一話・ナンデモ案内部
『ナンデモ案内部室』
比較的新しい張り紙が目立つ、ボロボロのドア。
息を飲む。ドアに手を掛け、手を離す。
鼓動が高鳴る。一回、一回ガラス越しに様子を観察しよう、呼吸を整えて、ドアのガラス部分から中を覗く。
……思ったより広いな。中には二人、女子二人。思い思いの時間を過ごしている様だった。
ソファに足をかっぴらいて座っている白髪の女子、
その足を枕にしてソファに寝転がり、スマホをいじる青髪の女子、
かなりフリーダムだな、やっぱり案内する側というのは、余裕があるのか。
意外と落ち着いてるな。
二、三分その場で観察を続けていた。
すると、急に白髪の女子が歌い始めた。ドア越しでもはっきり聞こえる声量。かなり低い声。
「廃部スレスレのクソ部活!場所もクソ、部費ミリ、立場もねぇ!やれ実績どうこううるせぇよ、おかげでこちとらほぼ貧血さ!」
リパブリック讃歌に乗せてとんでも無い歌詞を歌ってる。
この部活はやばい、逃げよう。
シナプスが危険信号ビンビン、僕は身を屈めて、その場を逃れようとした。だが。
――ガラッ
「え?」
急にドアが開き、目の前には白髪の女子。ニッコリと、非常にニッコリと笑っていた。
「けーど悪くはなーいぜ、まあ悪くはなーいぜ、いーや悪くはなーいぜ。クソ廃部の瀬戸際だ・け・ど」
歌いながら白髪の女子は襟を掴む。部室に引き摺られ、抵抗しようにも、このお方の力が強すぎる。
摩擦が熱い。あぁ、終わった。ボッチに留まらず、リンチまでされるとは。
母さん、ごめんなさい、不出来な息子でごめんなさい。
僕はナンデモ案内部に入室してしまった。誰か助けて。
向き合い座る白髪長髪の美少女、手入れされた髪はサラサラで、制服も彼女を引き立てる道具の一つとして素直に機能している。僕のとは違って。
そんな美少女だが、一つ雰囲気をぶち壊してるものがある。
それは、足をかっぴらいていることだ。正直、白いおみ足が露わになっていて目の保養……とか言ったら気持ち悪い。
美少女、というより総長はさっきからニッコリしたままだ。圧がすごい。
そのままの笑顔で、ずいと顔を近づけてきた。改めてすごい美少女だな。
彼女はワクワクしたように、口を開く。
「君、ナンデモ案内部にようこそ!入部、それとも入部?それとも、入部?」
彼女は目をキラキラさせ、近づいてくる。良かったリンチじゃないみたいだ。
それはそうと、近い、とにかく近い!なんか柑橘系の良い香りもするし、一歩間違えたら、キ、キスしちゃいそうな距離だ。
返事もせず、オロオロしていると、青髪の少女が寝転んだまま、口を開いた。
「部長、彼は案内を依頼しにきたのでは?」
ありがたい、助け舟だ。やっぱり時代はダウナー女子。総長、もとい部長は口をハッと開いた。
「あ、そっか。そういうのもあったか」
いやあなたたち案内部でしょ、なんで選択肢にないのよ。
部長は明らかにやる気がなくなったように、項垂れた。
「マア、アンナイノホウデモイイデスヨ」
急にカタコト、変な人だな。ただ、僕の予定は案内、言いづらさを掻い潜り、告げる。
「す、すみません。案内でお願いします」
思わず目を閉じてしまった。
恐る恐る目を開ける。
そこには優しい微笑みを見せる部長がいた。え、さっきまでと明らかに雰囲気が違う。足は閉じていて、口角の上がり方が柔らかい、まるで聖女のようだ。
部長は微笑みを深め、優しい目で見つめてくる。そして、右手を横に広げ、こう言った。
「ナンデモ、案内させていただきます」
「じゃあ、まずは自己紹介から行きましょうか。雫ちゃん、アレ、持ってきて」
部長は青髪の女子、もとい雫さんに指示を出す。
雫さんは「ぅあー」とか声を上げ、気だるげそうながら、ソファから立ち上がる。
棚に向かい、何やら紙類を取り出していた。手際がいい。
彼女はすぐに資料を持ってきて、部長に渡した。
部長は小声で「ありがとう」と雫さんに囁く。
雫さんは表情こそ変えなかったものの、少し頬が赤くなった様だった。
部長は受け取った資料を机の上に並べ始める。
「これは私たちの自己紹介シートです。名刺がわりに読んでもらえると助かります」
そこには、各々の似顔絵と簡単な自己紹介が書かれていた。
僕は紙を取り、順番にインプットしていく。まずは部長からだ。
