最終編 ⑤ 絶望の地
逆さまにした滝のように立ち上る黒壁は、船上からも見ることが出来、甲板に座り込んだエルフや兵士達は思わず見上げた。一方、ラディウスは高弟達と共にレイアの心臓が埋め込まれた大部屋で船の飛行を試みていた。大部屋にはエルフ王アルゴやドワーフのアルダが仲間達と監視するように、壁際へ等間隔に集まりラディウス達を含めお互いをにらみつけていた。
(食糧は心許ない。早く転移の目途を立てなければ。ドワーフは時折集まって何か話しているが意味が通じない会話だった。)
ラディウスはヒト語がわかるエルフの耳を恐れ、迂闊に思考を話すことが出来ない。ドワーフはヒトにもエルフにも敵対心を見せているが、何をしたいのかは全く解らない。すると大部屋に兵士を伴ってウリクセスが駆けてくる。
「弟子よ、ウリクセスよ、よくぞ戻った。ユニグラムの到着がやけに速いが引きつけは十分か?」
「外を見ておられないのですか。ユニグラムは壁のように結界へそそり立ち、我々を食らわんとしております。線路の突貫工事のお陰で私は死なずにすみました。」
「知らせは来た。現実味の無い様相に動揺していた。」
ウリクセスの答にラディウスはそう言うと、こちらへ向かってくるガタイの良いエルフを見て眉をひそめた。エルフはウリクセスへ軽く黙礼をすると、エルフ語で慇懃無礼に話し始めた。
「魔術師ラディウス、飛行船の塩梅は如何ですか?我々の中にも魔術師がいれば良かったのですが戦士しか居なくて、大変申し訳ない。こちらの方も初めて見ました。どなたですか?」
ラディウスは右眉をあげ小声のヒト語で「厚顔な奴らめ」とぼやく。
「今何と?」
エルフはラディウスの呟きに反応する。ラディウスはもう片眉もあげる。
「君たちの血は赤色だと言った。こちらの魔術師はウリクセスだ。船はもうすぐ上がる。もう話すことは無い。」
ラディウスの言にエルフは頷くとウリクセスへ顔を向けた。ウリクセスは1歩後ろへ下がる。
「魔術師ウリクセス、地上からきた生き残りよ、私は戦士アケル。短い航海になると良いな。」
エルフ、戦士アケルは流暢なヒト語でそう言うとウリクセスの返事を待つ。
「・・・・」
ウリクセスは沈黙のまま石のような無表情でアケルの目を見る。数秒後、アケルは首を振り「無駄骨だった。」とエルフ語で言うとアルゴの元へ大股で歩いて行った。ラディウスは不機嫌そうに作業を進めると、ウリクセスの肩を叩き二人は部屋を出た。二人はフカーフで鼻を覆い、破壊痕残る廊下を通る。
「王のお加減はどうだった?」
ラディウス唐突に口を開いた。
「相も変わらずですね。本当に何も変わっておりません。」
「そうか。」
ウリクセスの言葉を聞いたラディウスは深いため息をつく。二人は手すりが取り付けられた、らせん階段を登り甲板へ出た。結界の見えない壁に阻まれたユニグラムはピッタリと張り付いていたが、異変が起き始めていた。結界の淵から泥濘のような何かが入り込み始めた。空からも黒い塊が結界の内側へ降り始めた。あっという間に結界内は黒い海が出来、とてつもない悪臭が船上を襲う。あまりの悪臭は船内へ入り込みエルフ達は動揺した。船内はエルフの吐瀉物で溢れ鼻を覆ったドワーフ達がそれらを船外へセッセと運び捨て始めた。エルフ達は手当たり次第にカーテンやベッドの布地を切り裂き、端切れを口と鼻へあてがい覆う。その様子を見た騎士達はラディウスへ攻撃を提言するもラディウス勝利を確信できず、攻撃命令を下せなかった。アラストルが生きていればここでエルフとドワーフは船上で銃弾の雨に打たれ、ゴミのように投げ捨てられていただろう。甲板で悩むラディウスへ供を連れたアルゴが肩を怒らせて詰め寄ってきた。
「今すぐ、浮上しろ。もううんざりだ、浮上しなければ殺す!」
指を床へ突きつけアルゴはがなり立てた。騎士達が身じろぎし、アルゴの伴は矢筒へ手をかけた。ぐったりしていたエルフ達もピタリと動きを止めラディウス達を睨みつけた。
「勿論、浮上しますよ。あなた方が本当のことを言えばね。」
ラディウスの軽口にアルゴは怒りをあらわにして身体を震わせた。
「あんたら、竜母に何をされた。」
「おまえ達は予想がついているのだろう。わざわざ儂の口から恥を言えと?」
ラディウスはアルゴの力ない言葉を肯定した。
