10話 動揺
―――チリリリリリリーー。
目覚ましの音。
休日でも、花鶏の起床時間に変わりはなかった。
重い瞼をこすりながら目覚ましを止め―――、
―――むにっ。
「………ん?」
むに?
回らない頭をフル動員して、感触の正体を考えてみる。
…思い当たるものがない。
―――むにっ。
もう一度さわってみる。
「………んっ。」
声がした。
………声がした。
………………声がした。
「声がした!?」
バサッと布団を吹っ飛ばす。
そこにいたのはパジャマ姿のパールヴァティーだった。
どうやら舞花姉のパジャマを借りたらしい。やばいくらいに似合っている。
違う!そうじゃない!
「……もう、花鶏ったら…朝から大胆なんだから…。」
パールヴァティーは恥じらうように頬を染める。
「な、なんでここにパールヴァティーがいるの!?」
「えへへー、昨日酔っ払っててお部屋間違えちゃった。」
人差し指と人差し指をつんつんさせながらパールヴァティーが言う。
その仕草は、とっても可愛かった。怒る気なんて失せてしまうくらいに。
「と、とりあえず部屋に戻ろう。」
口に出たのはそんな言葉。
「はーい。それじゃ花鶏、またあとでね。」
微笑みながらそう言うと、パールヴァティーは部屋から出て行った。
パタン。
扉が閉じ、パールヴァティーが部屋に戻ったのを確認して、深呼吸する。
「僕のばかああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
即座に僕は部屋の中を転げまわった。
僕は!パールヴァティーの!どこを!さわったの!!?
床にガン!ガン!と頭を打ち付ける。
…下に響いてたらあとで謝ろう。
完全に気付かなかったとはいえ、一晩パールヴァティーと同じ布団で寝たということ…。
「うわあああああああああああ!!!」
恥ずかしすぎてやばい。それと同時に、少しもったいないな。という気持ちもあった。
「僕、どんな顔してパールヴァティーに会えばいいんだろう。」
部屋に大の字で倒れた花鶏は、そうつぶやくのであった。
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―――ポスッ。
自分の部屋に戻ったパールヴァティーは静かに自分のベットに倒れこんだ。
ギュッと枕を抱きしめて、顔を埋める。
そして、
「私のバカああああああああああああああ!!!!」
叫んだ。
なんで花鶏の布団で寝てるのよ!!!
ばっかじゃないの!!??
すごく恥ずかしい。
「お部屋間違えちゃった。てへっ。…で、済むわけないでしょう!!!」
記憶にないけど胸までさわられたような気もするし…。
「もうお嫁にいけない。」
枕を抱きしめたままベットの上を転がる。
恥ずかしさでじっとなんてしていられなかった。
「私、いつも通りの感じで花鶏に会えるかしら?」
絶対に無理だ。そんなの自分が一番わかってる。
「もう、どうしたらいいのよ。教えてよ、ラクシュミー。」
友の名を呼んでみる。彼女のポーカーフェイスが今は羨ましい。
「あー、もう!!」
枕を思いっきり投げる。
「どうせなら、花鶏の寝顔見ておくんだったなー。」
混乱した私は…、そんなどうでもいいことを呟いた。
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そして、花鶏とパールヴァティーの部屋のちょうど間に、1つの部屋があることを2人は忘れている。
「にししー、面白いことになっているじゃない!」
末っ子の杏樹の部屋だ。
「大丈夫よ、花鶏、千春ちゃん!恋のキューピットであるこの杏樹に、すべてお任せあれ!!」
小悪魔のように微笑むと、杏樹は母親の元へと走って行った。
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部屋から出る決断をするまでに約10分。
花鶏はようやく部屋から出て、リビングにたどり着いた。
途中パールヴァティーに出会わないかものすごくびくびくしていたのは内緒である。
「おはようございます。」
リビングにいる母親に挨拶をする。
すると、
「花鶏!!」
いきなり大声で呼ばれた。
「は、はい!」
鼻息荒く、お母さんが近づいてくる。
「千春ちゃんがうちに来てから二晩になります。そろそろ千春ちゃんの為に、プレゼントを用意したくなりますね?」
「…え?ならな…。」
「な り ま す ね ?」
「………はい。」
「そうですね…。お洋服をプレゼントしましょう!」
…それはいい考えだと思う。確かパールヴァティーはもっている服の種類はそんなに多くない。というようなことを前に言っていたような気がする。
ただ、必要なら自分で作り出せるとも…。
「そんなわけで花鶏。あなた千春ちゃんと一緒にお買いものに行ってきなさい。」
「え、僕が?」
お母さんが行った方が絶対にいいと思うんだけど…。
「いいですね!絶対に“2人っきりで”行ってきなさいよ!!」
そう言ってお母さんは僕にお金を渡す。
…諭吉を3枚ほど…。
これはいったい…。
ふと、花鶏はお母さんの後ろで親指を立てている杏樹に気づいた。
よく見るとくちぱくで何かを言っている。
「で - と ち ゃ ん す が ん ば っ て b」
お前が元凶かああああああああああ!!!!!!
