竜王国編 ⑤ 巨竜赫く
竜ラドンの巨体が月明かりを受け、大きな影が雲のような速さで悠々とアルビオンへ飛来する。騎兵隊は、そのエルターニンよりも一回り大きい竜の力強い羽ばたきへ恐怖し、脱兎のごとくカナイの丘へ向かって撤退を始めた。ラドンの大門の如く開かれた大口から死の熱波が放たれる。熱波の奔流は巨大な舌のようにうねり、叩きつけ。ラドンの怒りがアルビオンをなめ尽くした。熱波はアルビオンのへ転がる死体と建物をバラバラに焼き飛ばし、騎兵隊の背を焼く。
その業火はカナイの丘からも見え、死にかけたエルターニンの目にも映った。エルターニンは立ちのぼる父ラドンの炎を目にすると、残った右翼、左足、尾を気が狂ったようにばたつかせる。しばし暴れ、疲れたエルターニンは翼を支えに尾と足で立ちあがると、言葉にならない慟哭の声をあげる。父の炎は見る見るうちにボヤリボヤリと、球のように丸くなり眼下へ移ろう。エルターニンは愛する女性が母レイアではなくヘレナであった事を悟り、深い悲しみに包まれた。ラドンは息子の慟哭を聞きくと身体をすぼめエルターニンへ突撃した。
「エルターニン!つまらん人形遊びはもう終わりだ!」
空を切りエルターニンのグラグラな頭部へラドンの太い足が突き刺さる。エルターニンは反応も出来ず大地へ叩きつけられ鱗が砕け飛び散る。土埃はもうもうと立ちこめラドンの燃えるような瞳が爛々と憎悪で輝く。ラドンは鋭い歯を剥き出しにエルターニンへ顔を近づけると、
「この愚か者めが! お前にはうんざりだ!あのアホ共に拘い、剰え儂を魔術で封印しおって!お前は息子では無い、ここで殺してくれる。」
ラドンは弱り切ったエルターニンの頭蓋を鷲づかみに、何のためらいも無くハンバーグのタネをこねるように握りつぶした。ラドンの足指からエルターニンの目玉、脳漿、肉諸々がはみ出る。ラドンは汚れた足をエルターニンの遺骸で拭う。ラドンの頭上には砲弾が雨のように曲射される。戦車を吹き飛ばす程の追い風がラドンの背中を押し、彼は羽ばたかずに空へ飛び立つと砲弾を回避する。砲弾はエルターニンの遺骸へ命中し傷口の肉が弾け飛んだ。ラドンは更に羽ばたき雲を抜け、溜まらぬ開放感に身を震わせた。地上のスペンサ王国軍は風よりも速いラドンの飛行によってラドンを見失い、大急ぎで望遠鏡等による捜索を行っていた。風を纏ったラドンは雲の中を移動してスペンサ王国軍へ魔術による雷を落とし始めた。光の根は逃げられなかった兵士や竜王国を飾る木々を燃やし、地は電気を帯びた。兵士達は地面へしゃがみ込み、必死に逃げる。遠方の魔術師達は埒があかぬと【魔力誘導爆弾】を放った。爆弾は奇妙な発光と共に空高く打ち上ると、空を切って雷雲へ向かう。スペンサ王国軍は広く布陣すると雷雲から離れた大砲から、砲弾が再び雲から顔を出し兵士の位置を確認するラドンを狙う。
遅々として減らないヒトの兵士達に業を煮やしたラドンは雲を割ってヒトの群れへ巨大な砲弾となって突撃した。応撃のドンリ型の砲弾がラドンの腕や翼をかすめ、ラドンのエルターニンよりも薄い鱗を傷付ける。神速のラドンはヒトの群れへ飛び込むと、ヒトの脆い体は寒天のように粉砕され真っ赤な血の大花が大門前の平原に咲いた。鋭い二股の尾は兵士達の胴という胴をいとも容易く食いちぎり、兵士の上半身は空へ飛ばされる。振り下ろされるかぎ爪は圧倒的な速度と鋭さを持って、高級肉をかみ切るように騎士の鎧を両断した。ラドンは羽ばたき、滑走を続け血の大河はカナイの丘まで続いた。しかし、丘にたどり着いたラドンが丘向こうを覗くと、黒々とした波即ち、ユニグラムが怒濤の勢いでカナイの丘へ迫っていた。彼は驚きのあまりそのまま空へ飛び上がり思わず呟く。
「津波だと?こんな内陸に?あり得ない、これもヒトの。何とな!」
飛び上がるラドンが言い終える前に、彼の眼前に【魔力誘導爆弾】が飛び出してきた。爆弾の側面には魔術師が戦車の原理で取り付けられ、魔術師が停止しない限り、追尾性能が向上したこの爆弾はラドンを追い続けるだろう。異様な爆弾へ危機感を覚えたラドンは慌てて空を曲がり、爆弾を回避する。ラドンは己の背を追う爆弾から逃れるため大門へ向かう。ラドンは開け放たれた大門をくぐり抜け廃墟となったアルビオンを縫うように飛ぶ。爆弾はラドンを追尾し肉薄する。エルターニンの城へ差し掛かった頃合を見計らい、ラドンは全身へ更に風を纏い、空で円を描くように飛び、飛来する爆弾の背面を取る。すかさず竜の伊吹を爆弾へ浴びせると、爆弾はボロボロに融解すると崩落した城へ星のように流れていった。ラドンはヒトを殺すためカナイの丘へとって返した。
