最終編 ③ 結界へ 後編
レイアは流れる雲のように駆けた。重い足音が種々生え揃う草花を蹴散らし、結界に鎮座する船へ向かい、レイアは一足で蝗虫のように船上に飛び乗った。開けた甲板に人気は無く辺りは静まりかえっている。レイアの目は甲板の中央に設けられた、船を貫くらせん階段へ向く。レイアの傷口から垂れる血が船上を流れ傾斜のある甲板を流れ甲板から流れ落ちる。レイアの目には階段が拍動するように見え、彼女は指の欠けた腕を向け握りつぶすように拳を握り込んだ。
船内に隠れたエルフ達は方々の部屋で息を潜め、矢をつがえ、身じろぎをしない。ラディウスは3人の兵士とらせん階段の裏へ隠れていた。他の騎士や兵士達は部屋に仕掛けを施し通路の見張りをしている。小さなきしむ音が反響して隠れた彼らの耳へ響くと、ラディウスと兵士達の鼻腔へツンとする酸っぱい臭いと魚のような生臭い臭いが漂ってきた。ラディウスは呼吸を浅く、音の方へ目のみを向ける。レイアの唸る獣のような呼吸が船中を響く。濡れた木を床に擦るような音を立て、レイアはらせん階段を下っていた。ラディウスの隣に隠れた兵士はつばを飲み込もうとしたが止めた。やがて、階段を下りきったレイアは憤怒に燃え、真っ赤に染まった目玉を暗闇に浮かべる。船内を走る暗黒の通路は悪臭と怒気で満ち、地獄の鬼が降臨した様相を呈する。
その時、扉を軋ませドワーフのオニールが廊下を出た。レイアはオニールを無視し、ゆっくりと船内を進む。オニールは更に2回、3回扉を開け閉めする。レイアの腹部、アラストルの斬撃痕へエルフの矢が音も無く飛来し突き刺さる。更に扉が開け閉めされ、その音に合わせ部屋を出た騎士がレイアの背後へ忍び寄る。矢を射られた痛みがレイアから冷静さを奪う。更に矢が飛来する。レイアの足元は血で濡れ、彼女は思わず後ろへ下がる。レイアの背後が光り、騎士が醜いトカゲを両断せんと宝剣を振り下ろした。光を目の端に捉えたレイアは必殺の斬撃を避けようとするが、更に飛来した矢が大きく裂けた左腿へ肉をかき分け入り込み、逃げの手を塞ぐ。光る宝剣はレイアの背を照らし通り抜ける。宝剣はレイアの背を抉るが致命傷には到らない。騎士の握る宝剣は輝きを失い、脱兎のごとく騎士は通路を走り抜けていった。レイアは振り返らず腕を唸らせ背後の騎士へ叩きつけるが、空しく薄暗い通路を崩壊させる。事態を打開するため、レイアは痛む脚を無視し通路を駆け抜ける。隆起した太腿が床へ叩きつけられると床が砕け、破壊音が鳴る。更に飛来する矢はレイアの背の傷へ入り込む。レイアは手当たり次第に扉を叩き壊す。5枚目をレイアたたき壊すと部屋が爆発し、彼女は向かいの部屋へ吹き飛ばされると部屋は吹き抜けのようになっており、宝剣を握った騎士が2人彼女へ降る。レイアは扉をはねのけ騎士と対峙するも警戒のあまり騎士達へ目をやるばかりである。エルフの矢は導かれるようにレイアの切株になった腕へ飛来し、柔らかな断面へ刺さり彼女は思わず声をあげ、騎士達はすかさず輝く宝剣で斬りかかる。袈裟に振り下ろされた一刀をレイアは身を翻して避けるも、そのしどろもどろな動きは完全に読まれ、距離を測っていたもう一人の騎士の宝剣のしのぎが彼女の頭蓋へ叩き込まれる。レイアは痙攣し残る力で脳天へ宝剣を叩き込んだ騎士を蹴りつけると、関節が摩耗した人形のように脱力した。竜母レイアは宝剣を握り続ける腹部が吹き飛んだ騎士と共に崩れ落ち絶命した。
部屋には魔術師が兵士を伴って集まりレイアの死体を乱雑に持ち上げ船内を進む。エルフやドワーフも彼等へ続き、永遠と続く廊下を彼らがしばらく運んでいくと、開けた大きな部屋へたどり着いた。ラディウスは荷物を広げ、大部屋の壁をいじり回していた。先導する騎士がラディウスへ到着を知らせると彼は喜び、
「良し、それから心臓を取り出してこの壁に取り付けられた管に穴という穴を繋げ。この船は飛べるようになるぞ。」
とラディウスは上機嫌で言うと部屋で作業する魔術師へ駆け寄り指示を出し始める。エルフ王、アルゴは大股でラディウスへ歩み寄る。アルゴは壁の珍妙な装置を眺めラディウスへ問いかけた。
「儂はお前と同じく心が晴れた気分だ。紅珠の騎士の戦も見事であり、騎士とは護国の剣であると確信できた。我が国も見習わなければなるまい。だが、聞かなければならないことがある。何をしている。竜母の死は歓迎するべきだが、結界は消えないのか?」
