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プロローグ

更新は気ままにやっていこうと思っています。

その鏡にはいつの間にかいわくがついていた。


その鏡には願いごとを叶える力がある、けれど過ぎた願いをかけると願ったものはいつのまにか忽然と消えてしまうというのだ。

それでも願いをいうものは後を断たない。それが人となれば当然のこと。

いくつも、いくつも、いくつも鏡は人の手から人の手へと渡った。土にまみれた手。金にまみれた手。きれいな白粉の手。あかぎれた小さな手。願いがただ叶ったもの。叶うが何かを無くしたもの。叶ったのかわからず姿を消したもの。

いつの間にか願いを叶える鏡には一つの見解がついた。

鏡は叶える者を選ぶ。

選ばれるのは、選ばれた特別な人間だと。繁栄をもたらせられるのは特別な上等な者だけ。

それ以外の選ばれざる輩が願えばたちまち罰を受け、消えてしまう。

それが願いを叶え幸福と繁栄をもたらす条件なのだと。

噂は瞬く間に広まった。我こそはと思う人々は鏡を取り合い。奪い合う。

やがて大きな争いが波のように広がって、そして唐突にぶつりと途絶えた。

それを目にした者の話では忽然と争いあっていた貴族も商人も武士も兵人も男も女も老人も踏み潰された屍も果ては土地さえ、消えた。

何が起こったのかさえわからない。

残っていたのは痕跡も跡形も人が生活していたはずの息吹もなにもない荒地。

それがただただ広がっていたという。

そしてもう一つ。

もち手のいない鏡が砂利の上に静かに落ちていた。


そして鏡にはもう一つ見解がついた。


この鏡は呪われている。けして人が触れてはならぬもの。

願いを叶える噂につられて鏡に触れれば必ず災いを呼び込むだろう。


人が消えるのはきっとこの鏡が吸い取って魂を食らうのだ。

肉体は地獄に落ちて無残に呪いに食いつぶされる。



いわくのついた鏡は人から人へ渡っていった。

いくつもいくつもいくつもいくつも。やがてその行方は誰にもわからなくなった。



序章


幼子の願いは死にたくない。生きて大きくなって母に孝行をしたい。

母の願いは死なせたくない。生きてほしい。


それだけだった。二つの願いは交じり合い溶け合い一つとなって鏡に映る。

鏡は映るもの、反射によって覗くものを写しだす。

それは人の姿でも、景色でも変わらない。もちろん形のない願いでも。

上下左右、どこから覗き込んでも見合う分だけ、願いの姿を反射して叶った姿を映し出す。

それは願いを写すだけでなく叶える性質ををもった鏡。

映し出された願いは必ず叶う。

その証に今、溶け合った一つの願いがかなった。




末期はどうあれ




早朝、夫に先立たれた女の最後に残った幼子が死んだ。

流行病にかかり三日三晩床に伏せってようやく容態が落ち着いた矢先のことだった。

息を引き取る間際に女は街市にでており気がつけなかった。

その手には奮発した精のつく食物と造りのよい一枚の鏡。

たまたま目に付いた露天で見つけその値の安さとふと、落ち着いて眠りにつく我が子がうわ言で乱れた髪を気にしていたのを思い出し、心を動かされた。

帰ったらこの鏡の前で髪を梳いてやろう。

意気揚々と家路を歩いた女を待っていたのは唐突な死だった。

寝台の中で冷たくなった幼子を必死で揺さぶる。かけ布の中はまだ生暖かい。

汗で乾ききらないまだやわらかい体が女の心を深い後悔で塗りつぶす。

大切に抱えてきた荷は床に散々と散ばり、床に放られた鏡には蒼白を通り越した女の悲痛な横顔が淡々と映った。

しばらくして女は鏡を拾い上げ磨かれた表面を白い我が子の顔によせた。

片手で取っ手をもって支え、もう片方の手を子供の髪に埋め根から先まで梳いた。

かさついたその唇は嗚咽混じりにぶつぶつと何かをつぶやいている。

ちらり、と鏡の内で光が一条はしった。

女の位置からでは見えなかったのだろう。気づいたとしても今の女にはどうでもいいことだ。光はあっという間に膨らんで外にも漏れ出し女も幼子も飲み込んでどんどん

広がった。そして親子の家も畑も隣家も、すっぽり飲み込んだとき、唐突にはじけ飛ぶ。

そして、一つの願いは成就した。



死んだはずの幼子が目を開ける。

何が起こったかわからず周りを見渡すと視界に入る一面はただただ荒野が広がっていた

見合う分だけの生を与えられ変わりに母も家も消えていた。

残されたのは見知らぬ一枚の鏡。



けれどその鏡が何であるのか子供は知っていた。

鏡をそっと抱きしめる。

硬質で冷たい感触とわずかに甘い匂いが香っていた。


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