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二話・自己紹介をゲームで案内

夕暮れが木漏れ日のようになって、差し込む廊下。心なしか、少し明るい。

やや猫背を起こして、歩く。足取りも、いつもより軽い。


昨日の相談後、法月さんにこう言われた。


「明日の放課後から、ここの部室に来てください。持ち物は何も持たなくて大丈夫ですよ」

 と。

 

部室の前に着いた。昨日とは違い、スムーズにドアを開ける。

 

――ガラッ

 

そこには、雫さんが一人でくつろいでいた。スマホを片手に、ソファに横になりながら。

 

――ガラッ

 

思わず扉を閉める。えっどうしよ、入ろうかな、いやでもさすがに気まずいって。

 

ドアの前で、気付いたら五分ほど経っていた。とりあえず、様子を伺おう。ガラス越しに雫さんを観察することにした。

 

雫さんはスマホをいじり続けていた。ゲームか何かをしているようで、負けているのか、足をバタバタ。ソファのクッションが痛めつけられていた。

 

少し経つと、スマホを机に置き、伸びをする。左見て、右見……目が合った。咄嗟に目を逸らす。


んー?今、目合ったよな。いや、合ってなかったかな。自分を疑い、淡い希望を抱き、再度覗き込む。


「へ?」


目。両目。ガラス越し、顔が近い。しかも、めちゃくちゃ。雫さんはいつの間にか、僕の真ん前まで歩いてきていた。真顔ながら、値踏みするように顔をジロジロと見られる。目を逸らす暇もなく。

 

――ガラッ


ドアが勢い良く開けられた。雫さんは、僕を真顔で見続ける。そして、クイっと手招きした。


「来なさい」

 

見た目の印象よりも、高い声。誘われるように部室に――入らない!だって、気まずいもん。振り返り、逃げようとする。が。


「ぐえ」

 

襟を掴まれる。続いて、そのまま部室に引き摺り込まれた。

 

なんだよぉ、またかよぉ。情けない声が心の中に響いた。



 

向き合う青髪の美少女、雫さん。艶々の青髪にズボンスタイルの制服、総長もとい、法月さんとは違って足を閉じている。彼女は僕を睨め付けるように見続けながら、棚から書類を取り出す。まるでヘビ、睨まれる僕はネズミ。怖い。すっかり縮こまり、椅子に小さく収まる。

 

何分くらい経っただろうか、秒針の音だけが脳に響く。目の前の雫さんは、取り出した書類と睨めっこ。すっかり逃げる気を失った僕は、その様子をじっと見続ける。すると、雫さんと目が合ってしまった。


「何」


いえ、何も!従順な犬のしっぽのように、首を左右に振る。そんな僕を見た雫さんは、「はぁ」っとため息をつきながら、口を開いた。


「そんなに怯えなくていいわ。もっと肩の力を抜きなさい」

 

唐突な優しさが、五臓六腑に染み渡る。しかし。


「ハ、ハイ。カタヌキマス」

 

カタコトの外国人、インドかネパールあたりだろうか。否、千葉である。悲しいかな小心者、ガチガチに固まったままだった。見かねたように、書類を置いた雫さん。


「佳弥斗くん、ゲームをしましょう」


 思いもよらぬ提案、僕は首を縦に振った。




「それで、どういうゲームをやるんですか?」


おずおずと尋ねる。雫さんは胸を張った。


「共通点探しゲームよ、ルールは任せなさい」

 

おぉ、自信がありそうなまっすぐな瞳。頼り甲斐がある。僕は雫さんに全てを委ねることにした。彼女は説明を始める。


「まずは二人で自己紹介をするわ、共通点があれば相手が『私も』と言う。それを共通点が十個見つかるまで、続けるの。理解できたかしら?」

 

僕は頷く。雫さんも頷き、ゲームスタートだ。

 

雫さんが手を差す。


「まずは、項目は五個くらいから始めましょう」

 

