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最終編 ④ 迫る死

 アイアスを戦闘にスペンサ王国軍はエルフ国の王城プラキドゥスを目指し、細い戦列を組んでコルキスの森を発った。荒廃したエルフの街には、腐敗臭が漂うがハエもまだ止まっていない鮮血を流す矢傷を負ったエルフの死体ばかりが転がり、その幻影は戦列を組む兵士達を気味悪がらせた。舗装された道は所々陥没し王城までの道程は長く、道半ばで当たりは真っ暗になった。

「人型には撃つな。ここで野営する。」

アイアスが声を張り上げると、天幕や食事の煙が立ち始める。エルフ国を覆う幻惑は馬を恐れさせたため荷物を騎士や兵士達が担いで行軍していたため、皆疲労困憊だった。鎧を外したアイアスが一人で干菓子をつまんでくつろぐレグルスへ向かう。

「王よ、お一人で。」

「上着を脱いだら誰か解らんのだろう。」

「その食べ方で解ります。」

不思議そうにレグルスは眉をひそめ、小袋を漁る。

アイアスは未だに納得できない疑問をレグルスへ問う。

「本当に、戦車は連れて来られなかったのですか?王城まであと2日はかかります。要塞を空っぽにして行軍し、王城や魔術塔が無事である可能性は低いと王も思われているのでは。この荒れ果てた都市群はその証明です。要塞に戻りそこで竜王を迎え撃ちましょう。装甲船以上の厚さの鉄板が竜王を弾きます。」

レグルスはつまみ上げた菓子を小袋へ戻し、アイアスを見上げて首を振り答える。

「将軍であり、騎士でもあるアイアスよ、それでは引き返す理由にはならない。戦車は王都に置き立ち寄るだろう竜王の相手をさせる。余は時間を稼げる場所に行きたいのだ。王都や大都市が並ぶ南はユニグラムへの足止めにするつもりだ。余や魔術師達はユニグラムを倒す方法が思いつかない。転移魔術による異界世界への転移事故を故意に起こす。その時間を稼ぐ。」

「王よ、生き残るためですか?貴方は自分だけが助かろうと思っているのか。」

アイアスは王の考えに動揺し、顔に血がのぼる。

「余は死にたくない。おまえ達も余と同じく助ける必要があるとも考えている。異世界へ確実に逃げるために必要な事なのだ。アイアスよ、お前には想像力が足りない。魚が全くない、木々も食い散らかされている。最早こんな世界に価値はない。」

「祖国を愛する気持ちは同じであると思っておりました。」

レグルスのずれた言葉にアイアスは唖然とし棒立ちに足元の砂利を眺める。アイアスの心臓は鳩のように速く目の前が真っ赤に染まる。

「祖国への愛はある。愛と事実は切り離して捉えるべきだ。竜母さえ居なかったら、エルフ達をもっと早く絶滅出来ていれば状況は変わったかもしれない。だが、そのようなことを妄想するのは現状を打破するための手段でしか無い。」

レグルスは砂利を蹴飛ばしながら立ち上がり、アイアスの瞳を下から覗き込む。アイアスは黙り込みその目を見返す。

「最早余裕は無い。撤退は許可しない。」

レグルスはそう言い残し、給食を受け取りに湯気立ち上る調理場へ向かっていった。その背をアイアスはジッと見る。

「騎士は道徳と誇りを持って王国の正義を成す。私はヒトを護る。」

アイアスは怒りに溺れ三日月のように歪んだ目で己の腰に下がる宝剣へ向けると、その柄を握りしめ呼吸を整える。地面の砂利の粒が赤と青い輪郭に浮き上がり、歯は噛み合わされポップコーンのようにはじけそうだった。


 翌朝、夜明けと共にアイアスは戦列を組ませ再び王城を目指した。通り過ぎる都市群はどれも同様な様子で殺し合いの後が残り、その壮絶さはヒトへの憎悪をアイアス達へ知らしめた。再び日が暮れ野営が始まる。兵士達は幻で変わった仲間達に慣れ、お互いが誰なのか理解し始め一日目とは打って変わり戦友と盤上遊戯や音楽を奏で、辺りは弛緩した空気流れる。魔術師達は野営地で出来る魔術検証を続けており、レグルスは自分の天幕からボンヤリとその検証を見ていた。

 ふと、レグルスは小腹が空きパンを貰いに天幕を出た。やや冷たい風が顔を洗いレグルスを目覚めさせる。野営の喧噪の中レグルスは調理場へ着くと中を覗く、釜はしまわれ調理当番達がカードゲームに興じている。暖かい湯を貰ったレグルスは踵を返し天幕へ向かうが、その道中石礫が飛来し彼の頭部を爆散させた。頭部を失ったレグルスは湯を持ったまま倒れ伏しピクリとも動かなくなった。石礫は次々に野営地を襲い、温和な間はたちどころに戦場となった。兵士達は闇雲に礫を放つ何かへ発砲する。小銃から吐き出される炎は川のように流れ、辺りは硝煙の臭いが立ちこめる。傷ついた獣の咆吼が響き渡る。アイアスは荷物をまとめさせ強行軍を始め、転がる死体だけがその場に取り残され、その中には通路脇にどかされたレグルスもいた。レグルスは死んだ。誰も彼だとはわからず死体は捨て置かれ鳥獣の餌、或いはユニグラムに取り込まれるだろう。

