~一章~ 「父と子」
──カツン、カツン。
薄暗い地下通路に、足音が響き渡る。一団の先頭は古城の中の、地下通路に入って行った。もう何十年も使われてないであろう古城の地下通路は、薄気味悪く……そして、不気味様を漂わせていた。
騎士団約1500名は、十隊に別れており。地下通路に順番に入って行った。……その先頭に奇妙な衣装を身に纏った者が八人いる。頭まで覆うローブを羽織り、顔には鳥を模した様な仮面を付けていた。
……この古城の異様な雰囲気のせいなのか、それとも重苦しい任務のせいなのか……。その八人はただただ無言で歩き続けていた……。
─────────。
「おや……どうなされた?」
八人の内、1人が何かに気付き声を発した。その瞬間───────。
先頭を歩いていた人物が走り出した。
「!?」
カチッ……。
その人物は壁の一部分を押さえ押し込んだ。
…………ゴゴゴゴゴゴ。
地鳴りのように、重く響き渡る音と共に、壁や天井が動き出す。
「────走れ!!」
───────。
七人の内の1人が、叫んだ。
──少し時間を遡り、騎士団の後列。リュートとウェインは歩きながら、隊長と話をしていた。
「僕も父さんみたいな立派な八賢者に……。」
リュートがぽつりとつぶやいた。
隊長のディラックは、笑いながら話を続けた。
この任務の事。八人の賢者と魔王の事。
「~で、お前の親父さんも魔王と戦ったんだぜ。」
魔王との、先の大戦。魔王は45年前に忽然と現れ、ミッドガルド王国に侵略を始めた。王国側は苦戦を強いられたものの、長い戦いの末に魔王を封じることに成功した。
しかし。その封印は20年に一度弱まり、もう一度封印を施さねばならない。……その時に、不運な事故が起こり封印に失敗し、魔王が復活してしまったのである。
この時に活躍したのが、リュートの父でもある八人の賢者達だ。賢者は八人と決まっており、45年前の戦いでも先代の八人の賢者達が活躍した。
……そして、20年が経過し。封印が弱まるのが今日なのである。もう一度魔王に封印を施す、それがこの騎士団一行の目的だった……。
……皆が話をしているのには、不安を紛らわす理由もあった。
皆が不安がるのも無理はない。20年前、封印に失敗し魔王が復活してしまったからだ……。20年前の戦いではそれほど多くの犠牲者が出たのだから……。
……しばらく歩きながら話をしていると、何やら奥の方から唸る様な音が響きだした。
「……な、なんだ!?」
隊の全員に緊張が走る。……そして20年前の悪夢が頭を過る……。
「落ち着け!!」
ディラック隊長が叫んだ。
──しばらくすると、前方の部隊の兵士が急いで走って来た。
「大変だ!前方の通路が閉ざされている!」
それを聞いて、部隊に緊張が走った……。
「それで?八賢者達は!?」
「……わからない、恐らく閉ざされた壁の向こう側だと……。」
「……クソッ、嫌な予感しかしねぇ!」
ディラック隊長は悪態をつきながらも、兵に指示を出した……。
──しかし、その直後。前方から悲鳴と獣の様な咆哮が轟いた。
「……今度は何だってんだよ!!」
全員の脳裏に、悪夢の様な物が過ったが。皆言葉をつぐんでいた……。
──それから数刻が過ぎた……。
ディラック隊長は、「お前らはここにいろ!」と、言い残し。他の隊の者達と、前方へ向かって行った……。
リュート、ウェイン含め。今年入ったばかりの若い兵士、二十数名のみが、この場に留まっていた。
「俺達も行こうぜ。」
ウェインの言葉にリュートは驚いた……。
「……えっ?」
ここでしばらく待機していると、先ほど隊長からの次の指示が来たばかりである。内容は……
─城に戻り、この事を報告しろ─
という、内容だった。
「ディラック隊長の命令逆らうって……事!?城への報告は、どうするの?」
「報告なんて、あいつらだけでも大丈夫だろ?二十人ほどいるんだしな。」
リュートは、返事に戸惑った……。
「わかったよ、俺だけ行く。リュート……お前は城に戻れ。」
そう言いながら、ウェインは走り出した。
「……待ってよ!僕も行くよ!」
リュートは恐怖を振り払い、覚悟を決めた。
「行こう!」
「うん。」
二人は頷き……走り出した。
──しばし走っていると、暗闇の中から叫び声と、鈍い金属音が響いてきた。
……二人は一瞬。立ち止まるものの、再び走り出した。音のした先は明るかった。祭壇だろうか……無数の灯火に照らされた先に三人の姿が見えた。
