この物語には、タイトルがない。
人は、死んでもなお誰かを愛せるのだろうか。
百年という時間は、二人の間に何を残すのだろうか。
忘れてしまった人と、
忘れられなかった人。
二人が再び出会ったとき、
失われた時間が動き始める。
これは、そんな二人の物語。
--第一章--
--恋人たちは、「溶け合う」--
そもそも、運命というのは人が生まれる前から決まっているらしい。
俺には前世の記憶があって、100年前に恋人と居た。
現世での話。俺は松田惷也。
俺ははっきりと覚えているのは顔。のみ。
探す手掛かりがないのでどこから手を付けるべきか...
古い写真が汚く並ばれている中から「彼女」を探している。
違う、違う、違うと見ているがあるはずがなく、探し続ける毎日だ。
今は高校に通っていて、対してモテるわけでもなく普通の学生だが、幼馴染がいる。
沖田雪乃。こいつは病弱で、体調をよく崩すわけだが本人は気にしないでと言っている。
雪乃には前々から気になる癖があり、時折自分の袖や服の一部をつまむような癖がある。
別に俺もあまり気にしていないないが、なぜかそうする。
彼女は苗字の通り「彼」の子孫で、やはり厳しく育てられたらしい。
病弱で、儚く、俺に気づかれてないと思っているが、よく隠れて泣いている。
つらいだろう、だがそんな状態でも普通の顔をして何事もなかったかのように装う。
そんな彼女。
--第2章--
--「彼女」--
私は惷也、彼とは幼馴染で、よくお世話になってるけど、病弱なのでかなり苦労をさせている。
「別に大したことないよ」と流すのだが、どうやら感づかれていそう。
彼と初めて会ったときになぜか「懐かしい」と感じて涙が不意に流れていった記憶がある。
「なあ、お前あの都市伝説って知ってるだろ?」惷也が訊いてくる。
「ええ、運命の相手を見つけたらその二人のどちらかは長生きしないっていう噂でしょう?」
「うん。どういう意味なんだろうな。」
「現に俺らの両親もまだ生きてるからな。」
「『運命の相手』ねぇ...」
私は知っている、それが「事実」であるということを。
なぜなら私の「ご先祖様」の文献にそのような記述があったらしく、そこから派生したとの父からの話。
でもまぁ、見つからないだろうし気にしなくていいか。
--第3章--
--たった一つの伝記--
京都や奈良は一番好きで今でもよく思い出の地に行っている。中でも東大寺大仏殿が圧巻で体を縛り付られるような迫力がある。
さだまさしの「まほろば」という曲に、「青丹よし平城山の空に満月」という歌詞があり、青丹は神社などの屋根瓦の色のことで奈良の景色によく映えていること、
平城山の空に満月とは無情にも過ぎていく月日のこと。
「100年か... これほどの時が経っても、まだ会えていないなぁ...」
またあいつの奈良の本家にお邪魔して遊びに行こう。俺らの仲はもちろんあちらの両親も把握しているので何度もよく遊びに行っている。雪乃は今出かけてて不在だった。
そんな中… 書庫にこんな書き物が...
「ん? 「沖田伝記」...?」
【本書の内容は他言無用である。】
「私の名は沖田春良。とんでもない過ちを犯した。私には想い人がおり名は千雪、千雪とは腹心の仲である。」
「私は多くの人を斬ってしまった。呪いなのか、体調がなかなかに優れぬ。」
「敵を斬り、斬られた者が最後にこう言った。」
【「想いが結ばれたその時――愛した者を、この世から奪おう。」】
「否...それでも、彼女を...。
彼女もまた、私を想ってくれていた。
だから私は恐れた。
このまま彼女と想いを通わせれば、彼女を失う。
しかし、想いを伝えずに生きることもできなかった。
私は決断した。
愛していると、伝えよう。
たとえ、それが最後の言葉になろうとも――。」
「たとえこの血が引き継がれたらその愛しいわが子孫たちにこれを伝えよう」
そこで文章が途切れている。
ページの下半分が、まるごと破り取られていた。
「…なんだよ、これ」
さらに後ろのページを見る。
そこには、何度も同じ言葉が書かれていた。
「愛してはいけない。
愛してはいけない。
愛してはいけない。」
--第4章--
「もしかして...あいつ...」
バタンッ!
「...!?」
「見ちゃった?」
「そうか...知ってたんだな...」
雪乃が袖を触る。
「そのクセ、昔から変わんねぇなぁ...お前は100年前から着物を整えるクセが直ってねぇ...」
「今見たこと、全部忘れて」
「なんでだよ」
「お願いだから」
雪乃が顔を上げた。
笑おうとしていた。
いつもの、何でもないような笑顔。
でも――
その目には、涙が浮かんでいた。
「ッ――!?」 身体が溶けていく――― まばゆく輝いて...
まだ俺は何も...!!
雪乃の輪郭が少しずつ崩れていく。
「雪乃……?」
「……え?」
彼女自身も、何が起きているのか分からないようだった。
「待て……待ってくれ……!」
手を伸ばす。
けれど、触れたはずの指先は、その身体をすり抜けた。
「なんで……?」
「惷也……」
雪乃が俺の名前を呼ぶ。
雪。
白い息。
そして、泣きながら笑う彼女。
『また会えるよ』
「……あ」
俺は、知っている。
この笑顔を。
この声を。
この人を。
あの日も、彼女は同じように笑っていた。
俺はずっと、この人を探していた。
100年間――ずっと。
「雪乃……!」
「……うん」
雪乃は、最後まで笑っていた。
「待ってくれ……! まだ俺は何も……!!」
言いたいことがある。
聞きたいことがある。
まだ何も伝えていない。
それなのに――
「……愛してる」
雪乃の身体が、光の中へ溶けていく。
「私も――」
その声を最後に、
彼女の姿は消えた。
ここは奈良。
また日は昇り また日は沈み振り向けば
何もかも移ろい去って
青丹よし平城山の空に---
---満月---
ここまで読んでくれたあなたへ。
この物語の本当のタイトルを、ここに記す。
『氷解』