「儂らは竜母魔術で1年間操られていた。竜母の命令通りに動いた。歩き、飯を食い、排便まで。そして竜の山脈を抜け鉱山のドワーフを剣で皆殺しに、布や書類は念入りに燃やした。その後、儂らは鉱山内のユニグラムへ転移魔術を使用し儂の鏃を埋め込んだ。ユニグラムは何故か儂らを殺さず森を抜けていった。」
アルゴはそう語ると力なくうなだれた。ラディウスはユニグラムの動きを把握する。
「成る程、ユニグラムはヒュプリムから逃げおおせていたのか。その後、海を通って鉱山に、鉱山から再び海へ出たのか。」
そのユニグラムによる、当てずっぽうか、なんと無しに移動した経路に不気味さを覚えた。ラディウスはアルゴの眼差しに気づく。
「エルフ王アルゴ、承知した船を浮上させよう。」
アルゴは再び目を甲板床へ向けた。
ラディウス達は大部屋で装置を起動し、貼り付けられたレイアの心臓は拍動する。突然の浮遊感にラディウスは床へ倒れ込み、ウリクセスは装置へ取りつき装置を制御する。飛行船は遺跡群を離れ、空を飛び、結界は船を取り囲むように収束する。聳えるユニグラムをかき分け飛行船は清浄な空へ飛び出た。甲板から降りてきたアルゴは大喜びでラディウス達を称えエルフ達と共に部屋に引っ込んでいった。各種族はバラバラに船内で固まり、船倉の付近でお互いを牽制し合っている。ヒトは小銃を担いだ兵士達が船倉入口を監視し。ドワーフはフラフラと船倉へ続くエルフの戦士が寝転がる通路を行ったり来たり。一触即発の空気が漂う。飛行船の下には真っ黒なユニグラムの身体で大地は満たされ、その巨体は遙か遠方まで続いているため、エルフとドワーフ族全員の目には船倉の食糧がどの宝よりも輝いて見えていた。ラディウス達も船倉へ牽制をしつつ誰も居ない甲板へ騎士達と共に出ていた。飛行船には風が流れ鳥ははじかれる。ラディウスは強風に顔をしかめ騎士達に相談する。
「転移魔術は発動できる。しかしながら発動には竜母の心臓が必要になるのだがその間は当然船の結界は消え落下を始める我々200いや198人を転移させる時間は一時間も掛かる。」
一人の騎士が声を上げる。
「我らの宝剣はどうです結界の維持に役立つかと。」
ラディウスは考え込み船の下を見ると、ユニグラムの身体が僅かに隆起し、小山のように膨らみピタリと船影についてきている。
「とてつもない執念、王は無事なのか。」
同様に追走するユニグラムを見た騎士が呻く。ラディウスは宝剣の転用を考えていたが首を振る。
「ダメだ。陛下がアラストル殿へ下賜した宝剣でなければ。皆の宝剣を束ねても結界の維持は10分程度だろう。」
「では。誰が転移するのかを決めよう。」
騎士の声にラディウスは悩む。
「我々騎士は残る。ラディウス殿、魔術師は20人の勇敢な兵士達と共に転移して欲しい。いずれ此処に戻り我々の剣を拾って貰わなければなるまい。」
胸を張った騎士がラディウスの肩を叩く。このやり取りをドワーフのアルダはらせん階段裏の掃除用具入れに隠れ、流れる風から聞いていた。
(心臓で転移か、私は必ず生き残る。エルフ共に情報を流して殺し合わせてやるか。)
アルダは目玉を血走らせ干し肉の欠片を口に放り込むと、掃除用具入れの床を外し階下へ降りていった。
ユニグラムが結界を取り囲んでいた頃、将軍アイアスはエルフ国への道を引き返し野営跡へ向かっていた。魔術師ラーテスも一団へ同行し、車輪を履いた大きな箱を兵士達と共に引っ張っている。駆け足で切り通しを抜けた彼らはエルフに変化する事は無く、よどみなく道を進み続けた。一団は殺意を纏い休み無く行軍し昼間には野営跡へ到着した。放置した死体は鼠に食われたのかバラバラに散乱している。アイアスは無意識にレグルスをその中に探した死骸を眺めたが、すぐさま先日の発砲先へ宝剣を片手に向かう。
(王は死んだのだろう。生きていれば真っ先に先頭へ躍り出て、覇気と狂気を持って命令を下すはずだ。王は何をなしたかったのか、何を見ていたのか最早どうでも良い。最早、何もかもどうでも良い。この行軍に報酬は無い、命さえも。)
アイアスは無念であったが、何か爽快で気が軽くなった。彼の耳に北側で調査していたラーテスの叫び声が聞こえた。
「血だ。乾いた血が続いている。幻で隠れていた!」
アイアスは兵士達を押しのけラーテスの元へ向かう。ラーテスはアイアスを見付けると。
「襲撃者は幻で血と足跡も隠していたようです。そちらを。」
