三話・趣味探しの案内
昼下がりの学校、今日も当然のように一人、階段の隅で弁当を食べる。あぁ、ここはいいスポットだ。狭くて暗くて誰も来ない。いつもは嬉々として、ここに足を運んでいた。が、なんだか今日は寂しいような。なんか埃っぽいし、ダメな場所だな。弁当を閉じて、中庭に向かう。もちろん、他の人もいた。だけど、今はこっちの方が、幾分かよく感じた。
瞼を閉じれば、和泉さんの微笑みが、浮かぶ。あれほど眩しく見えた笑顔は、久しぶりだ。
「はぁ」
虚空の塊を宙に放つ。案外早く、空に溶けてなくなればいいのに。
足早に向かうナンデモ案内部室。廊下の明るさ、過ぎる生徒たちの弾声も学校らしい素敵な光景さ。
テンポよく着いた。
部室のドアを、素早く開ける。
――ガラッ
そこには、法月さんが一人で、足を閉じて座っていた。和泉さんは、いない。バッグの中のハンカチが、急に現実味を帯びなくなる。そんな僕を見るなり、立ち上がり、近寄ってくる。
「いやいや、昨日は本当にごめんなさいね。すっかり忘れちゃって」
頭を下げる法月さん。いえいえ、大丈夫ですと言わんばかりに、首を左右に振る。法月さんはホッとしたように頷いて、ソファに座った。僕も対面の椅子に座る。この椅子にも、少し愛着を持ち始めた。腕置きに、背もたれあるし、何より座り心地がいい。
――パン
唐突に手を鳴らしながら。
「佳弥斗くん、君は何がしたいんですか?」
法月さんはニヤッと笑った。挑発するように、確認するように、見つめてくる。僕は一時目を逸らし、もう一度戻した。
「僕は……『友達作り』と『好きなこと探し』がしたいです!」
意を決したが故、思っていたより張った声になる。驚きつつも、微笑を浮かべる法月さんに、そこはかとない頼もしさを抱いた。法月さんは右の手のひらを横にしながら、こう言った。
「ナンデモ、案内させていただきます」
この言葉に、フワッとした安心を感じた。
「『友達作り』と『好きなこと探し」。この二つは同時に行うことができます、さあ何でしょう?」
いきなりのクイズ。右上を見上げながら、考える。うーん、……分からん。首を振って、答えを求める。
「正解は、『趣味作り』です」
法月さんは手を開いて、どうだ!とでも言いたげ。でもなぁ、『趣味作り』って言われても、なぁ。ピンと来ない。
「今、『ピンと来ないよ』って思ってますね」
「え」
目を細めながら、見つめてくる。グキッ、この人には人の心が分かる能力でもあるのだろうか。それとも、僕の顔に出やすいだけなのか。疑問の最中、観念したように、首を縦に振る。
「すみません」
「いやいや、仕方ないですよ。ちゃんと説明しますね」
空気を仕切り直す。
「『趣味作り』。こなせばどれかが『好きなこと』になること間違いなし!」
立ち上がり、身を乗り出す法月さん。
「そして、共通の好きなことがあれば『友達作り』も完璧!」
「おぉ」
勢いが凄い、街頭演説のサビ(?)ぐらいだ。感嘆していると、法月さんはドアの前に歩を進めていく。
――ガラッ
「というわけで、色々試してみましょー!」
ドアを開けた先、そこには大きなダンボールを抱える和泉さんがいた。
「よいしょっと」
和泉さんは机の上にダンボールを置いた後、力なくソファに座り込む。随分大きいな、中を覗き込むとそこには。
「カメラ、ゲーム機、ボードゲーム、グローブ、ウクレレ……なんか凄いことになってますね」
「ふふ、そうでしょう。雫が頑張ってくれたんですよ、佳弥斗くんのために色んなところから借りてきたんです」
ハッとして、和泉さんの方を向く。目が合う。口は開くが、言葉が出てこない。
「い、和泉さん」
「ありがとう、ございます」
和泉さんは、真顔のまま。見つめ合い続ける。
「ん」
声と共に、親指が立ち上がった。嬉しい。じんわりと、心が暖かくなった。
「佳弥斗くーん、おーい、おーい」
目の前に、白く華奢な手。耳に届くのは、柔らかい優しい声。法月さんの声だ。
「は、はい」
「もお、無視しないでください」
「え、無視してました?」
「はい、しかも結構」
じっと見つめてくる。その目は細まり、怒っている。
「すみませんでした」
「分かれば、いいです」
元の大きな目に戻る、良かった。法月さんが、ダンボールを指し示す。
「あれ、全部やりましょう」
「え、全部ですか?」
法月さんは頷き、いつものようにソファに座った。その隣には和泉さん。僕は彼女らの向かいに座る。