「疑問はもっとも、エルフの王よ。我々はこの船を飛ばす仕組みを見つけた。その動力源に竜母の心臓が必要なのだ。あの心臓が装置に取り付ければ結界は復活する。」
ラディウスの返答に悩んだアルゴは、
「ではいつ発つ?」
と質問を更にラディウスへ投げかけ、ラディウスは「合図が来たら直ちに。」無雑作に返答し機器をいじくると立ちあがる。
「エルフ王、アルゴよ、貴殿らの元へ竜母が現れてからどれ程だ?」
アルゴは即答する。
「3年程前に竜王の使者と言って転移符を大量に持ってやって来た。来るヒトとの戦争に助力せよと。あれは竜王の使いでは無い事はすぐにわかった、あの欲深な女のことだ、息子の話を盗み聞きして使者をつけ回して殺したのだろう。浅ましくなんと罪深いことか。儂も魔術師達も転移符の価値に飛びつき、あの女は2年間我が国に居続けた。」
ラディウスはアルゴへ感謝を示し、興味深そうに続きを促した。
「それから儂らは結界を目指しはるばるここまで竜の抜け道を通って一年掛けてやって来た。恥ずべき事に道中の海岸に侍るユニグラムへ転移符を使ってしまったのだがな。」
なるほど、とラディウスは結界の位置とレイア行動に納得しつつあった。
(うろこに覆われた巨船に遺跡群に生えた草、レイアの高速移動、転移魔術の知識の
先にユニグラム)
「ユニグラムは2体居るのか?レイアがユニグラムの1体を作ったのか?」
ラディウスの呟きへ「エルフ語で話せ」とアルゴがわめいた。
ラディウス達が結界で待機を始めてから1週間後、レグルスはコルキスの森の岸辺へ軍と共にやって来ていた。鬱蒼と茂っていた森は伐採され、装甲船すら通れるだろう道が出来上がっていた。エルフ討伐を指揮していた将軍アイアスがレグルスの元へ走り寄る。
「恵みの森はエルフの母では無かったか。アイアスよ、長い苦難を耐えよくぞ道を切り開いた。」
アイアスは礼をすると、
「王よ、問題が起きております。エルフ達が盆地へ繋がる都市部で殺し合っているようです。あの先は血に塗れ、見窄らしい廃墟しかありません。」
と異様な状況に額へ汗を浮かべ述べる。レグルスは何か思いそうと上へ目を向ける。
「今もか?」
レグルスはアイアスへ問う。
「今、正に。魔術師の言によれば幻術が森を境にエルフの国に展開されていると。コルキスの森を抜けた兵士達によればお互いがエルフに見えたとか。悪辣な物です。」
「それで殺し合うのか。エルフはやはり奇妙な種族だ。要塞へ向かおう進軍準備だ。エルフ以外の何かが先に待ち構えている!」
アイアスの答にレグルスは快活に反応すると皆を伴って森内の要塞へ入っていった。
要塞に着いたレグルス達はユニグラムや竜母の動きに関する情報共有を行っていた。
「竜母の目的は何ですか?私には全く解りませんな。」
アイアスは頭を悩ませる。魔術師達の幾人かも同様に頷く。1人の魔術師がレグルスへ顔を向け意見を言う、
「王よ、ユニグラムは2体いて2年前に王に倒された一体とエルフ国で作られた一体が居るのではないでしょうか。」
レグルスは頷き「可能性としては十分にあり得る」と答えた。
「だが、エルフ王の言には違和感がある。一年前には少なくとも竜母とエルフは接触し、ユニグラムについてもいくらか理解しているようだ。であればすぐに出発するはずで結界へは竜の道を通ったのであれば1年経たず到着し生活を始めているはずだ。にもかかわらず、エルフの物が結界内に無い。エルフだけ遠すぎるのだ。竜母の魔術に操られてエルフ王アルゴは竜の道を通って竜王国へ行き、そこでユニグラムを巨大化させたとは考えられないだろうか?」
レグルスの案を聞いたアイアスは目を瞑り、「竜母レイア、アラストルの宝剣、騎士達の宝剣に討たれますように」と呟いた。アイアスは席を立つ。
「王よ、ユニグラムの話はここらに現状の打開策についてです。強固な心を持つ我々は隣の同胞が化け物になっても戦列を崩す軟弱者はおりますまい。」
と言ったアイアスは岩のような拳を手のひらへ当て、
「隊列を組み化け物の正体を探りましょう。このままではユニグラムに背中を襲われます。」
拳が手の平を打ち破る様を見たレグルスを含む全員は同意し編成を決め始めた。