なるほど、五個か。何にしようかな。まぁ、まずは。


「僕の名前は斑目 佳弥斗。一年生です、よろしくお願いします」


頭を下げる、すると雫さんも頭を下げてくれた。昨日帰っちゃったけど、結構いい人かもしれない。


「好きな食べ物は寿司。嫌いな食べ物はトマト」

「私も」

 

雫さんが手を挙げる。え、トマト嫌いなの?雫さんは僕の顔を見て、目を細めた。


「何よ、トマトが嫌いで悪いわけ?」


怪訝そうに声を低めた。まずい、急いで弁明に回る。


「いやぁ、そんなんじゃないっすよ。ただ、あの食感が嫌いなのかなって」


手をウニョウニョ動かしながら、必死に自らを弁護した。そうすると、雫さんの目から怪訝さが消えた。


「そうね、その通り。よく分かってるじゃない」

「は、はい。そうですよね」


よかった。命拾いした。胸を撫で下ろし、自己紹介を続ける。


「好きな教科は国語。嫌いな教科は数学。好きな場所は、暗くて狭いところです……」


なんか最後の項目だけ変になってしまった気がする。一旦、僕のターンは終わり。取り敢えず、一つ共通点が出たのはいいんじゃないか?確かな感触を覚えた。

部室もさっきより心なしか、明るいような気がした。さあ、次は雫さんのターンだ。



 

数十分後、ナンデモ案内部室には、二人の疲れ果てた生徒。絶え絶えの女声が、か細く鳴く。


「今の気分は、疲れた、だわ」

「わ、私も」

 

ふー、やっと四つ目の共通点が見つかったぞ。というか、まだ半分も見つけられてなかったのか。肩を落とす僕。


ちょうど、和泉 雫さんもとい、和泉(いずみ)さんも肩を落としたところだった。僕たちの間に広がる静寂、どうしましょう。和泉さんは唇を噛み締めている。


「私たち、全然共通点ないわね」


 俯く和泉さん、僕もゆっくり頷く。


「そう、みたいですね」

 

ふー、っとため息を吐き、和泉さんは手を打った。

 ――パン


「別のゲームをやりましょう、行けるわね」


正直、断りたかった。が、不思議と僕の頭はゆっくり頷く。どこかで、楽しんでいたのかも知れない。

 

ナンデモ案内部室はすっかり、オレンジ色に染まっていた。




「次は、言葉連想ゲームをしましょう」


 和泉さんは続ける。 


「どちらかが言った言葉から、受け取った側が思いついたものを一つ返すの。交互に続けていって、お題に辿り着いた方が勝ち。大体五秒で返せなければ、負け。簡単でしょ?」

 

なるほど、頭使いそうだな。目で頷く。和泉さんはスマホを取り出し、何やらルーレットのようなものを始めた。電子上のルーレットは、物理法則に則っているふりをして、止まった。彼が指し示すお題は『夏』。結構色々繋がっちゃいそうだな、気を付けないと。

 

和泉さんとジャンケンをする。どっちが先に言葉を言うかを決めるためだ。


「最初はグー、ジャンケン」


 ――ぽん


「あ、勝った」

 

和泉さんはチョキ、僕はグーを出した。和泉さんは唇を噛み、悔しそう。負けず嫌いなのかな。そのまま、見つめていたら。


「何よ、早く始めなさい」


お叱りの言葉を受けてしまった。どうしよう、言葉を決めあぐね、部室内を見回す。あ、あれなんかいいんじゃないか。


「本、で」

「なるほど、いいじゃない」

 

ゲームスタート。

和泉さんは顎に手を当て、少し考えた。


「読書」


読書、か。返答を受け取り、考える。脳内にコーヒーの香りが漂った。


「カフェ」

「バイト」

 

即答。バイト。五秒って意外と短いよな、焦って言葉が出てこない。


「は、繁忙期」

 

絞り出して、これしか出てこなかった。ん、和泉さんがうっすらと笑みを浮かべている。


彼女の口が開く。


「夏、私の勝ちね」

「……あ、夏」

 