カナイの丘では迫り来るユニグラムへ、一斉攻撃が行われていた。雨あられと砲弾は空を飛び、ユニグラムの巨体へ命中する。ユニグラムへ炸裂した弾は汚物のような身体を弾き飛ばすが、聳え迫り来る巨体にとっては津波へ小石を投じるように意味は無く、ユニグラムは田を走るハーベスターのように次々と兵士達を飲み込み始めた。大門付近の兵士達はアルビオンの廃墟へ入り込もうとするも大門からは、熱波を放つラドンが彼等へ突撃する。ラドンは己の吐く炎へ包まれ空気を切り裂き、ユニグラムへ突撃した。ラドンの背後には業火に焼け焦げ、暴風にちぎられた兵士達の死体と破壊し尽くされた大砲等の兵器が散らかされる。両者は衝突した。衝突の打撃でユニグラムの巨体を波紋が走り身体を歪ませる、燃えるラドンは聳え立つユニグラムへ大穴を穿つ。炭化した破片が剥離し、未だ湯立つユニグラムの大穴からはエルターニンの廃城が静かに佇む。ユニグラムを通り抜けたラドンは違和感を二股の尾から覚えると、そこへ熱波を浴びせた。鋭い尾の1本が根元から崩れ落ちる。
ラドンはユニグラムの上空を取ろうと飛行高度を上げ、彼の影は永遠と海から続くユニグラムへ影を落とす。ラドンの真下から無数のユニグラムの触手が針のように一直線に彼へ襲いかかる。ラドンは羽ばたき上昇し、ユニグラムの触手が追走する。ラドンは風の魔術をユニグラムの触手へ放ち、見えない魔術は電子レンジへ入れたベーコンのように触手を焦がし、縮れさせた。再生した触手が再び垂直に上昇するラドンを追うも再び焦げ千切れる。ラドンは雲を越え、聳え立つユニグラムを押さえつけるように業火が天空から打ち下ろされた。ラドンの炎によってユニグラムの巨体をスルスルと解くように走るが、巨体を解体するには至らない。ユニグラムの巨体へ空いた大穴はきれいさっぱり修復され、更に勢いを増した触手が大空を迂回するように雲を突き抜けラドンへ殺到する。ラドンはトビウオのように雲から雲へ飛び込み触手を避け、迫り来る触手を風の魔術によって炭化してユニグラムから離れるように難を逃れる。ラドンからユニグラムの巨体は遙か彼方であったが、ユニグラムの操る貪食な触手は枝のように分かれて空を覆い、ラドンを天と地で包む。
ラドンはユニグラムの巨体へ向かって翼を閉じ槍のように細くなり、全身を魔術の風が押し出す。ラドンは更に、更に速く空を切る。体表の塵が摩擦で燃え、ラドンは耐えきれず目を閉じ、ピタリと閉じた口の端から炎が流れる。追いすがる触手はラドンの後塵に置き去りにされ、彼の尾から延びる炎で炙られた。山のような巨体の中腹へ流れ星が衝突する。燃える遊星は砕け、山から炎が噴き出し、ユニグラムの巨体は半ばから千切れ大門へ衝突し、腐臭の沸き立つ肉の波はアルビオンを押し流した。ユニグラムは先に進むこと無く、一目散に海へ逃げ戻る。
ラドンとユニグラムの戦いから一週間後、早朝にレイアは竜の山脈に在る彼女しか知らない秘密の抜け道を通って竜王国王都アルビオンへ来ていた。レイアは想像を絶する破壊痕とユニグラムの遺骸に驚きドワーフ達を探し始めた。レイアがドワーフを探し数時間後臭いに耐えかねた彼女は、今まさに鉱山から立ち上り始めたたき火の煙を見つけた。煙の元には23人の疲れ切り、汚れた衣服のドワーフが細々と骨組みとなったベッドや切り出した丸太へ座り込み、青臭い煮汁を飲んでいた。その様子を見たレイアは怒りと侮蔑に目を細め鼻をつまんだ。彼女は様々な感情が沸き起こったが、それらを飲み下し、天を仰いで流暢なドワーフ語で言うには、
「ドワーフ達よ、私は竜母レイアと申します。何故、皆さんは此処で座って朝食を摂っていらっしゃいますか?」
と怒気を抑えた声色がドワーフ達を流れる。ドワーフ達は顔を見合わせた。その能天気な様子がレイアを刺激する。ドワーフの一人アルダが口を開く前に、瞬きもせずにレイアがピシャリと言う。
「今すぐ荷物をまとめ私と共に来てもらいます。他に生き残りがいたとしても、どうせ間抜けでしょうからね!」
ドワーフ達は何も言い返す気力も無く、頷き荷物をモタモタとまとめ始めた。




