最終編 ⑦ 残るモノ
アルダは飛行船を歩き、風に揺られる船体へつまずきつつ船底で円陣を書いて座り込む仲間の元へ戻っていた。船内は汗や老廃物の匂いで臭くアルダは顔を覆うスカーフの結び目を確かめていると仲間達の姿が見える。船底の壁面は窓のように一部がドワーフ達によって削られ、ほのかな光が差し込む。
「皆、聞いてください。」
アルダの一声に皆は振り返る。皆絶望し、柳のような髪の毛をばさりと下げ落ちくぼんだ目玉を彼へ向けた。僅かな光に照らされたその姿は幽鬼のように暗闇へ浮かびアルダの心へ暗雲たる影を差すが、彼は雲を振り払い仲間達へ言うには。
「ヒトがこの船から転移する画策をしている。それもこの船の結界を解いてだ。」
オニールが思わず床をたたき立ちあがり呪いの言葉を闇へ吐き散らした。冷笑するアルダは更に続けた。
「当然、私達の席はそこにはない。そこで席を作る。ヒトの計画をエルフへ話し殺し合わせ、私達はヒトにつき数を調節する事で此処から脱出する。」
冷静さを欠いた彼らは三日月に目を歪め、諸手を挙げてほのかな命綱へすがりついた。
エルフ王アルゴは配下達に甲板から大地を見下ろさせ船を下ろす位置を探っていた。アルゴは伸びきった髭をしごき、壁に立てかけた見事な弓を見る。そこへ戦士アケルがゆったりと部屋へ入った。
「王アルゴ、やはり地上はユニグラムの海でした。奴は魚影を睨む鷹のようにこの船の真下をピタリと追い着陸しようとすればたちまち飲み込まれてしまうでしょう。」
そう言ったアケルへアルゴが目を向け、
「では此処で死ねと?ヒト族は何とか出来る気でいる。奴らの服は整い、その眼は明日を見据えている。数刻先へ向かって目を皿のようにし、何も見つけられていない我らと違ってな!」
アルゴは焦燥を吐き出した。アケルは王へ目を合わせる。
「ヒトと交渉しましょう。奴らの命と引き換えであれば何か引き出せましょう。」
アケルの言へアルゴは頷くと見張り番のエルフが部屋へ入る。
「何だ。」とアルゴが見張り番へ問うと「ドワーフが秘密を話しに来ました。」と返事が返り一人のドワーフは部屋へ通された。ドワーフはエルフ王へ恭しくお辞儀をする。
「お前は誰だ。何のようだ。」
アルゴは問うとドワーフは面をあげた。アルゴはその髭面へ既に辟易する。
「西を統べるエルフ王アルゴ、私はアルダと申します。王へお知らせしたいことがあり参上いたしました。」
アルゴはドワーフへ顎をしゃくり続きを促す。
「この船は結界を持ってユニグラムを退けておりますが、ヒト族は何とも恐ろしいことに結界の力を転移魔術へ使うようです。私達は非力ゆえこうしてお伝えすることしか出来ません。」
アルゴはしばし考え込み口を開く。
「なるほど、こいつを痛めつけ甲板へ出せ。そこで儂の返答を言い渡す。」
アルダは顔を青くし飛び上がるように逃げ出すが、長く太い腕が彼へ絡みつき、床へ引きずり倒す。呻き取り押さえられるドワーフを尻目にアルゴはゆったりと部屋を出た。
甲板は人だかりが出来ていた。ラディウスはヒト族の先頭に立ち、引きずられるドワーフを指差しアルゴへ「エルフ王、こいつは誰だ。」と問いかけた。
「こいつは嘘つきだ。だから船から降ろす。」
アルゴが息荒く返答した。殴られ血まみれたアルダはエルフ語で弁明の声をあげた。
「私はウソを言っていない。ドワーフの斧と槌に誓ってウソは言っていない。」
「では黄泉にて斧と槌を両手に先祖へ誇れ。」
アルゴは鉄板の入った具足で弱ったアルダの腹を蹴る。アルダはうめき声をあげ仰向けに寝転がったアルダの目には憎らしいほどの晴天が舞う。彼の目には柔らかな白い雲がいつもと変わらず空を流れ、耳には周囲の喧騒は聞こえなかった。身体は日向のように暖かく、風の流れと心臓の鼓動に彼は目を閉じ、静かに涙を流す。
