2話
朝、キッチンからカリカリという音が聞こえる。
ぼくはすぐに飛び起きて、パパの足元に駆け寄る。
「おはようございます、って言ったら、ステーキでも出てくるのかと思ったらさ。今日もカリカリかよ」
パパは笑って「ユキトはこれが好きでしょ」と言うけど、あれは誤解だ。
「好きじゃない。慣れただけだ。選択肢がないから、仕方なく食ってるだけだって、いつ気づくんだよ」
ママが冷蔵庫を開ける音がすると、ぼくはすかさずそっちへ移動する。
「お、今日はチキンか? それともサーモン? いや、まさかの牛すじ煮込み?」
期待に胸を膨らませて見上げると、ママは言う。
「ユキトには塩分が強すぎるから、これはだめよ」
「……だったら、見せるなよ。目の前で焼くなよ。匂いだけで一日分の希望を使い果たすんだぞ?」
ユウタがパンをかじりながら、ぼくの頭をなでる。
「ユキト、パン食べる?」
「食べるに決まってんだろ。くれよ。今すぐ。今すぐだってば」
でもママがすかさず止めに入る。
「ユキトにはあげちゃだめよ。お腹こわすから」
「おい、ぼくの胃袋の管理者は誰だよ。自己決定権はどこいったんだよ」
仕方なく、ぼくは自分の皿に戻る。
そこには、いつものカリカリが整列している。
「この整然とした並び、逆に怖いわ。軍隊かよ。味も毎日同じ。チキン風味って書いてあるけど、あれ絶対“風”じゃなくて“幻”だろ」
一粒くわえて、口の中で転がす。
「うん、今日も安定の無感動。これを“好きでしょ”って言われるの、地味に傷つくんだよな」
でも、たまに奇跡が起きる。
ママが「今日は特別ね」と言って、鶏むね肉を茹でてくれる日がある。
「これだよ、これ。これが本物のチキンだよ。カリカリの“チキン風味”とは格が違う。これがあるなら、ぼく、なんでもする。お手もおかわりも、伏せも、逆立ちだってやってやる」
ただし、問題は量だ。
「ひとくちだけって、なんだよ。ぼくの体重に対する割合で言えば、あれは人間でいうところの米粒一個だぞ。せめて、せめてもう一切れ…」
おかわりをねだると、ママは首を横に振る。
「太っちゃうから、だめ」
「太るのはパパの夜食のせいだろ。ぼくじゃない。ぼくは被害者だ」
夜、パパが晩酌を始める。
テーブルの上には焼き鳥、チーズ、そして唐揚げ。
「それ、ぼくの祖先が狩ってたやつだよな。なんでぼくが見てるだけなんだよ。せめて、せめて匂いだけでも…」
パパがうっかり落とした唐揚げのかけらに、ぼくは秒速で飛びつく。
「いただきました。これぞ、現代における狩猟本能の発露。ぼくの勝ちだ」
だが、すぐにママの声が飛ぶ。
「ユキト、それはだめ!」
「え、なんで!? 落ちてたんだよ? 落ちたものは犬のものって、法律で決まってるだろ?」
取り上げられた唐揚げを見つめながら、ぼくは静かにうなだれる。
それでも、夜の最後にパパがこっそりくれるササミジャーキーだけは、ぼくの秘密のごちそうだ。
「やっぱり、パパはわかってる。撫で方は下手だけど、味覚の理解度は合格点だな」
ジャーキーをくわえて、ぼくはソファの上に戻る。
今日も、なんとか生き延びた。
ぼくの食生活は、カリカリと幻のチキンの間で揺れている。
それでも、たまに訪れる“ごちそうの奇跡”を信じて、ぼくは今日も皿の前に座るのだ。




