背筋に冷や汗が流れてくる。
これ、さっきまでと桁が違うくらいに怖い。
さっきまでは例えるなら冷たい表情。
今は周囲を凍てつかせるほどの殺気を纏った表情。
雪ちゃんは…いつも通りに微笑んでいる。
パールヴァティーは…苦笑い。
え、これ、どうなるの?
「―――【四天式神域結界】」
ラクシュミーがつぶやく。
途端に視界が花に包まれる。
視界が晴れたその場所は、
――――雲より高い、山の上だった。




