Evilな日常を
ベルベットのような光沢のある毛と、墨をぶちまけたような黒の翼、目はピジョンブラッドのような赤、爪はネコのように尖っている。
一応、人型の哺乳類に分類されるけど、人間じゃない。あくまで、形だけだ。
全身毛だらけで、長いシッポに立派なツノ。尖った耳、びっくりするほど大きな口。両性で男でもあり、女でもある。
生まれた時から成人で、人類の敵だ。もしくは、魔族と呼ばれるモノの下っ端…………つまり、とても弱い。使いっパシリ、奴隷と言ったところ。
――――――そんな私は、物心ついた頃から下僕のような扱いを受けている。
首輪は、保有者の証で外すことは出来ない。命令は主に魔物を連れて、人間を襲撃することだ。
種族的に丈夫な体でも、魔法を当てられれば怪我をする。人間も私からすれば、なかなか強いのだ。いつか、殺されそうな気がする。
前世の記憶は、人間である自分には相当きつい。
何が辛いか、とかじゃない、全部だ。もう無理。とにかく、嫌だ。目を離したすきに、ペットの魔獣が人間に狩られてたときの何十倍も辛い。
いくら魔獣が殺ってくれるからって……罪悪感が半端ない。
……今さっき、また魔獣けしかけて来た。狼みたいな肉食の強いヤツを何頭か。
家畜小屋に。……そう、人間を襲わせないように細心の注意を払って、村人が出歩かない夜中に……。
……そして、私はピンチになって、殺されて終る、と。たぶん。
焼けるような熱さに、背中がジンジンと痛む。暗い石造りの部屋で、私は鎖に繋がれていた。天井から、吊られるように空中でブラブラと揺れている。
「あなたは、何度しくじればすむのですか? 」
冷淡な声とセットで、重りのついたムチがうなる。
「っ――!」
痛いモノは痛い。私のような弱い者からすれば、強い魔族の攻撃は直で死にいたる。軽く打たれて背中が熱くて、背筋から血らしき液体が流れてるのを感じるし『死ぬのかな』と思うぐらいだから相当だ。
「これくらいで……そんな顔して、憎らしいですね!」
ムチを打ちながら、強い魔族がいう。今は、俗にいうお仕置きの時間だ。背中が真っ赤になるまで解放されない、場合によっては嬲り殺しの可能性もある。
もう、何時間も打たれて、喉は枯れ、涙と鼻水で顔は見れたものじゃないだろう。
……楽に死にたい。もう、ぽっくりと苦しまず。
そんな願いは叶わない。なんとか、正気の自分を褒めてほしいぐらいだ。いや、いっそ狂えたら楽なのに。
男の罵声とムチを浴びながら、私が気を失うまでお仕置きは続く。
夢だよね。
あんた何? ……魔族? 弱いって、どういうことかわからないんだけど。
従う? 奴隷……いや、下僕か。
いっ!
なにすんの! 痛いって!
目を覚ませば、床の上に放置されてた。まあ、風邪なんか引かないけど、相変わらず扱いはひどい。人間なら絶対死んでるはずだ。
……久しぶりに嫌な夢を見た。さっき、アイツにお仕置きされたからだろうか。魔族の特性、自然治癒で傷は塞がってる。
それにしても、今日はしつこかった。丸一日、ムチを受け続けていたと思う。家帰って、水でも飲んだら血を洗い流して寝たい。体中の水分を搾りとられたように、喉はカラカラ、顔もカピカピだ。基本、睡眠は必要ないけど、気分的にスッキリする。
石造りの地下から、歩いて家路に急ぐ。階段を登って、地上一階の廊下を進むとエントランスホールが見える。現在地は、大きな屋敷の中で、昔は貴族の屋敷だった場所だ。
人間が住んでいた場所を占拠して、そこに魔族が住まう。おかしな話だ。なぜ、人間の物に執着するのか、全くわからない。
大きな両開きの扉から、外に出て私は大きく伸びをした。
うーん、今日もいい天気だ。……って、なんだこれ。
黒い燃えカスのような物が辺りに散らばっている。良く見ると、それは屋敷の前に集中していた。不審に思い、手に取ると嫌な予感がした。
こんなところでキャンプファイヤー……なわけないか。屋敷ごと燃えなかったのが奇跡だ。これが普通の火なら。
門の内側から、屋敷の前まで灰が続いている。うんうん、わかってるよ。わかってる。これは、魔法の――――――
「ど、どうしました? お嬢さん」
そのとき、後頭部の方から声が聞こえた。なんだ、狼狽えているような声だった。私はゆっくりと……後ろを振り向く。
教会から送られた聖なる剣を携え、ある男は『一人』魔の国へ足を踏み入れた。その人は、勇気ある者と書いて勇者という。
「それにしても、いきなり魔族が出てくるとはな」
貴族に言われ、砦を奪還しに来た男は散らした魔物が一方向に逃げて行くのを追跡。怪しい屋敷を確認したところ、上位魔族に見つかり戦闘になった。
今は、何故か全裸の少女が立っているのを発見。声をかけるのは躊躇われたが、魔族に連れて来られたのでは、と心配して呼びかけた。人間が魔族の領土にいることは異常である。
普通なら怪しむ状況をうやむやにしていたのが全裸という奇妙な格好だった。どう見ても乱暴されたようにしか見えない。
「こ、これを、どうぞ。あまり綺麗じゃないかもしれませんが」と、勇者は勇者らしく自分のマントを差し出した。それに対して、少女は表面から見る限りでは冷静に「いえ、おかまいなく」と返したのである。
