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身代わり



新しい遊び、そう割り切る事で、なんとか自分の意識を保っていた。

自分の発言、行動がおかしな事になっている事は十分に理解できるけれど、修正はできない。

瀨那せなは、まるで誘うかのような発言をしてしまった事を深く後悔・・・いや違う、後悔ではなく困惑していた。

キスをした後、驚いて固まっている朝霧あさきをその場に残し屋上を後にした事も、翌日からやっぱり屋上に来る、朝霧の行動も理解できない。

今も自分の横に朝霧は座っていて、その手には単行本が握られていた。

自分の行動に動揺を隠せない瀨那は、勿論勉強どころではなかった。それでも、キスの感覚、抱擁された時の暖かさ、何よりも一緒にいる時間の幸せ感は忘れられない。

自分の中の不思議な感覚に戸惑いながらも、今を楽しんでいた。

壱伊いちい

急に呼ばれて、瀨那は意識を現実に戻す。

「はい?」

返事に朝霧は小さく笑った。

「今度の土曜、暇?」

遠慮がちな朝霧の言葉に、瀨那は戸惑いながらも特に用事が有る訳でもないのでそのまま答える。

「・・・そっか、じゃあ、ちょっと付き合ってくれるか?」

これはデートの誘いだろうか・・・。瀨那はやっぱり戸惑いながらも、申し出に了解を告げたのだった。



急な誘いに、しかし彼は了解してくれた。

実ははるかはやとに誘われていたのだ。1年前の出来事から何となく疎遠になっていた朝霧と遙だったけれど、瀨那と屋上で逢う様になり、何故だか壁が消えた気がする。そんな朝霧の変化に遙は敏感に反応し、一昨日声を掛けて来たのだった。

なんでも、隼の所属しているバンドのライブがあるらしく、人数確保の為に誘われたのだ。

壁が無くなったとしても、やっぱりそんな所に1人で行ける訳もなくて、瀨那を誘った。

「あのぉ~、何処行くんスか?」

見知らぬ土地なのだろう、連れて歩いていると瀨那は聞いて来た。

「もう少し先」

短く答えた朝霧に、とりあえず黙ってついて来る。

ライブハウス、などと言う所には、勿論自分も行った事は無かったけれど、インターネットで場所は確認済みだし、入口に遙は待っていると言っていたから問題ないだろう。

休日の繁華街というのはなぜにこんなに人が沢山いるのかとウンザリしながら歩き、頭に叩き込んだ地図通りに角を曲がり、そこにライブハウスの看板を見つけた。

瀨那はやっぱり何も言わずに付いてくる。

少し後ろめたい気したけれど、とりあえずその気持ちに蓋をする。看板を目指し歩いていた朝霧の目が、遙の姿を捉えた。

その瞬間、自分の口角が緩むのを感じる。そんな自分に苦笑を浮かべながら、朝霧は歩みを進めた。

「あ・・・」

後ろを黙って付いて来た瀨那が小さく呟く。

「これから、あのライブハウスでライブがあるらしい」

朝霧は、短く伝え遙のもとに進んだ。

「朝霧、来てくれたんだね」

綺麗な笑顔でそう言うと、遙は後ろの方に視線を向ける。それが瀬那へ向けられていると知り、朝霧も彼を仰いだ。

50m程向こうに瀬那は立っていた。朝霧が訝しそうに眉間に皺を寄せるのと、遙が声を発するのはほぼ同時だった。

「あれ?・・・あの子・・・」

その言葉に遙を仰ぎ見る。

知り合い?と視線を送れば、やっぱり綺麗な笑顔を浮かべた。再度仰ぎ見ると、やっぱり50mのところに立ち尽くしている。その姿に苛立ちを覚えた朝霧は声を大きくし瀬那を呼んだ。瀬那はなんとも奇妙な顔を浮かべながらも、朝霧のもとに歩いてくる。

「“壱伊”くんって言うんだ。どういう知り合い?」

遙の言葉に曖昧に頷く。“どういう”と云うほど自分は彼のことを知らないし、勿論彼もそうだろう。まさか、屋上での事を話せる訳も無くて言葉を濁した。

「・・・どうも、遙先輩」

何時の間にか、後ろに来ていた瀬那は、ちらりと朝霧を見た後挨拶をした。

「こんばんは。今日は急なお願いだったのにこんなところまで来てくれてありがとう」

笑顔で挨拶を交わす2人に戸惑いながら、朝霧は交互に2人の事を見る。

綺麗な2人に周りの視線が注がれる。そうして次に自分に向けられた視線に苛立ちを覚える朝霧だった。



がやがやと五月蝿いライブハウス内は妙な熱気に包まれている。

そして自分と朝霧が浮いているような気がして瀬那は落ち着かなかった。更に朝霧の横に遙がいて、それも何故だか自分の心を騒がせる。妙な感覚を覚えながら、瀬那はステージを見詰めた。

「次だよ!」

周りの声に負けないように遙が声を大きくし朝霧に伝えているのが聞こえる。朝霧は『おう』だか『うん』だかと答えていた。

ステージが暗転し、突然大きな音が響く。瀬那は思わず耳を塞いだ。

ステージにライトが当たると、見知らぬボーカルの斜め右隣に知っている顔を見つけた。

それが隼だと解ると、何故遙がここに居るのか合点が行く。そうして朝霧が自分の事を誘った理由が解り、何故だか胸がきりきりと痛んだ。

咄嗟に胸を押さえた瀬那に低い声が聞こえる。

「どうした?具合でも悪いのか?」

耳元に息が掛かる程近くで聞こえた声が朝霧の物だと解ると、今度は違う衝撃が胸を揺るがす。自分の鼓動が大きく波打つ事に戸惑いながら、朝霧を仰ぎ見た。息苦しさに言葉を発せない瀬那は首を振る事で質問に答える。

納得していないのか、朝霧の凛々しい眉が動き、眉間に皺を作った。本当に?と口が動くのが見えて、瀬那は苦笑を浮かべる。少し大きな声で

「人に酔っただけ。ちょっと、休憩してくる」

嘘を云い、ライブハウスの外に出た。大きく息を吐き、側にある自販機でペットボトルのお茶を購入する。ペットボトルに口を付け空を仰いだ。

今日呼ばれたのは多分あの2人のせいだろう。

学校で見た、朝霧の視線で2人がどういう関係か理解できた瀬那は、更に朝霧の気持ちまでも見えていた。

あの苦しそうな視線は、つまりそう言う事なのだ。

だから自分はあの時咄嗟に“遙の変わりに”と告げたのだ。

朝霧の反応で自分の考えが間違いではなかった事を知る。少しでも、朝霧の苦しさを取ってあげたいと思った瀬那は、しかし実際に“身代わり”になった事で、その考えが間違いであった事を知った。

自分は、遙の代わりになどなれない。

そんな事は百も承知だったはずで、これは新しいゲームのようなものだと思いこもうとしていたけれど、自分の気持ちに薄々感づいていた瀬那は仰ぎ見ていた空が涙で滲んでしまった事に苦笑した。

そうして、きりきり痛む胸にも、妙にドキドキしてしまう心にも理由が見つかり小さく息を吐く。

俺って、男もいけたんだ、なんて茶化すように思いながら、流れる涙を拭った。

「“身代わり”か・・・」

瀬那の小さく呟いた言葉は、驚くほど綺麗な夜空に吸い込まれ、そうして誰にも気付かれないまま消えて行ったのだった―――。





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