接近
周囲の度肝を抜く格好の瀬那だったけれど、なぜだか同学年の、ましてや同じクラスの人間からは妙に可愛がられていた。
可愛らしい顔のおかげなのか解らないが、正直瀬那には迷惑のなにものでもない。
成績は常にトップだったのもあり、はっきり言って授業にも出る気はあまりなかった。
入学そうそうではあるけれどサボタージュの常習犯だった瀬那は、今日も教室にはほぼいない。
勿論サボろうと思い、屋上へ向かうけれど、そこでふと足を止めた。
この学校には3棟校舎がある。南の棟がA棟、西に2棟繋がり建っていて外側にあるのがB棟、そうして最後にC棟となっていた。
A棟の屋上が瀬那はお気に入りだったが、其処に先日見知らぬ生徒・・・ネクタイが藍色だった為2年生である事は確かだ、が居た事を思い出す。
基本、1人が好きだった瀬那は、チッと舌を鳴らし、仕方なくC棟の屋上を目指した。
歩きながら、先日出くわした“先輩”を思い出す。
端正な顔立ち、切れ長の目、身長はゆうに180は超えているであろう。その切れ長の目をギュッと瞑り、彼は何を思っていたのか・・・瀬那はふと思った。
てくてくと歩き、C棟の屋上の扉を開ける。
A棟の屋上とは違い、周りの景色は残念ながら開かれていないが、おかげで目隠しの役割も担ってくれて瀬那には好都合である。
日陰を選んで腰を降ろし、瀬那は参考書を開いた。その参考書は既に3学期のもの。
パラパラと捲っていき、公式等を覚えていく。そんな瀬那の耳に、足音がした。
腕時計を確認し、首を捻る。センコーか?等と思い、瀬那は頭を上げた。
しかし、屋上の入り口付近に立っていたのは、先生ではなく1人の生徒だった。
――――――――― お、珍しぃ~
等と口笛でも吹き出すのではないか、と思われる程陽気に思っていた瀬那の動きが、ぴたりと止まった。その生徒に見覚えがあったからだ。
その生徒は、先日A棟の屋上にいた“先輩”。
――――――――― またかよ~・・・
とイライラした瀬那は参考書を閉じ、その先輩の動向を伺った。
“先輩”は険しい表情で柵まで歩いて行くと、その場でフリーズする。ジッと何かを見ているようだ。
まるでモデルの様な容姿を持った人が、このような険しい表情をし見詰めなければならない事柄があるのか?と不思議に思い、瀬那は興味を抱いた。
“先輩”に悟られないように、ゆっくりと“先輩”の後方まで進み、柵の下を眺める。
グラウンドが一望でき、そのグラウンドでは何処かのクラスが丁度体育をしていた。その中に一際輝く存在を認め、瀬那は目を凝らす。その人が、先日自分の携帯を拾ってくれた“遙”である事に気付いた瀬那は、その隣に“隼”を認めた。
先日の様子で、多分付き合っているのだろうと思っていた瀬那は静かに微笑む。
その瞬間、“先輩”が小さな声を発した。
「遙・・・」
その苦しそうな呟きに、瀬那は息を飲む。そうして回転の速い頭は、ある答えに辿りついていた。
――――――――― 成程ね・・・
そんな事を心の中で呟き、瀬那は何故だか“先輩”に声を掛けていた。
「また逢いましたね」
絵に描いたように身体をビクリと震わせ、“先輩”が振り向く。瀬那は極上の笑顔を浮かべ“先輩”の視線を捉えた。
「・・・あ、この間の1年・・・」
動揺を隠すかのように呟いた“先輩”に瀬那は一歩近づく。
「瀬那」
瀬那の言葉に、“先輩”はクエスチョンマークを浮かべた。
「え?」
聞き返された言葉に被せるように瀬那はもう一度口を開く。
「壱尹 瀬那。“1年”じゃないですよ、先輩」
自己紹介をしている事に合点がいき、“先輩”は苦笑を浮かべた。その顔に瀬那は息苦しさを覚える。
「あぁ・・・俺は相良」
「・・・相良先輩ね。下の名前は?」
笑顔をたたえたまま聞くと、一瞬間が開き、そうして名前を告げた。
「朝霧」
「朝霧先輩ね・・・。俺、よくB棟の屋上に居るんで、暇なら遊びに来て下さいよ」
