生活保護
夕暮れ時のやけにボロい区役所別館。パイプ椅子がきしむ。イスまでボロい。
「……すみません。私みたいな人間が、皆さんの税金で生かしてもらうなんて。もう社会のお荷物ですよね」
トシコは膝の上で、節くれ立った両手をぎゅっと握りしめていた。大病を患い、長年勤めた職場を辞めざるを得なくなった。貯金も底をつき、すがる思いで生活保護の申請にやってきたのだ。
彼女の前に座る担当ケースワーカー佐藤は、お世辞にも「立派な公務員」には見えなかった。ネクタイは緩み、髪はボサボサ。心ここにあらずといった風に、窓の外を眺めている。
佐藤はトシコの絞り出すような告白を聞くと、面倒くさそうに頭を掻いた。
「あのさぁ、アンタ勘違いしてねえ?」
「え……?」
「社会貢献って、国に税金カツアゲされることだけだと思ってんの?」
横柄な口調に、トシコは小さく肩をすくめた。佐藤は椅子の背もたれにドカッと体重を預け、天井を仰ぐ。
「誰かが育てた木が出した酸素を吸って、俺たちは生きてる。地球の裏側から来た酸素なんかを吸ってさ。だけどさ、『アマゾン川流域の地主さん、今日もタダで酸素を吸わせてくれてありがとぉっ!』なんて思いながら息してる奴、いるか? いねえだろ。森の地主だって『この酸素、日本に届けっ♡』なんで思っちゃいねぇ。まぁ、そんなもんだ」
佐藤は視線をトシコに戻し、ぶっきらぼうに続けた。
「それと同じだよ。
……例えばさ、あんた、アパートのごみ置き場が汚れてたら、サッと片付けたりしたことねぇ? 電車でフラついてる年寄りに、さりげなく席を譲ったり。すれ違った近所の子どもに、笑顔で『おはよう』って声かけたりさ」
トシコは目を見開いた。どれも、彼女が日常の中で「当たり前のこと」としてやってきた些細な行動だった。
「そんなの、お金にもならないし、誰でもできることです……」
「それがいいんじゃねえか」
佐藤は鼻で笑った。
「お金に換算できないこと、誰もわざわざ褒めないこと。でも、あんたのその笑顔や小さな気配りが、その日の誰かの心をちょっとだけ軽くしたかもしれない。それって立派にこの社会を回す『酸素』になってんだよ」
佐藤は机の上の書類を乱暴にまとめると、ペンをトシコに差し出した。
「税金納めてる奴だけが偉いなら、この世は金持ちだけの国になっちまう。あんたはこれまで十分、見えない酸素を配ってきたんだ。今はちょっと、こっちの酸素を吸う番になっただけ。お金じゃない酸素ならこれからも出し放題だからさ、お荷物だなんて自分を卑下して、縮こまって息すんの、やめな」
手渡されたペンのインクの匂いが、トシコの鼻腔をくすぐった。
深く息を吸い込む。胸の奥の支えが、ほんの少しだけ軽くなったような気がした。