和泉さんはもうすっかりボードゲームを広げていた。その姿に、どこか安心を感じた。当然のようにここにいて良いような、そんな気がして。
「……借金まみれですね」
「そうだね」
「そうですね」
僕の手元には債務権がいっぱい。家も持っていないし、離婚イベントすら踏んでしまった。親権も持っていかれ、ズタボロだ。法月さん、和泉さん両名の目線すら、憐憫に感じてしまう。
「ボードゲーム、趣味になりそうですか?」
法月さんは、めちゃくちゃ笑顔。弾けるような、笑顔。ドクダミは、焼け死ぬように首を横に振る。
ボードゲームは失敗。和泉さんは鼻息を荒くしながら、ゲーム機をセットし始めた。この部室にはテレビが備わっている。とても小さく、オンボロなものだが、大事にされてきたのか、未だに現役なようだ。和泉さんは、ニマッと微笑んでコントローラーを渡してきた。
「やるわよ、佳弥斗くん」
導かれる。明るく光るコントローラーを手に取り。
『ゲームスタート』
『ゲームエンド』
「……ボッコボッコですね」
「そうだね」
「そうですね」
画面には『YOU LOSE』。法月さんと和泉さんに、一時間掛けて丁寧にボコボコにされた。コントローラーから出る光が、僕のだけ弱々しく見える。
「テレビゲーム、趣味になりそうですか?」
法月さんは、またまた笑顔。太陽と遜色がない。ドクダミは、もう根っこまで焼かれたように首を横に振る。
テレビゲームも失敗。和泉さんは、真顔でウクレレを差し出してきた。しかも、『感嘆!簡単なウクレレ入門講座BOOK』付きだ。
「佳弥斗くん、頑張りましょう」
その目は優しかったが、どこか憐れみも感じた。ええい、やったるわい!意気込んで、『感嘆!簡単なウクレレ入門講座BOOK』を開いた。
「……三味線ですか、これ」
「ウクレレだわ」
「ウクレレですね」
ベンベン鳴るウクレレ。想像の中の音と、だいぶ違う音が流れる。南国情緒が、一気にサムライ情緒に早変わり!
ちくしょう。
――ガチャ
ナンデモ案内部室のドアに、鍵が掛かる。外はダークマターのように暗い。
「結局、何もしっくり来ませんでした。すみません」
頭を下げる。足元の影が、今にも自分全体を包みそうだ。
昔っから不器用な自分が嫌い。何をやっても、上手くいかない。粘れるような性分であれば、幾分か良かったものの、現実はそうではない。暗く、冷たい。
「……おーい、佳弥斗くん。また無視ですか?」
白い手が、暗くなった視界に映える。法月さんの手だ。顔を上げる、そこには頬を膨らませた法月さんがいた。
「佳弥斗くん、また無視ですよ」
「す、すみません」
頭を下げようとしたところで、手にぶつかる。頭を上げる。それは和泉さんの手だった。
「佳弥斗くん、そんなに謝らないで欲しいわ。こっちが悪いことしてるみたいじゃない」
その顔を、僕は見れなかった。ただ、怒っているようには聞こえなかった。
夕も暮れ、帰路に着く。街灯がポツポツと照らす中、なぜか、今日も和泉さんと一緒に。
「まさか、法月先輩があそこまで無責任な人だとは。想定外だわ」
隣からため息が聞こえる。合わせるように、返答する。
「先に帰っちゃったんですもんね、鍵掛けてすぐに」
「そうよ、置いてくなんて酷いわ」
怒ってる。心臓が跳ねて、鼓膜を内側から揺らす。
この振動に向き合う覚悟は、今、無かった。
改札を通った後、和泉さんは背を向ける。
「じゃ、また明日ね」
背中越しに発される声、その背中を呼び止める。
「ま、待ってください」
和泉さんは、ゆっくり振り向いた。僕はバッグをお腹側に持ってくる。チャックを勢いよく開け、『あるもの』を取り出す。そして、『あるもの』を差し出す。
「これ、ありがとうございます」
目を開き、驚く。
「あはは、なんでこんなに包んでるの。あはは」
そう、『あるもの』は。
「ちゃんと洗って、汚しちゃいけないなと、思って」
「だからって、こんな。あはは」
『ビニール袋で何重にも包んだ、青いペンギン柄のハンカチ』。彼女は笑いながら、受け取る。
「ありがとね、佳弥斗くん」
彼女はイタズラに、だけど心の底から笑っているように見えた。
彼女は、僕の背中を叩く。
「佳弥斗くん、明日からも頑張ろうね」
「……は、はい」
背中が遠ざかっていく。
僕はその場に立ち尽くした。あまりにも、眩し過ぎたのだ。