名前を確認し、何故だか瀬那はそんな事を口にしていた。朝霧は困惑気な顔をしながら、瀬那の顔を眺める。
「・・・ここで“遙”さんの事、見詰めてるよりマシだと思うけど?」
妖しい笑顔を浮かべ告げた言葉に、朝霧は目を見張った。
「な、に」
「それじゃ」
何かを言おうとした朝霧の言葉に被せながら一方的に告げ、瀬那はC棟の屋上を後にしたのだった。
屋上から出て行った瀬那を追いかける事など出来ず、朝霧は呆然とその場に佇んでいた。
瀬那の言葉が頭の中を反響する。
何故にあの子は自分と遙の事を知っているのか、解らない。“見詰めているよりマシ”とはどういう意味なのか・・・。
瀬那の言いようは、自分の気持ちまで知っているかの様に聞こえ、朝霧は寒い物を感じた。
そうして隣の棟の屋上を凝視する。赤い、柔かそうな髪が、遠くで揺れているのが見えた。
――――――――― あぁ、本当にいる・・・
そう思った朝霧は、無意識の内に歩きだしていた・・・。
自分の言動に驚きながらも、瀬那はB棟の屋上への扉を開いていた。後悔もあったけれど、何故だか朝霧は必ず来ると確信めいたものがあり、瀬那はB棟の屋上に腰を降ろした。
ここからは屋上の入り口は見えない。けれど、音はしっかりと聞こえる為、瀨那は耳を澄ました。
グラウンドから微かに聞こえる授業の音とは別の音を聴き逃さない様に目を瞑り、全神経を聴覚へ注ぐ。数分後、こつこつという靴音が、研ぎ澄まされた瀨那の聴覚は捉えた。
その靴音に照準を合わせる。靴音は明らかに階段を上っていて、直後に屋上の扉が開かれた。
瀨那は赤い瞳を開く。靴音を確認しながら頭をそちらの方向に向けた。靴音はあっちに行ったりこっちに行ったりを繰り返し、漸く瀨那の近くに来る。影が差し、そうして朝霧の姿を捉えた。
「・・・どうも」
瀨那の言葉に、朝霧は困惑気味な顔をしながらも
「どうも・・・」
と言葉を発した。言葉を発した後も、一向に動こうとしない朝霧に瀨那は苦笑を浮かべる。
「座ったらどうですか?」
自分の横を指さしながら言った瀨那に、しかし朝霧はやっぱり動かない。その態度に妙な苛立ちを覚えた瀨那は、立っている朝霧の腕を掴むと強引に自分の横に座らせた。其処に座ってしまえば朝霧はもう立ち上がる事はしない。瀨那は満足そうに笑い、持っていた参考書を開いたのだった。
ビスクドールのような綺麗な少年瀨那に強引に座らされて、朝霧は面喰っていた。おまけに座らせる事だけが目的だったように、その後は言葉を発する事なく参考書等を開いている。
自分はする事がなく、意識が遙に行ってしまい何の為に此処に来たのか分からない。
パラパラと参考書が捲られる音に意識を集中させ、そうして瀨那の顔を盗み見た。
肌は透ける様に白く、視線は参考書に向いていてその伏し目がちにどきりとする。ほっそりとした首筋も当然のように白く、思わず『触れてみたい』と思ってしまう。自分の危ない思考に焦りを感じ、朝霧は急いで瀨那から視線を外した。
その瞬間、パタン、と本を閉じる音がする。朝霧はもう一度瀨那に視線を向けると、同じように朝霧に視線を馳せた瀨那の赤い瞳とかちあった。
驚いて急いで視線を外す朝霧に瀨那は笑った。
「俺の顔になんかついてます?」
笑いながらの質問に答えられない。
「せっかく此処に来たんですから、何か話して下さいよ」
瀨那の言葉に、どうすれば良かったのか・・・。困惑する朝霧に、瀨那はまたしても爆弾発言をした。
「“遙”さんの変わりになってあげてもいいですよ?」
意味を理解する事ができなくて目を見張る。
瀨那は妖しい、けれど艶やかな笑顔を向けた。
そうして次の瞬間にはその綺麗な赤みがかった唇が、自分のそれに合わさっていた。
閉じられた瀨那の睫毛が、やけに長いな、などとどうでも良い事を思いながら、朝霧は瀬那の身体をその腕の中に収めた――。