勇者は、驚愕のあまり口を開け、さり気なく少女を眺めまわした。視線が色々と、勝手に悪さをするのは仕方が無いことである。
一方、少女は内心狼狽えていた。勇者に、親切にされる理由などないからだ。むしろ、敵に近いモノである。
少女は、男の出方をうかがった。さりげなく、相手の方を向くが目をそらされる。しかも、顔を真っ赤にして慌てているのだ。
不思議に思い、自身の体を見下ろすが手にも足にも変なところはない。
「どうしてこんなところに?」
勇者が視線をそらしながら言う。
「生まれたときからですけど」
少女は、気負うことなく答えた。
魔族や魔物にしては、見た目に変わった所はない。異形のモノに人間のような容姿は見たことがなく、男は
、近くの村人が迷い込んだのか、と考えた。異常は、その姿が全裸なことだ。
「とにかく、服を……」
勇者は、必死に説得を試みるが娘は「暑いから」「面倒だから」「必要ない」と切り捨てた。そして、真顔で言うのだ。
「え、変……なところは……ない、ですよね?」
彼は、それに否と答えたかった、答えたかったのたが……優しい性格が邪魔をして全裸を許してしまったのだ。無言で『人の趣味に口出ししてはいけない』と、心で言い聞かせていた勇者に、彼女は本題を口にした。
「ところで、この辺りに上級魔族いませんでした?」
いきなり消えた仲間と、嫌いとはいえ上司がいなくなれば、彼女も一応心配はする。
「ああ……あれなら、そこに」
勇者は、地面を指さした。上級魔族は、聖なる剣で灰になった。
「なるほど」
彼女は、納得して頷くと同時に『……もしかして、この人……』と、冷や汗を流した。
人間が話し掛けてくるという珍事に忘れていた彼女は、かえりみると魔族である。敵にである。
なのに、なぜ青年は襲ってこないのか、弱すぎて敵にもならないのだろうか。
少女は悩んだが真相を知ることはない。勇者が真実を見通す目を持っていて、彼女が人間に見えることを知ることはないのだ。
「よろしければ、人里まで送りますよ」
その親切しか含まれていない言葉に、少女は狼狽しながら首を横に振る。どう考えても、彼女に道案内させてから一族を皆殺しにするのだろうと、少女に誤解されるような言葉だった。
とりあえず、逃げようとしたところに魔物が現れた。明らかに、勇者の匂いを辿って来たのだ。
剣で次々と魔物を殺され、彼を襲わなくてはという使命感と、殺したくないという葛藤でゆれた。
どうする? どうしよう……。人間なんて殺したくないよ。むしろ、殺されちゃうよ。いや、でも隙をだらけだし……、いや、殺さない。殺したくない。
そこへ運悪く、中級魔族がやって来た。
勇者は、魔物を相手にして、なせか私を庇うように戦っている。
「なにしている! とっとと殺せ!!」
案の定、魔族は私に命令した。
私は、おもむろに首を横に振った。
人間は殺したくない。
魔族は、苛立ち「約立たずが」と吐き捨て、私を殺そうとして勇者に邪魔され届かず、あっさり逃げ帰った。
魔物も全て灰になり、呆然とする私に「すまない。怖かっただろう」と勇者はマントを羽織らせた。
「魔族に狙われる」と、なげく私に「一緒に行こう」と勇者は手を差し出す。
「いいんですかね……、私はココから出たことないし、それに……」
黒い革の首輪を撫で、落ち込むと彼は初めてソレに気づいたようだった。
「奴隷の首輪!」驚いた勇者は、首輪を外そうとしたけど外れない。でも、御主人様は死んだから問題はない。
「このままでいいです」
そう告げると、彼は少し悲しそうな目で私を見た。
「私は村に戻らず、勇者様について行きます。御主人様になってください。私も戦って強くなりますから」
勇者に必死に頼み込み、私はその日、彼の仲間になった。
その後――
私達は旅をして、無事に魔王を倒すのだけど……
魔族だとバレたり、
私が元人間だと告げたり、
勇者限定で全裸に見えると気づくのは後の話だ。
「なんで、全裸だって教えてくれなかったんですか!」
怒った私に、勇者は顔を横にそらしながら「ごめん」と謝ったけど、それはもう許せるものじゃなく、半泣きで部屋に閉じこもって三日後に和解した。
それからは、きちんと服を着るようになり、何故か戦闘力と防御力が大きくアップ。
のちに、魔王を倒した者として魔界で騒がれ「次の魔王に!」と騒がれ出したのを知るのは、ずっとずっと後のことだ。
冷静に考えれば、強さが全ての魔の国でも勇者の仲間を魔王候補にするなんて、色々と常識がぶっとんでる。しかも、私の主人は勇者なので戦う前から上下関係が出来上がっているのだ。結果、勝負さえするか微妙なところ。魔王が勇者と戦わないとか、どうなの?
きっと、魔の国は脳筋が支配しているのだろう。いくら強くても、頭脳は必要だと思う。
私が王になったら、国は間違いなく崩壊する。あの下僕生活さえなけりゃ、少しは良心の呵責も覚えただろうに残念だ。私自体、魔族が嫌いで、見るだけで殺意が湧くのだから仕方ない。
さて、今から魔界の将来について考えますか。