「ええっと、法月 絢さんですね」
「はい」
お淑やかな声、ザ・清楚とはこのことか。さっきまでの総長モードはほとんど上書きされてしまった。
法月さんと自己紹介の紙を交互に見る。すごいな、全部の項目がびっしり埋められている。
「三年生なんですね」
「はい、三年です」
にこやかに微笑む法月さん。似顔絵が上手だな、写実的でプロレベルじゃないか?まるでモノクロコピーだ。
「絵、上手ですね」
それを聞き、法月さんはクスッと笑う。
「あぁ、それはモノクロコピーです」
へ?法月さんは飄々と、さも当然かの様に答える。……やっぱり変な人なのかも。
気を取り直し、紙を更に読んでいく。へぇ、ピアノ。
「ピアノ、弾けるんですね。一応、僕も弾けるんですよ。まぁ下手くそですけど」
「まぁ、そうなんですね。いつか連弾しましょう」
「はは、あんまり期待しないでくださいね」
なんだ、なんか話しやすいぞ。自己紹介カードのおかげだろうか、それとも法月さんのおかげだろうか。
その後もつつがない会話は続いた。あらかた話したところで法月さんはソファを立った。
法月さんは棚をゴソゴソと漁った後、僕の目の前に一枚の紙と、ペンが差し出された。
「これは?」
差し出してきた法月さんの方を向く。向かいに座る彼女は、微笑みながらこう言った。
「こちらの自己紹介が済みましたので、次はあなたの自己紹介を書いてください」
済んだ?雫さんの自己紹介はまだじゃ?部室内を見回す、雫さんの姿は無い。
「あれ、雫さんは?」
「あぁ、なんか途中で帰っちゃいました。すみません、自由な子なので」
どうやら、雫さんはいつの間に帰ってしまったようだ。すごいな、本当に自由だ。
どこか呆れつつ、感心しつつ、視線を紙に移す。ペンを握り、紙に記入していく。
名前、斑目 佳弥斗。学年、一年生。性別、男。猫OR犬派、猫派。
情報をどんどんと書き込んでいく。
が、ある項目で手が止まる。
それは『好きなこと』。
二、三分考えても、一つも書けない。
思い浮かんではいるんだ、だが、書けない。書けるほど好きでは、無いんだ。
その様子を、法月さんは見ていた。
「どうかなさいましたか、印刷ズレとか?」
僕は針を飲み込むように、首を横に振る。
「いえ、その、ちょっと書けない項目があって」
引かれるかな、『好きなこと』が書けないなんて。
反射で閉じてしまった瞼が重い、力を込めて瞼をこじ開ける。
するとそこには、キョトンとしている法月さんがいた。法月さんはこっちを見ながら、口を開く。
「大丈夫ですよ。書けない項目の一つや二つ、あります」
法月さんは席を立ち、手をぎゅっと握ってきた。
「ありのままの、あなたを教えてください」
聖母はここにいたのか、背中に天使の羽が生えてるように見えた。
薫る柑橘系の香りも、今ならば一面の果物畑を想像させる。
その後、僕はいくつか項目を飛ばしながらも、書き終わることができた。
法月さんが目を通す。
緊張もするが、どこか落ち着けるようになった。
この椅子の座り心地の問題ではない、この人は変な人だけど、信頼できるような気がしたから。
肩の荷が少し降りたような気がしたから。
すると、法月さんが不意に口を開く。
「佳弥斗くん」
「はい」
「いい名前ですね、漢字からして上品で、親御さんがしっかり考えてくれたのでしょう」
法月さんの微笑み。胸の奥が温まる。優しさって、いいね。
――パン
一通り目を通した法月さんは、手を叩く。
「佳弥斗君、まずはナンデモ案内部について案内させてもらいます」
僕はすぐに頷く。法月さんもニッコリ頷き、話を続ける。
「ナンデモ案内部は、皆様の悩みや相談事など、ナンデモ案内させて頂く部活です。まぁナンデモと言っても、限度はありますが。恋愛、部活、勉強、もちろん学校外のご案内でもOKです」
法月さんは、微笑みかけてくる。
「あなたの、ご案内内容はなんですか?」
僕の、僕のご案内内容は。
「と、友達を作りたいです!」
法月さんは優しく微笑んだまま。そして、また右の手のひらを横にする。
「ナンデモ、案内させて頂きます」
こうして、僕の友達探しは始まった。好きなことを書ける様に、友達を作れる様に。
春うららのナンデモ案内部室、とても暖かかった。