「隊長!!」
「父さん!!」
リュートとウェインは叫んだ。
……その場に居たのはディラック隊長と、八人の賢者の一人でもあり、そしてリュートの父。ヴォルフの姿だった。
「……父さん。」
リュートとウェインは少し安心した。……何か良くない出来事が起こっているのは重々理解していた。しかし、目の前にいる八賢者の一人、しかも父親と合流出来たからである。
「てめえら!何故来た!?」
ディラックは怒鳴った……。
「フフフ……そう叫ぶな。ディラックよ……」
「そうだな……手間が省けたと言うものだ……。」
──その声を聞いた瞬間。二人の動きは止まった。……いや、動けなかった。動いた瞬間死ぬとさえ思わせた……。その異様な禍々しさを持つ人物……。いや、決して人等とは到底思えないナニかの言葉に。恐怖に震え、背筋が凍った……。
「……なんだ……奴は……。」
違和感は他にもあった……。他の七人の賢者の姿が見当たらないからだ。
「……父さん……これは……どういう事?」
リュートがそう発するのも無理もない。リュートの父は八人の賢者の一人である……。その賢者である父が。その禍々しいナニかと肩を並べて話をしているのである。
「まだ分からぬのか?リュートよ……。簡単な事よ……私とお前が魔族であるからよ……そしてこの方こそ……魔王様だ。」
─────────。
……魔王!?
……リュートも、またウェインもまた。衝撃の真実を知ったが、何も喋ることさえ出来なかった。一度にその全てを呑み込み、理解する事は出来なかった……。
「──その横に居るのが私が子か……。」
──────。
その言葉にウェインは耳を疑った……。
「はい、私が預り育ててまいりました。」
────なん……だと……。
「そうか、ならば話は早い。二人共私の元に来るのだ……。」
……リュートは、何も喋れなかった。尊敬していた父が……八賢者であり誇るべき父が……魔族?……そして、復活した魔王。
恐怖、不安、絶望にかられ。リュートは息も出来ないほど苦悩した……。
何も考えられなかった……。
頭が真っ白になり、目の前が真っ暗になった……。
「ふざけんじゃねぇ!!」
ウェインが叫んだ!
「魔族?魔王!?そんなもん関係無いんだよ!!ここでお前をぶった斬ってやる!!勝手にお前の子供になんかするんじゃねぇ!!」
リュートは呆気にとられた……。そして。
……笑った。
「ウェインらしいや……」
「やるぞ!リュート!!」
「……うん!」
「ハーハッハッ!!」
それを聞いて、ディラック隊長は笑い出した。
「ハハハ……お前ら親より、ガキの方が立派だぜ?」
ウェイン、リュート、そしてディラックは剣を構えた。
「構わん……殺れ。」
「……ハッ!」
ヴォルフが動く……。
─────────。
「二人共良く聞け!」
ディラックが叫ぶ。
「俺が時間を稼ぐ!その辺に残りの賢者がいるはずだ!連れてこい!!」
……一瞬躊躇したウェインだが、すぐに駆け出した。
「リュート、行くぞ!」
二人は走り出した。よく考えれば賢者達は後七人いる。二人が戦うよりも確実に強く、戦力になるのは当然なのだから。
「……行かせん!」
ヴォルフの大剣が襲いかかる!
───ガキィィ……。
ディラックが間に入り、大剣を受け止めた!
「急げ!」
二人は必死に走った。……しかし、自分達が入って来た通路以外は全て行き止まりだった。
「……クッ!」
「急がないと……他の賢者達は何処に……。」
来た通路を引き返そうと、振り返ると。そこにはヴォルフが待ち構えていた。
……二人は、察した。
「そ、そんな、隊長は……!?」
……隊長の強さはよく知っていた。隊長ほど強い人間はこの国にもそういないでだろう……。
しかし、相手は……八賢者と魔王。
「父さ……ん……。」
震えるリュートを、ヴォルフは無情にも大剣で突き刺した。
「リュートォォ!!」
叫びながらも、ウェインは咄嗟に身構えるが……、ヴォルフの速度には反応すら出来なかった。大剣はウェインの頭から振り下ろされ……そのまま、ウェインを引き引き裂いた……。
「……終わったか。」
「はい……始末してまいりました。」
魔王は、ウェインの事は少しも気にも止めず歩き出し。……闇の中に消えていった……。
──魔王と八賢者の新たな戦いが始まろうとしていた。