ラーテスは血と巨大な五本指の足跡を指さした。足跡は兵士一人の背丈程の大きさで乾燥した泥が砕け、拳程の深さを作っていた。アイアスは興味深く足跡を観察した。
「猿か?これは左足のようだが、右足は?」
アイアスが問うと、
「まだ見つかっておりません。山のような体躯であることは疑いようもありませんが。血痕を辿り、幻を使う何かを狩りましょう。」
ラーテスは返答し、しゃがみ込むと足跡向きを遡るように幻を解き始めた。しかしながら、ラーテスの幻の解除は遅々たるもので、焦れたアイアスは追加の魔術師を呼びに兵士を走らせる。日が暮れる頃には、アイアス達は野営跡から北へ真っ直ぐに進んだ森へ入り込んでいた。森の入り口に国旗を掲げ、アイアス達は灯りを持ち森へ入り込んでいた。暗夜の森の奥を猛獣の声が駆け回る。アイアスは小銃の真鍮製のレバーを撫で森奥へ向かう。森を橙赤色の群がさざ波のように進む。ラーテスは騎士達と共に森の入り口で待機し指示笛を腰に下げると、彼は油断なく森を見つめて水を飲んだ。
アイアスは慎重に森を駆ける。咆吼は止み、森の中を虫の声と草を踏みしめる音が絶え間なく鳴る。アイアスは突然流れてきた腐臭に足を止め、後続の兵士達も同様に驚き彼らはスカーフを顔へ巻いた。木の枝分かれの根元からエルフの物なのか、肉が少し巻き付いた頭蓋骨が大量に詰められ、幹の根元には乾いた血がこびりついた背骨が転がる。木の幾本かは押し倒されて木の葉が散乱しており、折れた根元は少し乾いている。アイアスはたかる蠅を払い除けながら更に奥へ進むと、木が組み上げられ作られた横長のドーム型の建築物が鎮座していた。兵士達とアイアスはその建築物へ警戒しながら入る。中には家が4軒程すっぽり覆るほどの大きさであり、床一面に葉が敷き詰められていた。部屋の端には糞尿が固められ、大腿骨のような骨が床を転がっている。アイアスは顔をしかめ建物から出ると兵士達に命令する。
「この化け物の家に火を放て。拠点へ戻るぞ。」
たちまち巨大な建造物は燃え盛り異臭を放った。
ラーテスは聞いた。真っ暗闇出会ったが、森から飛び出て走り出す何か大きな音が。転がるように盆地へ向かって行くそのように聞こえた。すかさずラーテスは腰の笛を力一杯に吹き鳴らし、笛の音が木の葉を揺らした。しばらく経つと、橙赤色の灯りが小刻みに揺れ息を切らしアイアス達は森の入り口に走り着いた。
「何か大きなものが盆地へ。急ぎ戻りましょう。」
ラーテスはそう言うと盆地に向かい全力で走り始め、アイアスも兵を率いて彼に続いた。彼が盆地へたどり着いたのは翌朝だった。盆地は巨大な足跡が点在し凄惨な光景が広がっていた。設営を終えた天幕は剥ぎ取られ血はあらゆる物を染めており、同胞達の死体があちらこちらに転がっていた。アイアスは急ぎ足で異臭を放つ食糧を確認し、彼は震えた。
「全滅だ!食糧が全てやられた!」
食糧はバラバラに叩き壊され糞がまき散らされていた。アイアスは怒りに震える。
「あの野郎。あいつを食ってやる。」
アイアスは地面を踏みしめ悔しがった。
一方、ラーテスは兵士達と共に天幕を周り、兵士達の荷物をあさっていた。鞄から菓子や軽食を取り出し未使用のゴミ入れへ入れていく。ラーテスはかさばるメッセージカードを投げ捨て菓子を袋へ放り投げ、次々に回収する。騎士達は襲撃を警戒し、他の兵士と共に拠点内を回っていた。一頻り激昂したアイアスはラーテス達と合流し、壊れた天幕を繋げ何とか天幕を作りその中へ食糧を詰め込み、周囲の警戒を始めた。
寝ずの番で小さな天幕を守り、僅かな食糧を細々と食べ、時折寝床へ投げられ入れられる腐った肉に悩まされた。その様な状態が一週間ほど続いた。支度を終えたラーテスは天幕の外で背もたれが欠けた椅子に座るアイアスへ近寄る。
「騎士は王国を護る。騎士はヒトを護る。これは何だ、ん?」
ラーテスへアイアスは問うがラーテスは答えられない。
「我々は何も出来ず。訳がわからない化け物に翻弄されて壊滅状態だ。我々は何をしにきたのだ?ここで管を巻いて何日経った?竜王は来ず、ユニグラムも来ない。要塞に戻るべきだ。」
「無理ですね切り通しが崩れて道が無くなっております。もうすぐあの化け物もしびれを切らすのでは?」
ラーテスの返答にアイアスは「そうだと良いが。」と返し弱々しい笑みを返すと、アイアスは小銃を抱えて地面に寝転がる。ラーテスは魔術具の入った箱を押し、天幕の中へ入れると兵士達と共に食事を始めた。