 アイアス率いる軍は疲弊しながらも遂に盆地へ入ると彼らに掛かっていた幻影はたちどころに消え失せた。しかしながら、彼らは廃墟となった城、へし折れた魔術塔やお盆のようにひっくり返った神殿の屋根が散乱し、方々に見える屋敷群も無事な物は無い惨状に目を見張る。

「エルフじゃ無い。此処に昨日の獣が居たんだ。」

アイアスへ付いていた騎士が呻く。アイアスは叫ぶ。

「王!王レグルス!」

アイアスは戦列を走り回る。兵士達も王を探すが見つからない。アイアスは拠点設営を命令し魔術師達はへし折れた魔術塔へ向かった。拠点設営のための資材を運び込み兵士達が続々とこけ、アイアスはいぶかしんだ。彼は兵士達がこけた箇所へ手をかざすと、彼の手は土の中に埋まるが手には土が着かなかった。アイアスはのどを震わせ、

「我々はまだ幻を見ている。」

と言うと騎士10人と兵士1000人を連れ来た道を引き返した。

「血を探せ。幻の中に合われた何かは幻の元凶である。」

アイアスは憶測ながらそう宣言し、滾る戦意を全身に漲らせた。


 一方アルファードは結界から転移してきた魔術師と共に最小限の軍隊を東の海に展開し列車に乗って結界へ向かい北上していた。

「速いですな。これなら今日中にでも到着できましょう。それにしても大砲の数が心許ない、ユニグラムの気を引ければ良いのですが。」

魔術師はナッツを齧り、水を一口飲むとそう言った。

「仕方が無い。竜王との戦いでの出兵が痛かった。あれが無ければ十分な布陣は出来ただろう。ユニグラムがこちらに食いつく、食いつかないに関係なく結界の船が手に入れば私は用無しだ。君は結界内へ入り本国の意を伝えて欲しい。私に残された道は力の限りユニグラムの勢いを殺すことだ。」

アルファードは列車の窓から外を眺め静かに言った。そこへ給仕兵がカートに皿いっぱいの豆スープと焼きたてのパンを持ってきた。二人は給仕兵に感謝を告げると黙々と食べ始める。

「・・・」

魔術師はスプーンですくった豆のスープを、スプーンを皿へ押し付けることで豆以外を除く。千切ったパンへ豆を綺麗に並べ、上からスープを垂らしかぶりつく。それを見たアルファードも不格好に豆とスープを千切ったパンへかけかぶりつき、飲み込むとニヤリと笑う。

「魔術師ウリクセス殿だったな、下品だが、旨い食べ方だ。」

ウリクセスは目をパンからアルファードへ向け無言でうなずき咀嚼し飲み込むと、

「作る過程、達成感、味で楽しめます。」

と答える。アルファードは黙り青々とした大地を見る。空には雲が何も知らずに浮き上がり、憎らしいほどの良い天気がこれから失われる世界を照らす。アルファードは東部の海の思い出を、思い起こしつい口を突いて出る。

「儂には孫が二人居て、夏によく王都の家に遊びに来てくれていた。東部の海で竿の付いた網を2本持って小さな魚を採って遊んでいて。その時、上の子の竿が折れてな、それでもあの子は魚を採っていて。魚は皆、海に帰したが蟹も一緒に採っていて。それは持って帰ってスープにした。その海の沖にはもう魚が居ない。一部では水が濁って近くを通るだけで危ないらしい。」

「・・・そのスープは美味しかったですか?」

ウリクセスの問にアルファードは微笑み「勿論」と答えた。


 列車は結界へ続く竜の道へさしかかり停車する。竜の道は紙をつまんだように歪み物理的な距離が実際の距離と比べ遙かに短いのだ。歪んで盛り上がる山道を見たアルファードは設営されていた拠点へ入り指揮を執る、ウリクセスは馬を駆り結界へひた走る。馬はこれ以上無く速く、ウリクセスが乗ったどの馬よりも速いは風になり彼を運ぶ。ウリクセスの出発を聞きアルファードは頷き拠点にあるガラスに包まれた板を見ると溶け出すように無から赤い実がこぼれ落ちた。アルファードは猛々しい太い声で、

「ユニグラムが海上に現れた!こちらに食いついたぞ!」

と宣言した。しかし、次々と実がこぼれ落ち始める。ユニグラムが驚くべき速さで北上し向かってきている。アルファードが更に声を上げようとすると。大砲の轟音が天幕の外から轟くと、瞬く間に静かになる。

「応戦しろ!!」

アルファードが叫ぶと、天幕外の大砲が砲撃を始める。アルファードも他の兵士達と共に大砲へ向かい、天幕の垂れを引きちぎらんとする勢いで彼らは外へ飛び出した。だが、アルファード達の目には既にユニグラムが写っており高波のごとき速さで猛然と突撃してきており、大砲まで間に合わない事を悟ったアルファードは腰から拳銃を引き抜き、ユニグラムへ発砲する。ユニグラムの波は拠点を粉砕し、列車を解体し竜の道へ入り込んだ。ウリクセスは竜の道を駆け抜け、飛び込むように結界へ入り込む。ウリクセスの駿馬は結界に入れずユニグラムに飲み込まれた。結界へたどり着いたユニグラムは、見えない何かで仕切られ結界内へ入れず結界を取り囲んだ。結界内は昼であるにもかかわらず夜のように暗く遙か彼方に青空が見えるばかりである。ウリクセスは結界に鎮座する飛行船目がけて走り出した。

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