心の中で叫ぶ。
なんて余計なことを!
お母さんが乗り気になってしまっている時点で、もう花鶏に逃げ道はない。
い、行くしかないのか…。
ためらっている花鶏の背中をお母さんがぐいぐい押していく。
お母さんに背中を押され、気づいたらパールヴァティーの部屋の前にいた。
…やばい。手が震える。
深く深呼吸して、ドアをノックする。
「千春、入って大丈夫?」
「ひ、ひゃい!」
…へんな声が聞こえた。
「は、入るよ…。」
パールヴァティーの部屋に入る。
当のパールヴァティーはまだパジャマだった。
「ど、どうしたの?花鶏。」
心なしか、顔が赤い。
「よかったらこれから、街に行かない?パール…“千春ちゃん”の新しい服を買ってこいってお母さんが。」
わざと呼び名を千春の方にした。
たぶん、これならパールヴァティーは理解してくれる。
「そっか…。その服って花鶏が選んでくれるの?」
「うん。一緒に選ぼう。」
自分のセンスに自信があるわけではないけど、違うこと言ったら外で聞き耳を立てているであろう母親に殺される。
「そっか…。そっか!うん、行くわ!」
パールヴァティーが元気に答える。
「それじゃ、30分後にリビングで。」
「うん、わかった。」
パールヴァティーの部屋からでた花鶏は、「よしっ!」と、静かにガッツポーズした。
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―――30分後。
僕はお母さんから貰ったお金を財布に入れて、玄関先で待機していた。
「お待たせ!」
見慣れた服装のパールヴァティー。
やっぱりこの姿が一番パールヴァティーはしっくりくる。
「それじゃ、花鶏。行きましょう。」
パールヴァティーが手を差し伸べてくる。
…ほんとは僕がそれをやりたかったんだけどな…。
苦笑しながらパールヴァティーの手を取る。
「えへへ。花鶏とお出かけ、楽しみだな。」
満面の笑み。この笑みを見れただけで、誘ってよかったと思ってしまう。
…ただ、お母さんと杏樹がいないのがものすごく気になる。
気にせず、パールヴァティーとの買い物を楽しもう。
―――そう思った時だった。
ゾクッ!
体が浮くような感覚。周りの色が急に失われていく。
「…神域結界。」
パールヴァティーがボソッとつぶやいた。
もちろんパールヴァティーが使ったものではない。
「いったい誰が。」
ピンポーン。
そうつぶやいたとき、玄関のチャイムが鳴った。
―――ゴクリ。
息をのむ。
「…開けるよ。」
「…うん。」
パールヴァティーが短く答える。
ゆっくりと僕は扉を開けた。
「―――こんにちは。花鶏君。」
「………え?」
そこにあったのは、花塚雪…花鶏の大切な友人の姿だった。