和泉さんは、ふっと笑った。

 

この人、笑ったら、こういう感じなんだな。



「結局、私の全勝だったわね」

「はい、強すぎますよ」

「あなたが弱すぎるんじゃないの?」

 

和泉さんはどこか機嫌が良さそう、それもそうだ。あれから何度も連想ゲームをやったが、いずれも僕の惨敗。悔しがる暇もなく、負けつづけた。

そのせいで、窓の外はもうすっかり真っ暗だ。和泉さんも、疲れたように伸びをしている。


「佳弥斗くん、今日はお開きよ」

「はい、分かりました」

 

結局、法月さんは来なかったな。忙しかったのか、いやでも昨日『明日来るように』って言ってたよな。すっぽかされた?マジかよ。でもな、そんなことする人じゃなさそ……分かんないな。


そんなことを考えていたら、肩を揺すられた。そこには、目を細めた和泉さん。


「あのー、立ってください。閉じ込めるわよ」

「す、すみません。今すぐ立ちます!」

 

急いで荷物を持ち、椅子を立つ。和泉さんと部室を出る。和泉さんはどこからか取り出した鍵を掛ける。すると、何かを思い出したように呟いた。


「そういえば、今日、法月先輩来なかったな」

 

かなり小さい声だったが、僕は聞き逃さなかった。すかさず、質問する。


「や、やっぱり、そうですよね。珍しいんですか、法月さんが来ないの?」

「そうね。あなたも昨日、法月先輩に担当してもらったでしょ。あの人、殆どいるのに、いないのはかなり珍しいわ。あとで連絡しておくから、あなたは気にしないでいいわ」

 

なるほど、何かあったのかもな。熱出たとか、そんな感じの。

 

和泉さんは鍵を掛け終え、スラスラと歩き始めていた。が、止まる。振り返り、立ち止まっていた僕を見る。


「何してるのよ、帰るわよ」

「え、それは、一緒にってことですか」

 

思わず、口に出る。気持ち悪かったかな。和泉さんは不思議なものを見るように、答える。


「そうよ、早くしなさい」


 

胸の中が、熱い。火を放たれたように、焼けていく。気がついたら、涙が出ていた。和泉さんは、慌てて駆け寄る。


「な、何泣いてるのよ」

「すみません、ちょっと、嬉しくて」

 

涙が、止まらない。なぜ。――嬉しいからだ。

 

中高と周りに上手く馴染めず、誰かと一緒に帰ったのなんて、もう覚えている中で数える程しかない。それをいとも容易く、書き換えてくれようとしているのだ。

 

そんな僕の視界に、青のペンギン柄のハンカチが目に入る。差し出していたのは、和泉さん。


「いいから、使いなさい」

 

返す言葉も出て来ず、必死に何度も頭を下げ、ハンカチを受け取る。

 

深呼吸、深呼吸。吸う空気が、暖かい。


 

「はぁ、ありがとうございます」


 一段落つき、僕は和泉さんの目を見ながら、感謝を伝える。和泉さんは、呆れたような、優しく諭すような目をしていた。


「早く、帰るわよ」

 

窓の外は、真っ暗だった。そのおかげで、今立っている場所の明るさに、僕は気づけた。



 

二人での、帰り道。発される言葉は、互いに少なく。沈黙、いや、静寂が広がった。だが、心地良かった。不思議と。


 

駅に着き、互いに向かい合うホームへ向かう。その時、和泉さんは突如として、歩を止めた。僕も止まり、向き合う。和泉さんは、口を開く。


「佳弥斗くん、友達、作りたいんだよね」

「はい」

 

和泉さんは右の手ひらを横にして、微笑む。


「ナンデモ、案内させていただきます」

 

風が変わる。空気の色が変わった気がした。和泉さんは去っていく。僕は何本か電車を、逃してもいいと思った。


 その夜、和泉さんの微笑みが、瞼の裏に焼きついてしまった。

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