(何も出来なかった。私は一体、何だ。こんな小さく弱い身体に奴らと変わらず一つの命が押し込められ。同じように飯を食い、息を吐き、言葉を話す。私は私の居場所でただ、その日を生きていられれば良かった。それなのに・・・。)
アルダは死んだ。哀れに思った騎士が宝剣を抜き放ち、心臓を貫いたのだ。エルフ王アルゴはその騎士をにらみつけたが騎士はアルゴへ背を向け、具足を響かせラディウス達の元へ戻った。甲板に上がった者達は続々と船内へ戻りアルダの死骸だけが残された。
オニールは竜王国跡地で拾ったエルフの鏃を震える拳に握り締め、レイアの心臓が取り付けられた大部屋へ勇み足で向かう。オニールは友が獣のように殺されたこと、そしてドワーフへの眼差しにゆだっていた。身体から立ち上る湯気は彼の身体を一回りも二回りの大きく見せ戦士でないエルフであれば尻込みするほどである。故に、レイアの心臓が取り付けられた大部屋で屯するエルフや心臓を守る兵士達に違和感を抱かれなかった。死に取り憑かれたオニールは鏃を剥き出しの心臓へ投げつけた。呪詛が欠かれた鏃は心臓の肉を切り裂き、船が大きく傾いて落下を始めた。幸いなことに魔術が直ちに修復し船は結界を纏い飛行を再開し鏃を放ったオニールは弾丸と鏃を浴び血達磨に横たわる。ラディウスはウリクセスと共に部屋へ飛び込み心臓の様子を見た。心臓は全くヒトと同じ構造であり鏃は右心房をえぐっていた。魔術師達は内心が凍り付く。傷ついた心臓は長く魔術を発動できない事が解ったからだ。ラディウスは最後の戦いを行うため、腰の宝剣を叩き兵士達を走らせた。
エルフ王アルゴはたった一人で再び甲板へ戻ってきた。血まみれのドワーフは既にそこには無い。アルゴは震える手で転移符と細長く青い宝珠を懐から取り出した。
「儂は何かがしたかった。この世界でたった一つのことが、そしてそれが何かわかった。最早、エルフ国等どうでも良い。この宝珠ならば・・・。」
アルゴは転移符へ宝珠を乗せ。空いた手に冠を乗せる。
「軽い物だ、我が冠そして誇りは。儂がこの世界に終止符を打ってやろう。」
宝珠が輝く。青白い船上の太陽はエルフ王の冠をユニグラムへ転移させた。エルフとドワーフが何事かと甲板へ上がり地獄を見た。王冠はユニグラムと混ざり合い、黒色の身体は爆発寸前の餅のように膨れ上がり、水のような透明になった。巨大化したユニグラムは空へ登り、空へ根を張り木の葉のように下界へ身体の一部を落とす。大量に降るそれらは空中で姿を変え、空を舞いあっと言う間飛行船を取り囲んだ。驚き恐れたエルフ達は渾身の矢を放つも、透明の身体に破魔の矢は溶けた。アケルは配下から槍を受け取り、下半身を絞りこみ力を貯えるアケルは槍を投げた。槍は空を切り風を追い越し虚無に溶けた。アケルは思わず後退り、滝のような汗が肌着を湿らせた。
「王よ、これはどう言うことですか? 」
アケルは枯れ木のような王へ詰めよる。
「新たな種族が他の種族を淘汰する。正にこの世の理。あれはいずれ、パンゲアから離れることもできよう。」
アルゴはそう言うと、ただにやけるばかりだった。アケルは拳を握り締め。
「馬鹿者が!」
強かにアルゴの頬をアケルの拳が打った。アルゴは床に倒れ伏し尚も嗤う。
「やったぞ。誰もにも出来なかった偉業だ。父よ、母よ儂はヒトをドワーフをまだ見ぬ種族を皆殺しにしました。」
そう言うと赤子のようにすやすやと眠りについた。呆れ果てたアケルは肩の弓を外し、戦士達と共にラディウスへ会いに向かった。
世界からパンゲアが消えていく。戦の跡、故郷の家、まだ見ぬ美しい世界全てが透明に成る。




